第43話 番外編 怪異と古川祥一郎とアオの日常 真紅の夕暮れ 2

古川はパッチリ目が覚めた。時計を見ると5時だった。

吸血鬼になっても朝に目が覚めるんだ。

「祥一郎、身体の具合どう?」横で寝ているアオが心配そうに手を伸ばす。


「それがさ、アオ」古川はアオの方へ身体を向けた。

「なあに?」

「血が欲しい」あーんと大きく口を開けた。

「え⁈」

「血が欲しーい」

古川はアオに乗し掛かった。

そのまま首筋を甘噛みし始めた。

「僕は幽霊だから血は無い、あん、やあ」

古川は続けて甘噛みした所をちゅうちゅう吸っている。

「あ、あげたいけどぉ、ん、あ、そうだ葵光丸に頼めば、」

「絶対要らん!」


上半身を起こすとアオの口に自分のを重ねた。

「んふ、んん!んん!」

古川はアオに力を送り込んでいた。

ようやく口を離すと、真っ赤になって口を押さえたアオにキッパリ言った。

「別にアオの力は要らない。これからは渡さなくていい」

アオの夜の秘密の行為はバレてしまった。

アオは「ぼくが、好きで、やってる」とぷるぷる震えて喘ぎながら言った。

「血は要らないの?」

「うん別に、冗談だよ」

「祥一郎ぅぅ」揶揄われてアオは涙目になった。


古川は起き上がると何事も無かったように、スタスタと玄関へ行って草履を履いて外へ出た。

外は快晴だった。朝の光がいつもより目に眩しい。

「日光も大丈夫だ。血も欲しく無いし。力と身体能力の向上がメインか。吸血鬼の良いとこ取りみたいだな」


「起きたか。元気そうだな」葵光丸が階段の方からのそのそやって来た。

「何事も無かったようだ。アオを揶揄う位は回復した」

「あまりアオを心配させるなよ」

「悪霊に気を使う必要は無い」

「冷淡だな。ま、口先だけだが」

「ふん、どうとでも取れ」

古川は身体から力を出して付近にいた怪異を全て瞬殺した。

「怪異も悪霊も、全部祓う」

朝日の中、眩しい位に全身が金色に光る古川は幻想的で、葵光丸は古川が人間より、アオや自分の立場に近いんじゃないかと思う程だった。



畳屋には朝一番に来てもらい、カレー鍋をひっくり返して包丁が手からすっぽ抜けて刺さったとされた畳は全替えで、他のは少し傷んでたので表替えすることにした。

髪の毛と目を黒くして人間の様な格好をした葵光丸が、10枚の畳を一人で抱えて神社の下へ運んだ。

「俺は吸血鬼とやらと闘いたかったから来たのに違う事ばっかりやらされる。便利屋か!」

と文句を言いながらも運んでくれた。


壁は老朽化…は無理だったので、元々ヒビが入ったところに洗濯竿を突っ込んでしまったことにした。坂木の知り合いの工務店に頼んだが、ボードはあるが同じ壁紙が無いと言われて、こだわりが無い古川は近い色合いで妥協した。


その日のうちに畳は新しくなり、また葵光丸が運んだ。流石に登りは5枚ずつだった。

行き帰り葵光丸に頼んだのは、黒沼に入れようとしたが、大き過ぎるのか運んでくれなかったからだ。


壁も直してもらい、少し違和感があるものの、やっと元通りに落ち着いた。

夜は葵光丸とアオが一晩中見張っていたが、襲撃は無かった。


さらに翌日、アオの蛇腹を使って葵光丸の棲家へと移動した。

アオが用意した昼ごはんの後、そのまま食卓でダラダラしていた。

「どーしたもんかねー」古川は欠伸をした後言った。

「僕の中にあいつの力と何かが入ってるから、居場所がわかるのかな。厄介だな。ここも見つかるかな?」


「まあ、見つかっても僕達三人がいるから大丈夫だよ」

「俺もいるんだけど?アオ」アオの隣で胡座をかいていた葵は不満そうに言った。

「葵にはまだ危ないよ!」

「いつまで子供扱いすんだよ」

「いつまでも心配なんだよ」アオは葵の髪を手で梳く。

「葵も僕も実際に戦った経験無いし」

「俺、少なくてもアオよりは強いと思うけど」むっとしているが、アオの手は止めない。

「そうかな?葵には催眠が効くし、力の使い方次第では勝てるさ」


「仲良いいし、平和だね、君たち親子は」

「「親子」」二人は同時に言ったが、二人とも複雑な心境だった。

アオは古川にはっきりと自分との間に線を引かれてしまった様な気がした。


古川には親子の情はわからない。以前、葵光丸に葵を育てるよう言ったのは、親には子育ての義務と責任があると思ったからだ。


葵はアオを母親としてはもう見ていないが、アオはそんな葵の仄かな気持ちは全く知らない。

例え知ったとしても、葵に親愛の情以上は抱けないとわかっている。しかも幾ら人間に見えても実体は霊だ。


古川は2人の思いを読んで心の中で冷笑した。

『不毛だ』この中で唯一の人間が一番人間らしい情が無いのは何たる皮肉。

そして今やそいつも人外の仲間入り。

笑うしか無い。



古川が身体の中の力を探るとやはり、男の力と何かが消えていない。そして微かに一方に引かれている。

『この先に、あいつがいる、のか?』

古川は立ち上がって、引かれている方向に身体を向けた。

「祥一郎、どうしたの?」

アオが不思議そうに言った。


「向こうが僕の居場所を突き止めてくるならその逆もできないかなと思って」

古川はそのまま右手を伸ばして目を閉じた。

「やってみるから静かにしてね」

更に手を伸ばすイメージをする。

金色の手が出て伸びていき、それに伴い次々に風景が浮かんで流れていく。


「凄いな、吸血鬼の力」

久しぶりに怒る以外の心躍る感情が湧き上がって来た。

吸血鬼の配下に成ったらしいが、何故か負ける気はしない。

そうして見えた瞬間で力を止めた。できるだけ吸血鬼に逆探知の能力を知られてはならない。


「見つけた。まだ、完全に治ってない。結構ダメージを受けているよ。神社には勝手にあの男の影響を受けた怪異の雑魚共が来ているが、結界に弾かれている」

「そんなに祥一郎が欲しいんだね」アオが呆れて言った。


「僕の魅力は残念ながら怪異にばかり伝わる。夕凪にも伝わって欲しいね」

「僕には充分伝わってるから!」

「はいはい」


古川はアオの頬にちゅっとキスした。

「この二人は魔性の男達だ」

アオは赤くなって「子供の前では止めてよ」と口もごった。

葵は明らかに不機嫌になって

「今から返り討ちに行く?僕も行く!」と息巻いた。

アオに格好良いとこ見せたいんだな。古川は面白くて仕方ない。

「そうだな。ところで葵光丸は?」

「祥一郎に猪鍋食べさせたいって狩に行った」


「え!猪!」古川は金色の目をくわっと広げた。

「猪鍋!食べた事ない!待とう!」

と改めて食卓に正座で座り直し、

「アオは鍋の準備して」と命じた。

「え?猪獲れなかったらどうするの?」

「葵の父上を信じるよ。駄目だったら、その時は何かの鳥鍋で」


アオは「すぐ食べ物に釣られやがって」とぶつぶつ文句を言う葵を伴って台所へ行った。

暇だったので葵光丸が行ったと思われる方向に手を伸ばして追うと、丁度向かってきた猪を速攻で殺ったところだった。

その場で皮を剥ぎだしたので見るのを止めた。

自身が血塗れになっても、血が好きな訳ではない。


葵光丸が意気揚々と帰って来た時は、すっかり鍋の準備ができていた。

「待ってたぞ、猪!」

古川は上機嫌で葵光丸を迎えた。

「さすが力技の鬼!見えたからね。仕留めたところ」

「俺に労りの言葉は無いのか」

「お前なら楽勝だろ」

「まあな」

玄関の上り框に腰掛けて、大きな葉っぱに包んだ猪肉をアオに渡した。


「アオ、牡丹鍋のだしの作り方も知ってるのか?」

「うん、葵光丸に習った」

「早く早く猪肉が食べたい!」

「それ、吸血鬼のせい?」

「どうだろう?でも血や生肉は欲しいとは思わないよ」


「血を取られたんなら、補わないとな。沢山食え」

「そうする。食後はデザートを頂きながらの戦略会議だ」

「「「えっ」」」


「わざわざ、この為に買ってきたケーキ食べながらな。こんな所に無いだろうから紅茶まで持ってきたぞ」

「すぐケーキ食うのかよ」

「別腹別腹」

ふふふと笑いながら古川は食卓へ向かった。



「旨ー旨ー、これ、美味しい。また、食べにくるから呼べよ!」

「うちで食べるんかい!」

「お前らの謎の慰労会で散々肉出してやってるだろ!猪は無料じゃないか!肉代で2、3回の祈祷料飛ぶんだからな」

「へいへい、わかったよ」


アオがいそいそと鍋から古川の分をよそうのを見て、葵は面白くなさそうだった。

「祥一郎の世話焼き過ぎじゃないか?」

「これは僕の趣味だから良いんだよ。美味しい?祥一郎」

満面の笑顔で古川に尋ねた。

「うん、おいしい。味噌と合う。思ったより臭みもないし」

「合わせ味噌がいいんだって」

「アオは食べられないのにごめんね、アオが作るの最近皆おいしいよ」

「祥一郎、ありがとう。もっと頑張るね」アオは照れながら言った。


「アオすっかり祥一郎の策略にはまってる」葵が悔しそうに言った。

「お子様は黙って食え」古川は澄まして言った。葵の前でアオに過剰に優しくして煽り、揶揄って遊んでいる。ドSには良い環境だ。

「もう、そんなこと言って!葵も注いであげようか?」

「いいよ、アオは野菜ばっか入れるし」

「野菜も食べろよ少年!」

「うるせえよ」

「こら、そんな口調は止めて。祥一郎の言うとおりだから!」アオは葵の気持ちも知らずに嗜めた。


和やかにとはいかないが皆の箸は進んで鍋が空っぽになり、アオと葵は鍋や食器を片付けてお茶の用意をした。

「そんな細いのに、何で食べる量俺らと変わんないんだ?」

葵光丸が古川の食欲を不思議がっていた。


「さて、吸血鬼は、ここから南西にある廃寺にいました!今度こそ殺るぞ」

いち早くケーキを食べ終わると古川が宣言した。

「はい!殺る前に、祥一郎の今後の事聞いた方がいいよ。吸血鬼が死んだら何か影響あるか、とか吸血鬼生活で気をつけた方が良いこととか」

アオが何故か手を挙げて言った。


「吸血鬼生活って。今の所なんとも無いが」

「いつまでも、吸血鬼の良いとこ取りだけじゃ無くなるってか」葵光丸が頷いた。

「もしかしたら、このまま吸血したりされたりで能力消えるかもしれないぞ」葵が言った。

「試しに噛み付いてみるか。でも牙生えて無いから喰いちぎる勢いで行くしかない。やだなぁ」


「止めて、僕以外に首噛まないで」アオがゴネる。

「そんなこと言ってる場合か」

「せめて、キリやナイフで刺して血を啜って」

「それも結局接触するじゃないか。刺した方が沢山血が吹き出る?血管有るかな、あいつら」

「やっぱり嫌だ。僕以外の血浴びないで」

「…血塗れ描写は僕じゃなくて悪霊の特権だろ」

「この世界じゃ血が出ないんだ。催眠の力で幻を見せるしかないよ」


「お前達会話が殺伐して痛い」

「僕達は真剣に話し合ってるんだ。邪魔しないで」

「今回は特別血が飛び交うからな」


「大体、吸血鬼って殺せるの?」葵が聞いた。

「殺るの前提で話してる」

アオは古川を伴侶にすると言った男を絶対に生かしておかないと決意している。

「何故か銀に弱いって聞いて、坂木の家にあった昔の結婚式の引き出物で貰った銀のナイフとフォーク十本持ってきた」

「勝手に持って来ちゃったの?それ武器になるの?」

「坂木さんの奥さんに催眠かけても一度も使ってないって、昔置いた場所も中々浮かんでこなくて苦労したよ」

「やっぱり無理矢理だね」

「緊急事態だ。ナイフは石で削って先端鋭くして、フォークは刺すところを一つに撚った」

「怪力だからできる技だね」アオは感心した。


「銃が欲しかったな、銀の弾丸とか恰好良い」

「そんな物語みたいな銃があるかよ。銀なんか柔らかいから弾丸になるのか?」

「普通の玉も鉛だから良いんじゃない?」


「俺は手斧と六尺棒だ」葵光丸が手を振ると両手に現れた。

「凄〜い!強そ〜!」アオが目をキラキラさせながら武具を見た。

「一番使い慣れてるからな」アオに褒められて、自慢気に棒を振り回した。


「アオは?」

「僕は一般人の病人だったから、その手のものとは無縁なんだ。一応銀のナイフとフォーク貰っとこうかな。隙をついて刺せたらちょっとは揺動になるかな。殆ど戦力外」

「アオはあいつに催眠使わせないように精神撹乱させて」

「それならできるよ。いつも祥一郎相手にやってるから不意を突くの得意」

「それ、もう止めてくれ。凄く気持ち悪くなる」

「いきなり祓わないのならね」


「どう言う攻防なんだ、それ」葵がよくわからない、と尋ねた。

「聞かないで、痴話喧嘩だから」

「違うって!死力を尽くす攻防なんだぞ。負けたら終わりだ、偉い目に遭うんだからな」

「どっちもどっちだ。究極の一方通行だ」葵は更にわからなくなった、と呟いた。



「じゃあ、力を伸ばすから蛇腹を合わせてくれ」

古川は前方に手を伸ばした。

「いいよ、いつでもどうぞ!」

「後ろから抱きつく必要無いんだけど」

「気分気分!」

アオは肩越しに手を伸ばして蛇腹を出してきた。

「力を出し過ぎるなよ!」葵光丸が声をかけた。

「そうでした!」

いつもの金色より更に輝きのある力が古川の身体から発せられる。


後ろで暴れる音がした。

「こらー!連れてけー!縛るなー!!」

「やっぱり心配だから、家でお留守番してて」

アオは振り返ると大黒柱に縛られた葵に言った。

「ずるいぞー!俺にも暴れさせろー!」

「遊びに行くんじゃ無いんだから!!」

「大人しくしとけ、葵!土産話してやるから」葵光丸は観光に行くかのような軽い口調で言ったが、内心は葵を気遣っていた。


古川は振り向きもせず、金色の手を出した下をアオの蛇腹が伸びていく。

「行けー!」

三人は蛇腹の上を滑って行った。

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