第40話 番外編 怪異と古川祥一郎とアオの日常 小さな世界 2  

「やられた」

連れて行かれる前に場所を吐かそうと思ったのに性急過ぎたか。

「観知!」騒ぎに気付いて来ていた母親が悲鳴を上げた。

「今のは何?観知は何処?」

パニックになって叫ぶ母親に古川は落ち着くように言った。

「やはり最初に選ばれた観知君が本命だったんです。後の子は観知の遊び相手として連れて行かれたんだ」


「あなたまでそう言うの?生贄に選ばれたのは何百年も前のことよ?今更何でうちの子が!」

座って、と居間にあるソファーに無理やり座らせた。

「おそらく前の上代の子に呼ばれたか、強制的か、交代させられるでしょう。問題は、観知が自らあっちに行ってしまった」

「どうして⁈」

「それは分かりませんが、最後に攫われた子が戻ってきたら観知はもう二度と帰って来ないかもしれない」

「そんな!」

母親は泣き崩れた。



「観知⁈うん、居たよ。もう一人の男の子と一緒に」

他の子に催眠をかけて聞くも、同じような答えだった。

「気が付くと、遠くはモヤモヤして見えない所にいたんだ。ちょっとだけ(こっちの時間では一ヶ月以上)一緒に遊んで観知に、男の子がどうする?って聞くんだ。観知は、自分がここに残る、って言うから僕は一人で帰って来たんだ。でも観知、こっちに居るでしょ?だから、夢だと思って何も言わなかった」


最後に帰って来た子はそう言った。

古川はふんふんと頷くと

「ありがとう、本当のこと言ってくれて。とても参考になったよ」

とにっこりした。


「お兄ちゃん、あっちに居た子に似てるよ。茶色の髪の毛と目が一緒だ」

「似てるんだ」

「うん」

「その子の名前は?」

「知らない。観知はお兄ちゃんって呼んでたから僕もそう呼んでた」


男の子から去ってふと

「まさか、古川祥一郎じゃないだろうな。一応違う世界だからギリギリOK?なんてね」

と独り言を言った。


取り敢えず村長の家に戻ることにした。夕方で逢魔時は危険だ。小さい怪異が寄って来たので祓いながら歩いた。



「子供達がいなくなった場所は同じですか?」

村長宅で夕食を頂きながら古川は尋ねた。


「いや、バラバラなんだ。分からない子もいるし、どうしてですか?」

「もし同じならそこから子供達の行った世界に繋がってるかもしれないと。でも違うのか…」

「上代の家はどうでした?」

「違うような気がします。あそこは、上代家の者しか使え無さそう。僕には反応しませんでした」


「そう言えば神社で一人行方不明になった子供が居たと思うんだが」

「それ、早く言ってもらえます?そういう所は他のところより繋がりやすかったりするんですよ」



次の朝、早速神社へ行ってみた。

きちんと手入れされた場所で、白い玉砂利が綺麗に敷かれていて、禍々しさなど無さげだ。

じゃらじゃら音をさせながら本殿の前に行く。


お参りをしてから、徐ろに力を出した。

目が茶金色になって辺りを見渡すと、本殿の結界が観えた。

薄く包むように力を伸ばしていく。金色の光が本殿に到達する。


何所か綻びがないか探す。全部覆い尽くすように結界を張る。

「無いな」神社に見られる自然な結界だ。

目以外の力を止めた。

「こんだけ派手にやったら何か反応が返ってくると思ったのに。ん?」


本殿の後ろから何か出てきた。

良く観ると小さな2頭身位の白い人のようなシルエットをしている。


「神様?」小さい人は言った。

「やっと帰って来てくれたんだ。みんなずっと待ってました」

害意は無さそうだが、どう言う事だ?

「神様?お前がそうじゃないのか?」

「何をおっしゃいます。僕等は貴方の僕です。早く行きましょう。みんなびっくりするだろうなあ。早起きは三文の徳って言うけどもっと得しちゃった」

顔も白いから分からないが、嬉しそうだ。


古川は不機嫌だが、にっこりとして見せた。

「違う、僕はお前等の神ではない。お前等が勝手に連れていった子供を返してもらうために来た」

「子供?上代の後継と遊び相手ですか。神様の代わりと思い用意しましたが、ご入用でないなら返します」

「そうしてくれ。親が泣いている」

「じゃあ、神様帰りましょう」

「駄目だ。先に子供を返せ」

ペコリとお辞儀して

「分かりました。おーい!」

と後ろに向かって呼びかけた。

「あの子連れて来て」


小さい人と古川の間に歪みが発生した。

みるみるうちに広がって口を広げたように裂け目ができて子供が中から現れた。

「あれ、ここは??」

子供はキョロキョロして辺りを見回す。

「おかえり。ここは神社だ。帰り道わかるか?」

「それならわかるよ。近くだから」子供は頷いた。

「早くお帰り。みんな心配してる」

「わかった、ありがとう。帰れたのお兄さんのお陰だよね?」

「その通りだ。古川祥一郎が助けた、と村長に言っといて。僕はもうちょっと調べなければならないんで」

「こがわしょーいちろー、だね。わかった!」

子供は走って去って行った。


「返したよ。行こうよ神様」

「神様じゃないって。上代観知はどうした?」

「あの子は上代の後継で、自分で残るって言ったから出せないです」

「それは困る。どうすれば良い?」

「それなら早く行こう。本人に言って下さい。僕達は神様がいれば後の子は居なくていいから」


あー結局行かされるのか。面倒臭いなあ。このチビが観知を連れてくりゃ、それで済んだのに、本人が出ないなら無理やり連れて出るしかないな…

アオ呼ばないと…まあ、あの結界固いけど長持ちしないから、今頃死に物狂い(死んでるけど)で解除して猛烈な勢いでこっちへ向かっていそう。放っておこう。


古川が手を出すと小さい人は手のひらに飛び乗りぴょんと跳ねて肩に乗った。

先ほどの歪みが、閉じきれずに残っている。

「おーい、神様が帰るぞー開けろー」

ググッと口を開いた先は真っ暗だった。

「ここに入れば良いのか?」

「はい、どうぞ」

古川は渋々足を踏み入れると身体全部を掴まれるような感触があって真っ暗な中へ連れ込まれてしまった。



気がつくと歓声に取り囲まれていた。

「わーい、わーい」

「神様、神様、おかえりなさい」

「ずっとお待ちしておりました」

口々にそのようなことを一斉に叫んでいる。

神社にいたのと寸分違わぬ小さな人だった。


「黙れうるさい!」

古川は負けじと叫んだ。

え、と周囲に居た小さな白い人達がざざっと引いた。

「僕は神様じゃない。勘違いするな。観知はどこだ。一緒に帰るぞ」

「そんな、せっかく帰って来たのに」

「知るか!大体何なんだ、お前等!勝手に子供攫いやがって、村の人は多大に迷惑被ってんだ。それをわかってやってるのか?」


「でも、昔から、上代の子が選ばれて来るのは当たり前ですよ。子供を差し出すって村の皆んなが決めたんです」

「いつの話だよ⁈」

「200年位前に」

「昔すぎる!!そんなの無効だ!」


「でも皆んなで決めたんです。決まり事は守らなきゃ禍が起こるんです」

「はあ?何言ってんだ?神様に仕えといて人間みたいな事言うんじゃない。嘘に決まってるだろ、なあ、上代?」


「嘘だったら悲しいよ。その為に僕はここに来なきゃいけなかった」

12歳くらいの少年が、観知を連れてやって来た。

「貴方は誰です?」

後ろで高く括った茶色の髪と目、ほっそりとして古川とあまり変わらない身長、顔は白くて整っている。


古川は偉そうに言った。

「神主で退魔師の古川祥一郎だ。お前を祓いに来た。充分村の為に役立ったんじゃないか。もう死んでも良いだろ」

「神様が居ないのに、僕が居なくなると駄目でしょう?この子達が可哀想だ。ずっと神様を待っているのに」


「こいつ等僕の事を神だと言ってたぞ。本当に神は居たのか?」

「僕が来た頃も居なかった。この人達だけだった。でも歓迎してくれたよ。皆世話してくれるし」


「そんなんで人生棒に振ったのか、哀れだな。村の外に逃げたらよかったのに」

「考えたけど、残った父母の事を考えるとできなかった」

「そうか、仕方無しか。それで観知はどうするんだ?お前の代わりじゃないのか?」

観知は少年の後ろに隠れた。

少年は宥めるように観知の頭を撫でながら

「そのつもりだったんだけど、観知が行かないでって言うから止まることにした」

「観知は返せ。もう生贄は要らないだろう。この子には両親がいる。母親は泣いてたぞ、観知」

「知らない。僕は友吉と居る。お前だけ帰れ」


少年友吉は観知の肩を抱き寄せた。

「貴方が神様になってくれたら返してあげてもいいよ』

「何で僕が」

「だって力が神様並に凄いんだもの、貴方なら」

友吉は指差した。

「アイツ等をやっつけられる」


古川が指差す方を見ると、黒い小さな塊が此方へやって来る。

「何あれ」

良く見ると小さい黒い人だった。


「神様ー」

「本当に神様だ」

「こっちに来て、そいつ等危ない!」

「食われるよ」


「なんか言ってるぞ」

「気にしないで。嘘だから」

むうっと古川が唸った。余計ややこしくなったじゃないか。

「神様助けて、アイツ等僕達の物を奪ってくんだ!」

「泥棒なんだよ」


「何だと、それはそっちの方だ」

「あれは、俺達の畑なんだからな!」

「そんなのいつの話だ!とっくに僕達の物だ」


白と黒で喧嘩が始まってしまった。よく見えないが殴り合ってるらしい。

「仕様も無い事で争うな。労力の無駄だ」

古川は言うが、誰も聞いてない。

わあわあやってるのを見ていると腹が立ってきた。


「おい、何とかしろよ」

友吉に言ったが、観知はオロオロし、友吉はただ見ているだけだ。

「神様の言う事しか聞かないんだって。いつもこうだよ」

古川のイライラは頂点に達した。


「皆、祓ってやる!」

古川は力を出した。

目は茶金色に、身体は金色に光り、背後から四方八方に細い腕が何百も出てきた。


ダンダンダンダンと音を立てて小さい人を一人二人と押し倒していく。

最終的に白黒全部を押しつぶさんとしている。

「きゃー助けてー」

「苦しいよー」


「よーく聞け!お前等の神は『神隠し』されたんだ」

「「「えっ⁈」」」

そこに居た全員が驚いた。

「お前等が争ってばかりだから嫌気が差したんだ。だから隠れた!お前等が反省して仲良くしない限り、神は出てこない」

「神が隠されるなんて」


「お前等が知らんだけだ。神の世界ではよく有るらしいぞ」

古川が迂迦に聞きたかったことがこれだ。


本当は、神が止むを得ず休んだり、旅立つ時に自ら居なくなるので、人間を生贄として出させて、代わりに置いていく。それを『神隠し』と神の間では言う。

決して良い事ではないが、たまに起こす神が居る。

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