第39話 番外編 怪異と古川祥一郎とアオの日常 小さな世界 1

「子供が行方不明になってはその前にいなくなった子が帰ってくる?」


古川は建設会社専務の横に座る老人の言葉を繰り返した。

「そうなんだ、わしらの集落は春休みで孫が来てる世代が多いのだが、何日かに一回はそんなことが起こって。田舎なんで、お巡りさんも二人しかいないし、交代で村の中を巡回してくれているのに、気がついたらおらんようになっとる。

散々探しても見つからず、でも、一ヶ月ほど経つと、いつの間にか子供がいて、それがその子の前に居なくなった子供なんだ」


「それが神隠しだと?」

「今5人目なんだが、4人目の子が帰ってきたんだ」

「お礼ははずみますから、調べてもらえないでしょうか?せっかく孫が来たのにこんな事件があっては、皆帰ってしまって爺婆が寂しがってる。集落から子供がいなくなったせいか、最後の子供は帰って来ないんだ」


「古川さんなら人探しはお得意でしょうから、頼まれてくれませんか。私も息子を連れて帰省したい」


前回の事で、確かに古川は行方不明者達を連れ帰ったが、1ヶ月もかかった。

専務にしてみれば、一晩で解決した事になっている。軽くできたと思われても仕方ない。

うむむ、と古川は内心不満だったが、顔は微笑を保ったまま頷いた。


「得意ではありません。でも専務さんの頼みだし、巻き込まれる子供は可哀想なので上手くいくかはわかりませんが、微力を尽くしたいと思います」


専務と老人、村長はほっとして頭を下げた。


「その代わり、僕も情報が欲しいです。いなくなった子供の年齢、どこの家のお孫さんか、いなくなった場所、わかる事を教えて下さい。なるべく急いで」

村長は「わかりました」と頷いた。

「それと」古川は付け足した。

「いなくなって帰って来た子供の話が聞きたい」



神影神社から階段を下っていく二人を見送って、充分離れると、アオが言った。

「また、違う世界に連れ込まれるパターンだよ、大丈夫?」

古川はアオを見てにっこり笑った。

「危ないから、アオは連れて行かない」

「え、危ないから僕も行くよ」

「アオが危ない考えを持つから連れて行かない、と言う意味だ」


アオはむうっとほおを膨らませた。

「僕がまた閉じ込めるって?」

「そうに決まってるだろ」

「もうしないよ!」

「全く信用できない。此処にいてもらう。念の為結界で閉じ込める」

「酷いよ!そこまでしなくても」

「アオが悪い。葵光丸に習ったんだ、固い結界の作り方」

「え、いつの間に?」

「こうやって、ペタペタと重ね塗りするんだ」

古川は素早くアオの周りに手のひらを動かした。

「あ、え、や、止めて!」アオが手を前にやると、既に遅く周りを結界で覆われてしまった。


「ひどーい!これじゃ何もできない。祥一郎が帰って来れなかったらどうするんだ?」

「那由太状態だな」

「いや、それ冗談にならないから」

「僕はいつでも真剣だ」

「嘘!出してー!!」

アオは催眠の力を出したが、古川は動じない。

「ふふふ、催眠もジャバラも跳ね返してる。いい出来だ」

「うー、馬鹿葵光丸め、今度酷い目に会わせてやる!」


遅くなった時は村長の家に泊めてもらう段取りを付けていた。

古川はルンルンと上機嫌で5メートルのしめ縄や木の人型、黒沼を閉じ込めた木枠やガムテープ等も着替えと一緒にスポーツバッグに詰め込んだ。

「明日出かけるからね」


「待ってー、本当に心配なんだよ!絶対絶対閉じ込めたりしないから!むしろ閉じ込められたら助けるから!お願い…」

アオは膝をつくと、泣き出した。

「置いてかないで、一緒に行きたい、一人は嫌だよ」

「すぐ泣くな。2〜3日だけだから!」となだめた。

「やだ〜」

「どうしても僕と一緒に行きたい?」

うんうん、と泣きながら頷く。

「祥一郎の言う通りするからお願いします!」


古川は散々迷った素振りを見せたが終いに折れた。

「仕方ないなあ、絶対閉じ込めるなよ!絶対だぞ!」

「分かってる。そんなことしない」


古川は渋々と言った風に結界を解いた。内心はガッツポーズをしていたが決して読まれないようにしている。

アオは突進して抱きついた。

古川はにっこり笑うとまだぐずっているアオの顔を手で引き寄せると、ちゅっと音を立てて口付けした。


アオは一瞬固まっていたが、見る見るうちに顔が真っ赤になり、ふいっと気配まで消えてしまった。

してやったりと古川はアオを手玉に取ることができ、満足した。


「さて、次は、と」

古川は布団を敷き始めた。

神服に着替えて布団に横になる。周りに怪異除けの結界を張る。アオも対象だ。


最近アオは寝てる時、絶対僕の身体に何かしている。葵光丸の所から帰って来てからだ。あいつから何か仕込まれたに違いない。


今から無防備になるから結界はきつめに掛けた。



「お前のう、来るならもうちょっと前もって言ってくれんか?」

「神様は暇なんだろ?神使が全部するし」

「違うわ!」

古川が稲荷神・宇迦の傍に寝そべった。

「これから明日の神事に向けて」

「じゃ、僕の話の後ね。僕も忙しいし、これ、余り保てないから」

幽体の古川はにっこり笑った。

「自由じゃのう…で、何が知りたいんじゃ?」


「神隠しについて、教えて?」




帰ってくると、アオが上から恨めしそうに覗き込んでいた。

「どこ行ってたの?何で結界張ってたの?どうして僕を置いていったの?」


古川は結界を解除すると横たわったまま言った。

「宇迦の所。観たらわかるだろ?力無くなるから用心のためさ。アオを連れて行こうにも気配消えたら何処にいるか探し辛いんだよ」


「ふーん」アオは納得したようなしてないような、微妙な感じだった。

「動けないんだ」

「そんな事無い。身体動かすのは支障が無い」

「動けないんだね?」

アオはにっこり笑って古川の服を脱がせ始めた。


「ちょっ、アオ⁈」

「着替えるよね?汗かいてるよ」

古川は身体を動かせなくなっていて、アオの催眠に堕ちた事を知った。

神服を脱がせ、Tシャツとトランクス1枚になった古川を見て笑みを深めた。

いそいそと濡れたタオルを電子レンジで温めて持ってきた。いつの間に覚えたんだ。

「拭いてあげるね」Tシャツに手をかける。

「要らん!あっち行け!」

「大丈夫、優しくするからね」

「違う!触るなあぁぁぁぁ」


身体中触られた…全裸見られた…いや、私は地蔵、私は地蔵。あ、何しやがる!

「おかしいなぁ、こうすれば喜ぶって葵光丸が」

「これ以上触るな!葵光丸の言う事を真に受けるな!鬼だぞ⁈」

「そうだね、ふふっ。可愛い形だなぁ」

「止めろアオ、あっちで葵光丸と何やってたんだ⁈余計な事やったら全力で跡形もなく祓ってやる!」

「うーん、仕方ない。寝巻き持ってくる」

「こらー!トランクス先に履かせろ!」

「それも変える。直ぐ戻るよ」


アオは上機嫌で、人形の様になった古川に寝巻き類を着せた。

古川は精神的ダメージが大きくて、もはや抵抗する元気は無かった。

アオの行動に不安を抱えながらも催眠による眠気に勝てず意識が遠くなってきた。

「洗濯を」

「うん、しておくから寝てていいよ。『あいろん』もするんだよね?」

「そこまでは…」

もう少し制御できれば、これはこれで便利なんだけどな。そう思いつつ寝てしまった。



次の朝には力が復活した古川は、後ろで泣き声がしていたが無視して珍しくお握りを食べていた。

「連れてってー、お願ーい、ごめんなさーい」

周囲にガチガチに固められた結界を、バンバン叩いて泣いているアオが居た。


「うるさい、悪霊。消されないだけ有難いと思え。あんな事されて喜ぶ馬鹿がいるかっ!」

凍りそうに冷たい声で言った。

「葵光丸が絶対祥一郎も喜ぶって言ったから良いと思ったんだよ〜」

「葵光丸は地獄へ落とす。悪霊はそこで消滅するまで反省しろ」


古川はおにぎりを食べ終わって歯磨きをした後、荷物を持って出て行った。




再び専務の運転する車で出発した。

「先ず最初にいなくなった子の家と連絡が取れたので、そっちへ向かってよろしいか?」

「ええ、その子が重要だと思うので、お願いします」



「上代さんとこの、観知かんち君だ」

「神の代わり、できるな。何故返されたんだろ?上代さんはずっとこの土地に住んでるのですか?」

「ええ、そうです」

「観知君で決まりっぽいのにな」

村長は驚いて小川を見た。

「どうしてお分かりに?実は、昔子供を神へ生贄を出した事があると伝わっていて」

「やっぱり」

「でも、大昔の話で上代は否定してますけどね。村の昔の古文書にも載っていませんし」

「まあ、次もどうぞとか言われたら嫌だろうし」

「確かに。だから今回のことで、また選ばれたんだと噂にはなっていましたが、帰ってきたので親御さんも安堵してましたよ」


古川は家に着くと村長が上代家に事情を話して、観知と二人きりで会った。


「こんにちは。古川祥一郎です。神主と退魔師やってます」

観知は素直に感動した。

「すげ〜『たいまし』って妖怪やっつけたりするんだよね?」

「そうだよ。妖怪だけじゃなく、悪い霊や神様も祓ってやっつける。今回それで呼ばれたんだ」

古川がにっこりして言うと、観知はちょっと驚いて後ずさった。

「どうしたの?観知君は悪いモノに攫われたんだろう?大変だったね、痛い事されなかった?」

「ううん、優しかった。飴くれたし」

古川は更に笑みを深めた。

「飴なんかで気を許したら駄目だよ。観知。知らない人に、物を貰ったら駄目って言われなかった?」

「だって、お腹空いて」

じりじりと後退する観知に近付いた。

「あっちで何か食べたら戻って来れなくなる。知ってて食べたね」

「だって、神様にしてくれるって」

「観知、戻って来るんだ」


「嫌だよ!」

観知は叫ぶなり古川から逃げ出した。

「待てっ!」


古川は慌てて追いかけた。観知は居間まで来ると上に向かって叫んだ。

「連れてって早く!」

古川も見上げた先に神棚が有った。

「止めろ馬鹿」


神棚から白い煙の様なものが出て腕になり観知を引っ張り上げた。

「観知を離せ!」

観知の腕の部分を掴んだが、空を切る。其処には何も無かった。


その間に観知は神棚の中に吸い込まれる様にいなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る