第38話 番外編 おまけ 怪異と古川祥一郎とアオの非日常

《古川とアオの非日常》


鬼親子と別れてから数ヶ月後。

夕方、依頼の祈祷から帰って家に居た古川は、人では無い多くの気配に外へ出た。

いつもの雑魚でも無いそれらは下の鳥居の前でたむろしている。


階段を急いで降りながら力を出して手で練り始めた。

結界を破られる前に一網打尽だ!


久々の大物達に自然と笑みが溢れる。


「おーい!」

「来たぞー」

わらわらと声が聞こえてきて、古川はあと30段位の所でぴたっと止まった。

すぐに判ったのだが、これを言う為降りて来た。


「!!全員帰れ!!」古川は怒鳴ると背を向けて上っていく。

「そんな事言うなよー。ケチだなあ俺の翡翠奪っといて」

「そうですよ、私は花持って来たから生けますよ」

「風呂水無かったからこっちから来たぞ。神主から珍味もらった。お前によろしくってよぉ」

「いやー、葵がアオに会いたがって仕様がなくてな」

「それは父さんだろ!俺は、別に、ついでだ」

「古川様頼まれてた一口饅頭とアンシャンテのマドレーヌ有ります」

「野菜持って来ました!」


「人間だけ上がって来い!!後は駄目だ!」

狐、竜、鬼…。

「あれ?いない、だと?」「半分じゃ駄目?」葵の言葉にどっと笑い声が響いた。

イワンコフ、葉っぱ、スイスイ、葵光丸、葵、流、紫都達(台詞順)が下にいた。


「何しに来た?祈祷料なら返さんぞ!」

「違うぞ、そんなケチ臭いことは言わん!祥一郎に世話になったから皆で集まろうと誘われて、結界の前で皆意気投合したんだ」スイスイが得意そうに言った。

「初めて会って何その気安さ!何故世話になった僕の神社に集まるんだ?迷惑だ!」


「僕が企画しました〜」

アオがニコニコしながら降りてきた。

「みんなと外で鍋と焼肉しようと用意してたんだ!祥一郎、早く結界解いて!みんないらっしゃーい」

早速アオは「大きくなったねえ」と葵を抱きしめた。もう、アオの背も追い越している。葵は照れながらも抱きしめ返した。


古川は口をパクパクさせたが言葉が浮かんで来ない。

アオに操られて無意識で結界を解いてしまい、皆は古川を避けてぞろぞろ階段を上っていく。

ポツネンと下に残った古川は怒りで震えていたが、誰も居なくなったので仕方なく従った。


いつの間にか神社の裏手の空き地に竈門が組まれ、焼き肉の鉄板と鍋が二つセットされている。

「アオ、出かけてると思ったら、いつの間に」

流と紫都が得意気に小さな怪異を消していった。



今度は上から

「おーい、遅れたか?」

と知らない声がして、嫌な予感いっぱいで見上げると紅色の竜が浮かんでいた。

「おう、ベニの、大丈夫だ!早く火を頼む」

「関係無い奴まで来たよ」

「火竜だよ。火の番したら飲み食いさせてやるって言ったら二つ返事で引き受けてくれた。火山休んでいるから暇なんだと」

「やっぱり全て関係無い!」怪異が増えただけだ。


「風起こすのちょっとだけだぞ、天、吹き飛ばすな」

「誰?」

「葵光丸の友達の天狗だ」「天叔父、いつの間に」

古川は動揺を通り越してクラクラしてきた。

「あっそう。天狗も本当にいたんだ。なんかあっけなく会いすぎて感動が薄い。本当に人間がいない。はっ、まともな人間は僕だけ⁈」


古川がマトモな人間に入るのか疑問だが、感謝される人を除け者にして用意が進み、呆然とするのみだった。


宴会が始まると、皆んなに冷やかされながら、アオに連れられて古川は用意された上座に座る。

アオが焼けた肉を持って来たり、鍋の中身を椀によそったりと甲斐甲斐しく世話を焼いた。


古川は無表情・無言でひたすらムグムグ食べていた。


次第に竜達は人型が保てなくなって、お供えの酒樽を勝手に出してくると、じゃんけんをして交代で顔を突っ込んで飲んでいる。龍神の威厳は最早全く無い。

葵光丸と天狗も凄い勢いで飲み食いし、話をしては大笑いしている。

葵はアオのそばで大人しく焼き肉だけ食べて、野菜を食べろとアオから喧しく言われて、たまに渋々つついている。

紫都と流は他の者に恐れを持って遠慮しながらも、密かによく食べている。


結局、用意した具材も神影神社の樽酒も全て無くなって、ついにお開きになった。

皆帰りがけに古川に声を掛けてから帰って行く。

礼も言うが、励ましだったり、忠告だったり色々だ。

「余計なお世話だ」「うるさい」「早く帰れ」「もう来るな」と古川は相変わらずの反応だった。


竜達はへべれけになって絡み合いながら、スイスイの新居でまた飲み直すと山に帰って行った。

新居と聞いてアオの目が一瞬赤く光ったが、古川は見ない振りをした。


天狗は団扇を使って飛んで帰り、葵光丸と葵は体力作りの為に走って帰るとのこと。葵は疲れたと文句を言っていたが、アオの別れの抱擁には素直に従った。

流は葵にもマドレーヌを渡していた。

紫都と流は全部の後片付けをアオとしてから辞した。


古川は最初から最後まで一歩も動かなかった。いや、動けなかった。

何て、出鱈目な危ないメンバーだったんだ!しかも、次回も宜しくとか言ってる奴いたぞ。

ん?ちょっと待て。


「アオ」

「なあに?」

「今日の宴会の食材費は?」

「野菜は稲荷神社からで、肉は祥一郎の財布からお札抜いて流に買って来てもらった」

「アオ?いくら使った?」

えへへ、とアオは誤魔化すように笑った。

「財布の札全部使った」

!!??

「十五万有ったんだが?」

「そうなの?そんなに有ったかな?」

「元々5万しか入ってなかったけど、この前の祈祷料の取り分を貰って、そのまま財布に入れたんだ。覚えてるとも。アオ!!」

「ごめん!祥一郎!」


アオがいなくなり気配まで消えてしまった。こうなると後を追えない。

「結局僕が彼奴ら呼んで、態々身銭切ってもてなしてやっただけじゃないか!!」


腹が立って、少しずつ食べようと思っていたマドレーヌを一気食いしてしまった。


風呂へ入っても怒りは治らず、仕返しに家に強力な結界を張ってふて寝した。

アオはこっそり帰って来たものの、案の定中に入れなくて、一晩中泣きながら反省していた。


この古川の慰労会という名の単なる宴会は、自分で飲む酒と別に一人一品持って来いと言う古川の厳命付きで、この後も何回も開かれることになってしまった。

但し、肉は古川持ちなので、毎回多大な出費になったがもう諦めて文句は言わなかった。


それより毎回誰かの友達や知り合いが参加するようになったので、収拾が付かなくなる前に止めてもらった。

時々密かに増えている時もあるが。


「誰も僕の慰労会だと忘れてるか知らない連中ばかりだ」がっくりきた。肝心の本人も忘れていた。


ただ、企画するアオは毎回楽しそうだった。

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