第36話 番外編 怪異と古川祥一郎とアオの日常 鬼の居ぬ間に 2

古川は自分が世界最強と思っていたが、体力はともかく腕力は人並み以下なので、鬼が実在するなら譲らざるを得ない。

腹が立つので出し抜く機会は常に窺うことにした。

ただ、本当に着ていた服が古い時代なのが気になった。結界の中の服の方が普通に現代的だったが、周りを見て真似していたのだろうか?

だとしたら、鬼達はいつから生きているのだろうか?



那由太は元来た道を戻りはじめた。

「どこへ行くんだ?葵光丸はどこに住んでるんだ?近くか?」

「ここから10里ほど行くと山がある。そこの何処かだ」

「10里?キロだと×4で、40キロ。馬鹿か⁈そんな距離僕が歩けるわけないだろう!バスがもう来るから乗ろう!終点だろどうせ」


「本当に軟弱者だな!で、ばす?ばすとは?」

「そこからか!乗り物だ。えーと、そうだ、馬のない乗り合い馬車だ」

「馬の無い馬車?それは馬車と言わん」

「だからバスって言うんだ。ほら、来た!乗るぞ、姿消せ」



定刻通りにバスがやって来た。

「ああ、これが、ばすって言うのか」

古川は先にアオと躊躇する那由太を突っ込んで、澄まして一人でバスに乗り込んだ。

バスは古川達だけだったので、一番後ろに古川を挟んで座って駆動音に紛れて喋っていた。


「大体、そんな強い癖になんで、結界にやられて奥さんまで取られてんの?実は鬼の中で最弱?」

「お前ホント、口悪いな。単に強えんだ、葵光丸は!術も使いながら瞬足!隙がねえ」

「それ駄目駄目じゃないか。結界壊したのバレてるから今頃は警戒されてるぞ」

「そこまで感知できねえはずだ。無茶なのはわかってる。向こう着いたら速攻結界壊せよ」

「へいへい。それだけじゃない」


古川はにっこり笑った。

「まず、葵光丸に手枷外せって頼んでみるさ」

「何だと⁈」

「お前達の確執に興味無いし、関係無い。嫁って言ってもお前が言ってるだけかもしれないだろ?向こうの言い分も聞かないと、僕達への情報が少ないから判断できない」


「そんな事はどうでもいいだろ?文句言わずに従え!」

「うるさいな!文句は言う為にあるんだ。そしてバス停どこで降りたらいいんだ?地名は?」


小角おづぬ山だ。結構険しい山で頂上まで獣道しかない」

「どんな田舎に住んでるんだよ、獣道とか道ですらあり得ない」

古川は舌打ちして運転手のところへ行った。

運転手と古川は少し話してから、古川が更に不機嫌な顔をして帰ってきた。

「どうした」


「小角山な、終点だけどな」

「ん?」

「バスターミナルになってて、山じゃ無くなってるぞ!」

「何だと?ばすたー何じゃそれは⁈」

「バスの停まる終点だ。バスが休むところだ」

古川は深い溜息をついた。

「山が無くなってるなら棲家も何もないだろ。既に葵光丸死んだとじゃないのか」


「それは無い!結界と手枷は奴のせいだ。奴が死んだなら消える!」

那由多は真っ向から否定した。

「他に居る場所知らないの?取り敢えず行ってみるしかないけど、その先は薮やら田んぼや畑で他に何も無い。そんな所へ1人で向かう僕は思い切り不審者だよ。やだなぁ」


「居場所は滅多なことでは変えん。その付近に隠れているはずだ」

那由多は古川を睨んだが張り付いた笑顔で答えた。

「だと、良いんだけど」

「祥一郎」

横で静かにしていたアオがだるそうに言った。

「力抜けてるのが、そろそろ辛くなってきた」

「えっ⁈早いな!そうか、鬼用だからか。クソッタレ!」

古川が手枷と手首の間に薄い結界を張ってみると、力の流出は殆ど押さえられた。

ついでにアオの顔を引き寄せ、口移しで力を送ってみる。

「ん、う」「どうだ?アオ」

「うん、凄くマシになった。はあ、祥一郎の唇柔らかくて、力も気持ちいい…もっと頂戴」

「嫌だよ、ふざけるな。唇の感想は求めてないし、別の刺激はやらない」

「ちぇっ」アオはポーッと顔を赤くしていたが、落ち着くと目を閉じて古川にもたれた。

「お前ら、おかしいぞ」那由太はその様子に完全に引いていた。

「いつもの事だよ」とアオは言ったが古川は全力で否定した。



小角バスターミナルに着いた。

「全然違う、本当に山が無い」那由太は呆然としている。

「運転手の言った通りだ」

古川は背中に微妙にくったりしているアオを乗せると辺りを見渡した。


すると、景色の一部がぼんやり霞んでいる場所があった。

「あっちの生垣の向こうだ」古川は一見何も無い空間を見た。

「結界がある」

「本当か⁈行こう!」

「ちょっと待て、運転手が不審な目で見ているぞ。話してくる」

古川はスタスタと運転手のところへ行って二言三言話した。

運転手は頷き、古川と手を振って別れた。


「何言ってたんだ?」

「催眠をかけてこの先に僕の相続した別荘があって確認しに行くことにした、と信じさせた」

「そんなこと言う必要あるのか?」

「人の好奇心を舐めるな。特に怪奇話に続々と寄ってくる。怖いぞ」

チラッとアオの方を見た。アオはふふっと笑った。

「まあ、あらぬ噂を立てられて、弱い筈の人間に退治されちまった鬼も居たしな」

那由太は少し寂しそうに言った。



「え、本当に有ったよ別荘」

生垣を越えるとうっすら見える道が急勾配になり、左右に木々が鬱蒼と茂り、最奥に平屋らしい建物の瓦屋根が揺らめいて見えた。

「でも、道も建物も多分僕達しか見えてないよ」

アオは見えにくいようで、目を細めたり開いたりしている。

「普通の人にはこんなに結界が分厚いと全く見えない。でも知らずに近付いたら、手前で跳ね返されて逆にバレそう。何考えてんだ」

「誰も通さないってか!あれが葵光丸の棲家か。ちっ、俺を閉じ込めといて良いご身分だ」那由太が吐き捨てた。


「アオ、僕の中に入っておけ。攻撃された時もダメージが単体でいるよりかなりマシになる」

「でも、祥一郎の負担になるよ」

「居ても関係無い。そんな事気にしてる場合か。早くしろ」

アオは躊躇いながらも

「ごめん、よろしく」

と言って中にそっと潜り込んだ。


ゾワっと背筋が寒くなってちょっと身震いした。ほぼ同じ性質の力の持ち主同士だが、古川にとって異物には変わりない。

神祇一統会にいた時は何度も依代として霊を取り込んでいたせいか感覚は慣れている。


アオもなるべく静かにしていてくれるが、気を抜くと乗っ取られるまではいかないが、アオの意識が強く流れ込む。

主に古川を気遣い、心配する気持ちと愛情で占められていた。

そんな感情に触れると落ち着かなくて、拒絶するように自然と身体にもいつもより力を巡らせていた。


「お前、それで結界破れるのか?」

「問題無い。ちょっと気分は良くないけど。いくぞ」

精神を集中させ、手を結界に触れて力を叩き込んだ。

那由太を覆っていた結界を壊す時より高い硬質な弦の音がした。

流石に一回ではヒビが少し入った位で壊れなかったが、何回かやると、ヒビができたところが崩れた。

「全部は壊せないな」


古川が感心しながら通り抜けると、先に入っていた那由太が「走るぞ」と構えた。

「ちょっと待て!僕を背負って行け。追い付けない」

那由太は舌打ちしたが、

「邪魔するなよ」と承知して古川を背負うといきなりトップスピードで飛ぶように走り出した。

『こんなのに追いつくの絶対無理』古川は鬼の能力に驚きながら、振り落とされないように必死でしがみついた。


「来たぞ!」道半ばで別の鬼の気配に古川が叫ぶと那由太が急停止したので側に降りた。

何も無かったところから急に現れたのは、短く白い角が生えた銀色の髪と、同じ色の目を持ち、那由多と同じ褐色の肌で、身長が2メートル近いがっしりとした美丈夫だった。


「葵光丸!よくも、閉じ込めてくれたなあ!」

那由太は低く唸り声を上げた。

「どうやって出た?ん?何だ、その弱っちい人間は?盾にもならんぞ」

葵光丸は落ち着いていて、呑気そうに答えた。


古川はいきなり貶されて気分が悪かったが、にっこり笑って言った。

「那由太なんかの盾になるつもりはさらさら無い。お前が張った那由太の結界は、わざわざ、僕自ら、解いてやった。なのに那由太に、お前の手枷をワザと移されて、アオにかかってる。一刻も早く外せ」

「アオ?」


アオが古川の中から出てきて手を伸ばして枷を見せた。

「これだ!僕達は全く関係無いのに、コイツ、親切を仇で返してきたんだ!外してよ!」


同時にアオは残った力で催眠をかけたが、葵光丸は、はっはっはと大声で笑い飛ばした。

「たかが人間に結界を破られるとはな!それに幽霊にも枷が効くのか!災難だったな。那由太にも困ったもんだ」

葵光丸が片手を横に軽く振ると、ガシャンと音がしてアオの手についていた枷があっさり外れて落ちた。手首に巻いていた古川の結界も消えた。


アオはふらつくと、意識を失う前に手繰り寄せられて古川の中に戻った。


意識を失う時間が長いと悪霊化が進む為、つい助けた。アオの感情に直に触れてしまった古川は躊躇ってしまった。

完全に悪霊化すると、古川の全力を尽くさなければならない。今日は十分な力が残っていなかった。それだけだ、と古川は心の中で舌打ちした。



「那由太、後は葵光丸と決着をつけろ!僕の用は済んだ。帰る!」

「まあ、待て」

何故か葵光丸が呼び止めた。

「何だよ」

「せっかく山奥まで来たんだからゆっくりしていけ。結界を直したら、馳走するぞ。俺の妻は人間で料理が上手いんだ。久しぶりに他の人間とも会わせてやりたい」


那由太から殺気が膨らんだ。

「誰の妻、だと?」

「お前、わざわざ那由太を挑発するなよ!さっさと那由太に女を返してから招いてくれ」

古川は文句を言った。


次の瞬間那由太から離れて地面に突っ伏した。


ゴウっと音がして那由太から巨大な斧が葵光丸へ投げられた。

それは真っ直ぐ葵光丸の元へ向かって飛んでいった。

葵光丸は難なく受け取ると、にかっと笑った。


「俺の妻になったんだよ、まだ諦めてなかったのか。もう返せん」

「ぬかせ!勝手に囲いやがって!俺は取り返す為に来たんだろうが!!」


那由太は取られた斧を気にせずに葵光丸に突っ込み、斧を飛ばした。

2人でがっつりと組み合う。二人を中心に渦を巻く風が起こる。


古川は那由多の葵光丸への殺意を読んで、直前に攻撃を避けたのだ。

2人の様子を見つつソロソロと後退して行った。

こんな闘い巻き込まれたら即死だ。助けにならない手助けなぞやってる場合では無く、逃げるに限る。



来た道も帰りは下りなので構わず走り出した。


道半ばまで降りてきたあたりだろうか。


不意に左奥の竹林から人の気配を感じて立ち止まった。

「人間の方でいらっしゃいますか?」


恐る恐る現れたのは20代半ばに見える若い女だった。黒髪は後ろで一つに束ね、ぱっちりした大きな黒い目で丸顔の可愛い面をしている。赤いカスリ柄の、丈が少し短い着物を着ている。

「そうだけど、誰?」

佐津姫さつきと申します」

「僕は古川祥一郎だ。ええと、あなたは那由太の妻?それとも葵光丸の?」


佐津姫は困った顔で言った。

「今となっては、葵光丸様の妻として生きてきた年月の方が長いのです。那由太様には本当に申し訳ないですが。諦めて欲しいのに」

「全然諦めてません。殺意全開で葵光丸に喧嘩売ってました。さようなら!」

古川はそのまま佐津姫の前を去ろうとした。

「待って下さい。それならお願いがあるのです。一緒に戻ってくれませんか?」

「え、巻き込まれるの、嫌なんだけど」



「しつこいな!自由になったんだから、一人で生きろ!もしくは別の女を探せ」

「お前こそ、佐津姫の了解を得ず攫った癖に何を言う!」

「佐津姫は俺と居る事をとっくに了承している。今更だ」

「そんな事あるか!佐津姫を出せ!お前を殺して佐津姫に聞く!」


組み手をお互いかわして、二人が少し離れて言い争っていて、嫌々戻ってきた古川が声を掛けた。

「おい、那由太!葵光丸の言う通り諦めろ!」

「何だ、邪魔するなら」

古川は抱いていたモノを高く掲げた。

「ほら、二人の子供だ」1歳くらいの男の子だった。


「お前、どこから連れて来た⁈」葵光丸は焦った。

「子供⁈どういう事だ、佐津姫⁈」

古川の後ろから追いついた佐津姫が顔を出した。

「争うのは止めて下さい。那由太、それは葵光丸と私の子なの」

「そんな、佐津姫」

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