第34話 番外編 怪異と古川祥一郎とアオの日常 口の悪い竜とヤンデレ幽霊4

古川はいつもの朝の日課をこなし、水浴びのために風呂へ入った。

寒さに震えながら洗面器に水を溜めて一杯目を頭から浴びた。

「!!!」冷たっ!


2杯目を溜めていた時だった。


風呂小屋が僅かに揺れた。古川が水を止めて、辺りを見回すと風呂の残り湯がチャプチャプ波打ち出した。

「うわっ」


ざーっと残り湯が持ち上がって、ある形になった。


「朝から何だよ」風呂からの水が顔にかかって滴を垂らしながら、それに文句を言った。


「すまん、今度はイワがおかしくなった。昨日みたいに祓ってくれ!」

竜の形のスイスイが風呂から顔を出し、短い前足をふちに掛けて訴えた。


「知るか!何処に押しかけてんだよ。いやらしいな」

「わ、すまん、水がある所が移動し易いんだ」

スイスイは慌てて目を逸らした。

古川は二杯目をかぶって、次のを溜めながら言った。

「どうせ山奥だろ?僕に行けるわけないよ。お前みたいに飛べないし」


「それは、俺が運ぶから」

「どうやって?」

「俺は水のあるところならどこでも移れる」

「あ、そう」

三杯目を被ったが禊の気分が台無しだ。


「嫌だよ。濡れるの」

全身ずぶ濡れで雫を垂らしている今の状態からはあまり説得力ないが。

「濡らさない。大丈夫だから来てくれよ」

古川はふむ、と髪の毛をかき揚げて、にっこりと微笑んだ。


「で、報酬は?」

「は?」

「見返りは?」

「え?」

「無料なわけないだろ!」

「竜から取るの?」

「当・た・り・ま・え・だ!!出張料と、竜用・特別・祈祷料・20万な!前回助けた分も、更に危険な目に遭わせた慰謝料と共に請求する!」


古川は今思いついた竜用特別祈祷料を設定して吹っかけた。

朝から面倒を持ってくる輩は、それなりの対応をするのが古川の当たり前だ。


「えー!竜用の祈祷料って、そんなの有るのか?」

古川はぶつぶつ言うスイスイを無視して風呂の戸を開けた。

寒くて震えが止まらないし、身体も見られたくないので急いでバスローブを羽織る。


「信じられん、何て薄情な野郎だ!」

後ろの浴槽でスイスイは身悶えして残り湯をざぶざぶ揺らしている。

「人間の世は全て金だ。金で全ては動く。金が無ければ世は成り立たない。じゃあな」古川は全く動じない。

ぬぬぬ、と唸るスイスイ。


「だーっ、よしっ!イワ秘蔵の翡翠の塊出させる!これでどうだ⁈」

ヤケクソで口を大きく開けて叫んだ。


古川はタオルでバスローブから出ている箇所を拭く。

スイスイの方をゆっくり振り返ると、にっこり笑った。

「引き受けた。着替えてアオを連れて来るから待て」


「くそー、足元見やがって!早くしてくれ!」古川の明らかな態度の豹変にイラついて、浴槽の水に頭まで浸かった。


古川は住居に戻ると頭を拭いてあげようと待ち構えていたアオに事情を話し、手早く身支度を整えた。

「結局行く羽目になったね」

アオはスイスイに気付いており、既に服を用意していた。できた嫁である。


「ふふふ、今度も報酬がでかいぞ。翡翠の塊だよ?間抜け竜は相場を知らんな、儲け儲け。何処に飾ろうかな?」

「竜から祈祷料取るなんて…でも翡翠見てみたい」

「だろう?楽しみだ」


風呂場へ行くとスイスイが待ちかねた様に出てきて

「行くぞ!」と言って口を開け、二人を飲み込んだ。

中は青い水がトンネルのように二人の周りをくるくると流れ回っており、僅かにある泡が白く光り、幻想的で美しい。

これがスイスイの腹の中で無ければと古川は残念だった。アオは素直に水を仰ぎ見ては喜んでいる。


到着してスイスイから外に出る時に覚悟していたとはいえ、現場は酷い有様だった。

木が放射状に薙ぎ倒され、岩がゴロゴロ転がっている。


その上で真っ黒な鱗、黒い瞳が光る竜が、とぐろを巻き、こちらを睨んでいた。

その周りには黒い穢れが渦を巻いている。

葉っぱが盛んに枝を伸ばしてイワンコフを撃とうとしているが、穢れを防御するのが精一杯だ。


「凄い事になってるね」その割にアオは平坦に言う。

「さ、帰ろうか」古川は空気を読まずにアオを誘った。

「うん、面倒になったんだね、祥一郎。もうちょっと頑張ってあげようよ!翡翠欲しかったんでしょ?」

「そうでした。とてもとても面倒だけど」古川は遠い目をした。

荒事は好きじゃない。非力なので直接自分が押さえ込まれたら終わりだ。


「おい!」

「どうして、あんな風になった?岩を崩して出したのか?」

「そうだよ、そしたら『何故出した、押さえてたのに』って怒られて、あーなっちまった」


「余計なことを!そのままだったら、岩ごと穢れを破壊できたのに」

「そんなことしたら、イワもやられちまう!」

「私の宿木も!」

古川は「どーでもいい」と投げやりだが、アオに嗜められて言った。

「だけど、あれだけ一体化してると、周りの穢れは祓えても、イワンコフには直接力を打ち込むしかない。面倒だな。みんなでアレを抑え込める?」


「お前が穢れを払って、三人で一斉にイワンコフに飛び掛かるのは?」

「周りの穢れ全部を祥一郎が祓えるの?」アオが叫んだ。


「いけるよ。最初に僕が祓うから、その後3人で行け。残りは近付いて殺る」

三人は頷いた。

古川は両手をイワンコフに向けて力を放射状に打ち出した。

黒い穢れがたちまち消えてゆく。


「行け!!穢れに触るなよ!」

スイスイ、葉っぱ、アオが飛び出した。アオは首にしがみつき、竜達は胴体に巻き付くと、イワンコフを地面に引き摺り下ろした。

アオがついでに力をイワンコフに叩きつけた。

イワンコフの首が締まって動きが止まった。


「喰らえ!」古川は頭の上に飛び乗ると、イワンコフに力を押し入れた。


イワンコフが仰け反り、その口から大量の黒い血が吹き出した。


黒い血が固まって大蛇になり、宙に浮かんでトグロを巻き始めた。

その口からも穢れた血が放たれた。

「わーっ!」

アオが振り落とされてその血を浴びてしまった。

「アオ!しまった!」


地面に落ちたアオの身体全体がみるみる黒く染まっていき、それに伴って目が赤く輝きだした。


イワンコフは地面の上で伸びて気を失っている。

後の二匹は古川の力の余波で動けなくなって、結局三匹で絡まって倒れていた。


「お前ら、ホントに役立たずだな!!」

古川は怒りに任せて金色の巨大な手を出すと、大蛇を掴んで握り潰してしまった。

急激に力を出したのでクラクラして息切れがする。


だが、もう一つ厄介なモノがいる。


「祥一郎、僕を祓うの?」アオはゆっくり起き上がると古川に少し近付いた。

意識は有るようだ。

「そう、なるな」古川は無表情になった。

「祓って欲しい?悪霊君」


「嫌だ、祥一郎も一緒に来てよ。一人じゃ寂しいよ」

アオは思わず言ったが、その後首を振った。

「アオ…」「嘘だよ、祓われて消えたら何も残らない。さよなら、祥一郎。迷惑掛ける前に殺して」



古川は微かに笑って手を伸ばした。

「ほら」

「祥一郎?」

それはいつもの祓う形では無く、単に手を伸ばしただけだった。


「いいの?」アオは涙をポロポロ溢した。悪霊になりかけてるのに、それを感じさせない銀色の綺麗な涙だ。


「一緒に居たいんだろ?手を」

アオはうんうんと頷くと古川の方へそっと手を伸ばした。


古川がアオの手を掴むと、薄く金色に光った身体から同じモノがアオの手を伝っていき、身体を覆う。


黒いモノが剥がれる様に無くなっていく。

金色の光がふっと消えた。


「どうだ?」

「ああ、僕のままだよ、ありがとう祥一郎!」

元に戻ったアオは古川に抱きついて激しく泣き出した。

「穢れは表面を覆っただけだから、大丈夫だと思った」

古川はアオの背中を撫でてそう言った。

「本当に泣き虫だな、アオって。怒らないの?突き放す態度を取ったのに」


「それは、いつもの事だ。僕は夕凪みたいに強気ではいられない立場だから」

「健気だね、悪霊なのに」

「悪霊から穢れだけ祓うとか、何してんだよ、祥一郎。本当にありがとう」


「気まぐれだよ。絶好のチャンスを、うん、まあ、いいか。それで、早く帰りたいんだけど!いつまで絡み合ってるんだよ三馬鹿竜!」

古川は照れを怒りに変えて竜達を怒鳴りつけた。


スイスイと葉っぱはようやく頭を上げて周りを見ながら起き上がった。

「つ、疲れたー」

「人が竜を助けるなんて、普通逆では?」


スイスイはヨレヨレになりながら、古川達を風呂場の前へ返した。

「約束の報酬忘れるな。早く持って来いよ」


古川もアオも帰ってきて何をするでも無く、二人共、力を殆ど使い果たしたので、疲れてぼうっとしていた。



その日の夕方、電気屋の配達員がホットプレートを持ってきたと連絡してきた。

古川は下まで受け取りに行ったが、黒沼を呼び出して上まで持っていく様に言いつけると品物を入れた。


配達員は帰りに目撃してしまったが、何もみてない事にした。

その前に古川が5段飛びで階段を降りてきたのを見ていたので、それで十分だった。


その夜はプレートで試しに豚肉と野菜を炒め、味噌で味付けをして食べた。

「それ、フライパンでもできるよね…」

「今日は面倒だから、これでいい。熱々で美味しいよ」

「そうなんだ」

「夕凪呼んで焼肉しよっと」

「いいなあ」

当日アオは焼肉奉行として取り仕切った。



二日後に翡翠がやって来た。30cm四方はある大きさで、ツヤツヤに磨かれている。当分売らずに玄関の下駄箱の上に鎮座させている。見る度にスイスイと葉っぱの間抜け面を思い出してニヤついてしまう。



アオはそれより念願のテレビに夢中になった。

テレビを運ぶのも黒沼にやらせて、設置の係員二人には頑張って階段を上ってもらった。後ろから軽く押して補助はしたので普通よりは楽に上れたはずだ。

黒沼にかなり動揺していたので、アオと協力して黒沼に関する記憶を消してから返した。



3ヶ月後、バイトは終わったが、その後祠の再建がされて、祝いの席に招かれた。神社に人が大量に来る為、気が乱れるのでアオは留守番させた。姿を露わにされると面倒だからだ。


スイスイは古川に手を振ると近くに招いた。

「祠を檜で建て直してくれたからいい匂いがするぞ。中も木の壁だし前より広くなったぞ。今度幽霊も連れて来いよ」

「絶対嫌だ。今度こそお前が追い出されて僕が閉じ込められる」

「そ、それは困る」


そして、スイスイは事の顛末を語った。

岩竜とスイスイが酒を飲んでいた時、自分のお宝の翡翠を置いている岩の下から穢れ、大蛇の怪異が出たのに気付き、急いで戻ることにした。


スイスイは酔い潰れて寝ていたので、自分の分身を守る為と、散々からみ酒されたスイスイを懲らしめてやろうと考え岩壁で覆って戻った。

その時はすぐにスイスイを解放する予定だった。


穢れを追い払うと分裂し、近隣に居た緑竜の方へ行ったので追いかけると、緑竜に取り憑いてしまった。

岩竜を敵と見做して暴れる緑竜を抑えるために岩で上から押さえ込もうとした。


しかし、今度は穢れが自分にも向かって来たので、全てを巻き込んで自分ごと岩で覆った。そこで力尽きて気を失って何年も経ってしまった。

スイスイはそのまま放置されてしまったのだ。


一方、緑竜にも段々穢れが溜まったいき、大蛇の歪んだ考えに支配され、岩竜に自分の分身を取られたと思いこんで、その代わりに岩竜の分身を手に入れようとした。


穢れの力もあって、スイスイのいる場所に有ることを突き止めた緑竜が、スイスイがいることをわからず祠を破壊しようと襲ったら返り討ちにあったのだ。


「あの後二人でイワを助けに行って、取り敢えず岩を割ったらあんな事に」


「結局酔い潰れたスイスイが悪い」

古川は全てを聞いて、そう言った。

「おま、話聞いてたか?俺は巻き込まれただけだっつーの!」

「スイスイが事態を悪化させた原因だ」


スイスイは大きなため息をついた。

「まあ、イワの許可を取らずにお前に翡翠やっちまったのはマズかった。イワの予備神体は仕方なく瑪瑙で作り直した。詫びがてらイワに付き添って、緑竜の森に植樹の手伝いしに行ってるのさ」


「どうせ、3人で酒飲んでるだけだろ」

スイスイの焦る姿に、古川のツッコミは当たらずとも遠からずの様だ。


「今度他の竜達と宴会する事になったが来るか?」

「僕が酒飲むと、力の制御がより一層いい加減になるから止められるなら…」

ふふふ、と不気味に笑う。

「すまん、来なくていい」

スイスイはすぐさま命の危機を感じた。



古川はスイスイと仲が良い?と見なされて、年一回の鳴代神社の祈祷に参加せざるを得なくなった。

古川が居るとスイスイが姿を現す、と神主に頭を下げられて頼まれたのだ。

「スイスイめ、余計な気を使いやがって」


「黒沼、狐、悪霊の次は竜か」よりによって怪異の極みみたいなのが関わってきてがっくりだ。夕凪がいなかったら、この世界は速攻転移してもいい。


但し、付近の雨乞い神事にもスイスイと出張する事になった。

移動は任せているので、風呂場からの出発になるが楽々だ。

竜との交流の煩わしさと祈祷に対する報酬で「プラマイゼロかな」と納得させている。

「ゼロじゃ無いでしょ」とアオのツッコミに、ふふっと笑って翡翠を撫でたが、何も答えなかった。



「次に行くなら海がいいな」

とアオが言うので、特に希望が無かった古川は夕凪家族を海沿いのリゾートホテルへ誘った。


案の定夜はダブルのベッドにアオを真ん中に夕凪と祥一郎は左右に眠る羽目になった。

夕凪はアオとおしゃべりし、アオは夕凪が寝てから古川を構い倒して満足した結果、古川だけに不満が残った。


絶対次はアオを祓ってから誘うと誓った。

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