第32話 番外編 怪異と古川祥一郎とアオの日常 口の悪い竜とヤンデレ幽霊 2

約束の水曜日。

案の定水竜の事はすっかり忘れていて、当日アオに言われてやっと思い出した。


平日に来たのは面接に来た日以来だったが、パラパラと人は来る。主に地元の人が日課で来るようだ。

会釈を交わしつつ奥の祠へ向かう。


「気が進まないんだけど」古川はまだ往生際悪くアオに愚痴った。


「僕達の家の一つとして確保しておいて損はないよ」

「何サラッと危ない事言ってんだ。祠は水竜のモンだろ?」

古川の作り笑顔に、アオも同様な顔で答えた。

「水竜なんだから本当は滝に住んでるんじゃないかな。そうだ、滝の方に窓作ったら景色よくなるね」


「具体的に言うな。もうあんなキスしないからな」

途端にアオはカーッと赤くなった。

「キスしないどころか、無視してやる」

「それは、嫌だな」

キスを思い出したのか、顔に両手を当てて恥ずかしがっている。


祠に着いた。

アオが手から蛇腹を出して壁に当てると、そこが光って穴が空いてきた。嬉しそうに古川の手を取ると中へ連れて入っていく。


「本当に来てくれた!有難い!」水竜は岩から出ている汚い手足をバタバタさせて歓迎してくれた。

「忘れてたけど」古川は面倒くさそうに言った。


「はあ?テメェが言ったんだろが?俺が一日千秋の思いで待ってたっつーのによ」

「本当に口悪いな。万秋にしてやろうか?」

「ごめんなさい」


一瞬で萎れた水竜にやれやれ、と言ってから、古川は水竜の方へ近付いて石壁を見た。


「岩だけど、ほぼ幻覚の作り物だ。この位なんで出られないんだ?」

古川が水竜の体の上にある岩に触れると突き抜けた。

「ウヒャア!」いきなり生身の体に触られて悲鳴を出した。


「変な声出すなよ!」アオが怒って古川を引き離す。

「いきなり身体触るから…」

「あれ、本当だ」アオが言って古川の手を取って幻の岩の上辺りに置いた。

「おい!何すんだ」むーっとして古川が言ったが

「手伝うよ。祥一郎はこの部屋自体壊しそうだ」

との言葉に

「そんな事は、あるな」と納得した。


「止めろ。こんなんでも俺ん家だぞ」思いっきり動揺している。

「近いうちに借りるね、別荘として」アオは嬉しそうに言い、

「こんなのただの檻じゃないか!絶対貸すなよ!」

と古川は水竜に命令する。

「貸さねーよ!!」

やいやい言い合ってる内に幻の岩が消えた。


「これが本当の枷か」

両脇の下と両肩辺りをぐるっと茶色の輪っかが付いている。それが岩壁にくっついて水竜を拘束している。


「こりゃイワの手首にいつも着けてるのと同じだ!いつの間に⁈」


「これ、壊していいのか?」

「いや、駄目だ!死んだ時代わりになる予備の神体だ!何故俺に…やっぱり何かあったんだ」


「スイスイの力が途切れないようにする力もある。これは取れるかな?」古川はにっこりして言った。

アオがプッと噴き出した。

「スイスイ、イワンコフの予備の力の金庫だったんだ」

「何だよスイスイって!」

「岩竜がイワンコフだから、水竜はスイスイで」

「イワがあだ名だ、イワンコフって誰だよ?俺もホントは」

「お前はスイスイだ!いいな!」

古川の目が茶金色に光った。


「わかった、スイスイでいいよ」

水竜は名を刻み込まれてしまった。

「え?何だ?どうなった?」すぐ気が付いたが遅かった。

てめえーと怒っていたが、まだ拘束は解けて無いので、逆らい難い。

水竜スイスイは屈辱で身体に力を込めた。


何の躊躇いもなくスイスイの身体が前に傾いた。

「うぉっ!」

支えきれずそのまま床にビタンと落ちた。


「取れたっ、けど何で?いててて、腹打った」

腕輪は消えてしまった。

「死んだみたいだね」

「あー、幻覚岩取ったら、駄目だったようだ。守りが無くなったから速攻殺られたな」

「何っ⁈俺が要だったのか?」

「前から死んでたんじゃないの?岩で固まってただけで」冷たく古川は言い捨てた。

「イワー、すまん、守れなかった」

スイスイは泣き叫んだ。

「うるさい竜だな」アオがうんざりした声でつぶやいた。


古川は急に滝の方角を向いた。

「静かに」

「「?」」


「他の竜は此処に来た事ある?」

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってるスイスイは

「イワしかいねーよ。後のは何処にいるのかも知んねえ」

と打ちひしがれたままだ。


「木に関する竜いるよね?」

取り敢えず固まった身体を解そうと手をぐるぐる動かしているスイスイは少し考えて、

「木なら緑竜だろ」

と呑気に答えた。


「ソイツだ!こっちに来るから結界張る。手伝え!!」


メキメキメキと音がして部屋が揺れて壁にヒビが入った。

「祥一郎!」アオが手を繋いで古川に力を渡しながら不安気に言った。

「もしかして囲まれてる?」


目が茶金色に光った古川はにっこり笑った。

「太い木の枝が滝の向こうから祠に絡みついて握り潰そうとしている」

「えー!どうして?僕らの別荘なのに!」

「緑竜とは面識無いぞ!何でこんな事するんだ?」

「別荘は諦めろ、アオ。結界張れたけどしんどいな。早く出よう!」

「仕方ないなあ」

アオは少し大きな蛇腹を手から出すと、壁に刺す前に

「スイスイも連れてくの?」

と聞いできた。

スイスイは慌てて

「連れてってくれよ〜」と古川に縋った。


「取り敢えず三人で出て、スイスイを盾にして逃げるぞ」

「俺ぁ、捨て駒か!」

「僕等、竜同士の争いと全く関係無いからな」

「そうだね、緑竜の目的はスイスイだから」

「そうだとしても、冷た過ぎるぞ!」


アオは蛇腹を壁に当てて道を開いた。その先に張り巡らされた木の枝が見えた。


「木を吹き飛ばすから、その後すぐ抜けるぞ!」

古川は言うとすぐに身体から金色の大きな腕を突き出した。

ぶち当たる前に、その先の枝が折れて飛び散っていく。

アオが二人を掴んで蛇腹の上に飛び乗って走った。


明るい光が辺りを包む。


外に出ると祠は瞬く間に枝に握り潰されてしまった。

古川はスイスイの襟首を掴んで滝の方へ向けた。

「スイスイ!何か出せ!!」

「あ?何かって何だそりゃ⁈」

古川に背中から強制的に力を入れられた。

苦痛と無茶振りに思わず両手を前に出すと、大量の水と轟音と共に雷が噴き出した。

「何だこの威力!」「あれ?」「嘘⁈」



木は枝がバラバラになって落ちていき、本体は黒焦げになり、根元に水が当たるとそこから裂けていった。


三人は呆然とそれを見つめた。


音が収まると、滝の前は飛散した木が積み重なり、景観も何も台無しになっていた。

祠は木に巻き付かれてぐしゃっと縦長に潰れている。


「これ、どうします?」アオが滝を指差して古川とスイスイの顔を見た。

古川は笑顔を取り戻した。

「スイスイ、後よろしく。アオ、帰ろう」

「いや、これ、どーすんだよ!俺の大切な滝が〜!」

「何言ってる、スイスイが手加減しないから」

「お前の力がデカ過ぎんだよ。メチャクチャだ!片付けるの手伝えよ!」

「僕、見ての通り、物理的な力は弱いので無理だ。じゃあね」

「〜〜!」


冷淡な古川とギャーギャー言うスイスイにアオは首を傾げた。

「僕が言いたいのはそうではなくて」


「滝壺に浮いたり沈んだりしてる人をどうしますかって」

スイスイは目を見開いた。

「早く言えよ!」と躊躇いなく水に浸かると、前の枝木を払い除けながら滝壺に近付いた。

「放っとけばいいのに。スイスイ親切だな」

古川は知ってて無視していたらしい。


水は足を入れたところは膝下だったが、5メートルほど先の滝に近付くにつれ急に深くなってスイスイの首下まで迫り、滝壺は下が見えないほど深くなっていた。


あちこち破れた枯れ草色の着物を着た長身の男だった。長い黒髪が水にゆらゆら揺れている。

スイスイは浮かび上がったタイミングで手を持って引っ張り出し、帰りも片手で割れた木を避けながら男を連れてきた。


アオは帰ろうとした古川を引き留めつつ、スイスイを手伝って男を地面に横たえた。


「みどり、いわ、どっち?」古川が一応聞いた。

「緑竜だ」


スイスイは滝壺で頭まで浸かった後に水から上がると、ボロボロだった服は新しい着物に変わっていた。白地に薄青い流水紋様が入っている。銀の糸で両端に刺繍がされている水色の細い帯で締められていた。

汚れていた顔は白く透明感のある肌に変わり、髪の色も銀色のつやのある白さで、長さも腰まであり、水色の紐で束ねられている。


「別人のように綺麗になってる」アオはスイスイを見て目を丸くした。

「誰?あの馬鹿はどこに行った?」古川はワザとらしく額に手をかざすと言った。

「聞こえてるぞコラ!イワと遊んでて汚れてたんだ。水さえ有りゃ俺は無敵だ!」


「そう、口汚いのは変わらないのか。無敵なら後片付け位できるな、じゃあね」

「こらこら、水から揚げることはできても木の残骸はどうしようもないぞ。それに、この男どうすんだよ」


「スイスイはどうするの?」

アオは投げやりに言うと、スイスイは滝を見上げた。

「コイツの目が覚めたら、俺を襲った理由聞いて上流へ行ってみる。イワがいるかもしんねえ。アイツの存在を微かに感じるんだ」


「あれ、祥一郎⁈どこ?」

滝から視線を戻すといつの間にか居なくなっている。

「逃げた⁈」

「あ、神殿の方だ!知らせにいったのかな?」



古川は逃げたのではなく、神主と道の整備に来ていた現場監督を連れて戻ってきた。

「こ、これは⁈」神主は驚きのあまり、続く言葉も無い。

「うわ、酷いですな!上流から流れてきたのか。でも黒焦げだ。雷に打たれた?」

現場監督は顔を顰め、携帯で電話をし始めた。

木を撤去する段取りを頼んでいるようだった。


「僕が来た時はこうなっていて、驚きました」

古川は気の毒そうに言った。

『お前がやったんだろ!!』スイスイの突っ込む声を見事に無視した。


神主は枝を退けると言って聞かなかったが、高齢なので古川が必死で止めて、取り敢えず本殿まで連れ帰った。

現場監督は、道路整備で来ている従業員で、小枝だけでも片付けるよう頼みに行った、


本殿まで戻ってきた二人は驚いた。(一人は振り)

中に白い髪と白い着物を着た男が立っており、横には黒髪の男が寝ていたのだ。


神主は少し近付いたが、神々しさに当てられ、そこで平伏した。(一人は棒立ち)


「俺は水竜で、こいつは緑竜。川上で何かあったようで、木とともに流れて来た。木は全て水の中から上げたから後は頼む。俺にできるのはそこまでだ、すまんな」


それを聞くと神主は感涙に咽びながら言った。

「よくぞ、よくぞ、滝の権現様、尊き碧きの竜神様、顕現下さりまして、ありがたき誉でございます。滝を汚し、祠を壊してしまったのに、その御温情、生涯忘れません。かしこみ、かしこみもうす。後はこちらにお任せになり、どうか、どうかお心安らかに、お過ごし在らせられませ。お口に合うかわかりませんが御膳など奉り致しとうございます。お望みのものはございましょうか?」


「いや、かたじけない。少々酒などもあれば…」

「勿論ご用意いたします」

『スイスイは酒で失敗したくせに、飲んでる場合か?』

大袈裟な神主の言葉に引いていた古川がスイスイの頭に突っ込んだ。

『ちょっと位いいだろ!前はたまに接待受けてたんだからな。俺は何年も閉じ込められたんだぞ。緑竜の目が覚めるまでだ』



神主は取り敢えず日本酒とつまみを用意して持ってきた。御膳は奥さんと氏子会長、その他有志の奥さんを巻き込んで急いで作らせている。


古川は渋々緑竜の為に布団を運ぶのを手伝った。主に古川のせいで、当分目を覚ましそうに無い。

スイスイが軽々と緑竜を動かして布団に寝かした。


スイスイも黙っていれば、いい男なのだ。

キリッとした目つきと通った鼻筋、薄めの唇、髭が無くなってるので細く白い顔に銀色に煌めく白髪、濃い金色の目は瞳孔が縦長で神秘的だ。 


『うん、目がそれっぽい。これなら水竜と言われたら納得してたのに』

『ちっ!水は離れてるし、暗いから余計汚いおっさんに見えたんだろ?危うく消される所だった。あっぶねー』


神主は「同じ空間にいるのも畏れ多い」と部屋の外で正座していたが、古川は居座っていた。


「葉っぱ、起こそうか?」古川が失礼な呼び名で提案した。

「お前なあ〜」スイスイはがっくりした。

「木は呼びにくいし。無理矢理起こせるけどどうする?」

「待ってやろうぜ。お前がやると碌なことにならねえ」


不貞腐れて古川は神殿の外へ出た。アオが外で暇そうにしていた。

「今度こそ帰ろうかな」

「さっき聞いたんだけど、ご飯みんなの分も用意してくれてるって」

「招ばれないと悪いよね」コロっと意見を変えた。


小型のトラックが神社の敷地内の滝への道ギリギリまで入ってきた。滝の方から枝の入ったゴミ袋が作業員によってどんどん運ばれて荷台に入れられていく。

「スイスイが木を殆ど水から揚げてたよ。神力って凄いね」

「水には強そうだな。雷まで出るとは思わなかった」

「ええ!水竜だから雨を司る竜神様だよ?雷も出すでしょ」

「竜神様?単なるトカゲか蛇の怪異だろ。全く結びつけられなかったよ」「えー?」

二人は脇道に入って滝の上へ行った。


道は途中で途切れて木々が鬱蒼と広がっていた。

「上流へは川の中を行くしかないな。僕には無理だ」

「それにしても綺麗な水だね。飲めそう」

古川とアオが川の中に手を入れ、ふざけてお互い軽く掛け合っていたら、スイスイの呼ぶ声が聞こえた。


アオを残して神殿に戻ると、膳の支度ができていて、古川は神主と共にスイスイと食べることになっていた。

神殿を覗くと、スーツ姿の氏子達がスイスイを前に並んで正座し、手に手に酒が入ったお猪口を持って待機している。


「皆の息災を祈ろう!」スイスイが厳かに言うと、酒盃を飲み干した。

氏子達は押し頂いてから飲み干した。食事は近くの集会所で食べるようだった。

緑竜は横の部屋でまだ目覚めず寝かされている。


神殿の中三人で山菜と川魚の膳を頂いた。神主は子供の頃にスイスイと会ったそうで、すぐに水竜だとわかったと言う。

その時は日照り続きだったこの地域に雨を降らせてもらったと嬉しそうだ。

「全くお見かけしなくなったので、何処かに行かれて帰らなくなってしまわれたかと心配致しました。生きているうちにまたお目にかかれて光栄でございます」


神主は古川にも礼を言う。

「古川さんが来られてから参拝客が増えたし、竜まで呼んで下さって、お礼の仕様がございません」

「偶然です。たまたまタイミングが良かったに過ぎません。謝礼は頂けるのですから、これ以上お気を遣われませんように」

古川はにっこりと微笑み、お茶を飲んだ。


『お前はこれからも気を遣えよ』ぐさっとスイスイに釘を刺してやった。

くっそ腹立つ。スイスイは涼しい顔をしつつ内心はのたうち回りたいほど腹を立てるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る