第30話 番外編 怪異と古川祥一郎とアオの日常 癒しのぬいぐるみ2
「さて、どうする?決まってるけどな」
古川はやっと落ち着いたアオに話しかけた。
「もう、懲り懲り。いらない!早く消しちゃって」アオはぬいぐるみを見もせずにキッパリ答えた。
「いいのか?また変わってるぞ?」
しばらく耐えたアオだったが、誘惑に負けてぐるんと振り向いた。
ぬいぐるみはまた小・古川になっていた。
「う、はあ、やっぱり可愛い…いや、でももう騙されないぞ。あれは単なるぬいぐるみ、あれは単なるぬいぐるみ…」
アオはチラチラ見ながら自身に言い聞かせていた。
「繋がらない様にしたから、最後に抱っこしたら?」
「いいの?」
「僕達の子供なんだろ?」古川は笑いながら言った。
赤くなったアオは小・古川の側に行くとそっと抱きしめた。兎に角可愛くてしょうがない。
「どこから来たの?どうして人間になるの?どうしてほしい?」とアオは思わず呟いた。
「母さん、探して」小・古川はぽつん、と話しだした。
「「え?」」
「あーちゃんの、母さん、どこにも、いない」
「ほんとに?」
「あちこち、探した、でも、いない」
小・古川は頷いた。
「悪戯で、次に行けた、探した」
「もう、止めな、お前の母さんは此処にはいない。違うところに行ってしまった。お前も行くんだ」
古川は手をかざした。
「ちょっと待って!」
アオは慌てて止めた。
「大丈夫なら、もうちょっと居させて?」
「言うと思った」と古川はため息をついてあっさりと手を下ろした。
「アオも好き」
アオの服にぎゅっとしがみついた。
「しーちゃん、ちょっとだけだよ」
「しーちゃん…て」
祥一郎の、し?
いつの間にか名前まで付いてた。
アオは付きっきりでしーちゃんの話を聞いてやった。
「そろそろ、母さんの所へ行こうか?」
ため息をついてついにアオが言った。
しーちゃんはポロッと涙を溢した。
「痛く無いよ。祥一郎が送ってくれるよ」
アオがやはり未練でしくしく泣いていると、電話がかかってきた。
「流だ。今度は何だ?」
古川はイヤイヤ取った。
流はぬいぐるみの件でこちらが土下座しているとわかる程謝罪して、やっと要件を話した。
古川はその内容にアオを見て微笑んだ。
「いや、こっちが持ってくよ。来る日教えて」
電話を切って怪訝な顔をするアオの方を向いた。
「消すのは無しだ」
「何だって?」
「持ち主がわかった」
「母さん?」
「いや、その娘さんだ。今頃稲荷神社に送りつけてきた人から連絡があって、ぬいぐるみを引き取るそうだ。流が取りに来るって言ったけど持ち主を見に行きたいだろ、アオ?」
「もちろん!行くよ!」
「あーちゃん?」しーちゃんは嬉しそうだ。
アオはにっこり笑うと
「それが友達の名前だよね?どんな子なんだろ、楽しみだなあ」
と、しーちゃんを持ち上げてくるりとその場で回った。
稲荷神社は神影神社から微妙に遠い。タクシーを呼ぶにしても、途中でしーちゃんがぬいぐるみや人になるとややこしい。
「もしかして、力抜いたら元に戻るのか?」
古川はそっとしーちゃんの力を抜いてみた。
しーちゃんは目を閉じて後ろに倒れ、ぬいぐるみになった。
アオはちゃんと受け止めた。
「すごいな、こんなちょっとの力で人型になれるんだ」
「ぬいぐるみだから力の満ちるのが早いのか」
貰い物を括っていた綺麗なリボンを首に結んだしーちゃんに結界を張って、力の出し入れをできなくしてからタクシーに乗り込んだ。
稲荷神社に着くと流が頭を下げて迎えに出ていた。
「御足労頂いて申し訳ございません。例の物は後ほどご用意させて頂きます」
ケーキだよな、紛らわしいぞ。
神殿の前で中年の女性と女の子が待っていた。
女の子はぬいぐるみを見て目を輝かせた。
女性は不機嫌そうだったが、古川を見て態度が一変した。
「ひぃ!」小さく悲鳴を上げると青い顔でガタガタ震え出した。
古川はにっこり笑うとその女性に「こんにちは」とゆっくり話しかけた。
「初めまして?それとも久しぶり?」
ふふふ、と意味ありげな笑いをした。
「あーちゃん、おいで」
女の子には優しい笑顔で呼びかけてしゃがんだ。
走り寄って来た女の子、茜はしーちゃんを受け取るとぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう!叔母さんに言ってくれて」
古川は首を横に振った。
「叔母さんに頼んだのは僕じゃ無い」
「でも、お兄ちゃんが来て叔母さんに」
しーっと古川は人差し指を茜の口に当てた。
「内緒だよ?クマが茜の母さんを探しにウチに来たんだけど、茜が心配で戻ったんだ」
女の子は目を丸くしてしーちゃんを眺めた。
「母さんが見つからなくてごめんねって言ってたよ」
茜はぬいぐるみを頬に擦り付けた。
「いいんだよ!頑張って探してくれたんだ、ありがと」
古川は立ち上がり、今度は女性に顔を向けると冷たく言った。
「このぬいぐるみは、手元に置いといた方がいい。せっかく守ってくれてるのに手離すと、代わりに碌なモノが来ない、でしょう?」
古川は神主普段着スタイルでスマイルしたが脅しにしか取れない。普段女性が茜を冷遇しているのを読んだからだ。
女性は腰を抜かさんばかりに驚き震えていた。何か思い当たる事があるのだろう。
アオは古川の後ろから赤く目を光らせて、恨めしそうに女性を睨んでいた。霊の本領を発揮して、古川より更に女性を威嚇している。
見ていた流は心の底からぞっとした。
実は女性のしーちゃんと茜への普段の扱いを、考えを読んで知ったアオが、女性に最大限の嫌がらせと催眠をかけたのだ。それよりも、しーちゃんとの別れが悲しかったのだが、見た目では全く分からない。
この二人が結託したら、誰も逆らえない。
背筋も凍る恐怖をなんとか抑えて、流は茜のそばに行ってペーパーバッグを渡した。
「コンちゃんも修理できたよ」
「わあ、ありがとう」
周りの大人(しーちゃん含む)達の思惑を知らない茜は嬉々として受け取った。
「茜ちゃんをよろしくね」
古川は柔和な笑顔で、ぬいぐるみとコンちゃんを抱える茜と終始ビクビクしている女性2人を見送った。
2人が去って行く時、ぬいぐるみの結界を解いて、力を入れといた。
「次は誰に化けるのかな?楽しみだ」
クスクスと古川とアオは顔を見合わせて笑った。
「しーちゃん、君との逃避行の途中であのおばさんを怖がらせに行ったようだね」
「僕、気が付かなかった。いつの間に」
「だから力が早く無くなって、ぬいぐるみに戻ったんだろう」
「古川様もアオさんも怖すぎます。泣きそうになりました」
流も女性の考えが読めて、古川達の対応が正しいのはわかったのだが限度を超えていると思う。
「しーちゃんに話を合わせただけだ」
古川がしれっと言った。
アオは、ぱあーっと顔を輝かせた。
「しーちゃん呼びしてくれたって事は、祥一郎もあの子を僕達の子供って認めてくれたんだね?」
「違ーう!アオが言うからつい移っただけだ。あれは単なるぬいぐるみだ!」
「はいはいそーですね。次は女の子がいいなあ」
「もういい!フラグになるから止めてくれ」
アオは両腕を古川の片手に絡ませて、ウフウフ喜んでいる。
流はどう反応して良いか分からず、例の物、5種類揃えたケーキとお土産の洋菓子詰め合わせのある部屋へと古川を案内した。
どれが好みかわからなかったので、取り敢えず種類を揃えたケーキを、古川は全部平らげていた。
「ぬいぐるみより断然お二人が怖かったです」
流はしみじみ実感した。
次こそは自分で解決してみせる、と決意を新たにするのだった。
しーちゃんはそれからも度々古川たちの前に現れ、アオそっくりの女の子になったりもしてアオを狂喜乱舞させた。
古川の力を入れてもらい、アオに愛でられる日々を何年か過ごした。
いつの間にか来なくなったしーちゃんに、もう茜ちゃんはしーちゃんに守られなくても大丈夫になったと成長を喜び、しーちゃんを懐かしむアオだった。
(しーちゃん=クマのぬいぐるみ視点)
クマのぬいぐるみはずっと怒っていた。
大好きなあーちゃんの母さんはいつの間にかいなくなり、あーちゃんはよく泣くようになった。
やって来た叔母さんとやらは、そんなあーちゃんに大声で怒ったり、時には叩いたりする。
あーちゃんはなぜこんな人と一緒に居なきゃいけないんだ。僕を連れて来て、母さんはどこへ行ったんだ。
クマのぬいぐるみは、泣いてるあーちゃんを見て決意した。
母さんを探しに行くぞ!
ところが、手も足も動かない。頑張って動かそうとしたがちっとも動かない。
外へ、外へ。母さんの所へ!一生懸命思った。
ある日、あーちゃんの部屋に居たはずなのに、テーブルに乗っていた。
次の日は台所の水の出る所、次の日はお風呂場、玄関、と家の中のあちこちに場所が変わっている。
やった!動けるようになった!
終いに叔母さんに気味悪がられ、ゴミのある所へ捨てられた。
でもあーちゃんの部屋に戻れた!何度も捨てられるのでその度に家に戻っていた。
このまま捨てられるのは困る。ぬいぐるみより人間の形の方があちこち行けるし、また頑張るぞ。
あーちゃんみたいになるぞ、と思ってたら本当に成れた。
嬉しくて家の中をあちこち走り回ってたら、また叔母さんに見つかった。
叔母さんが叫び声を上げたので、僕はびっくりしてぬいぐるみに戻ってしまった。
叔母さんは僕を捕まえて箱に入れ、ぬいぐるみをもう一つ入れてどこかに運び出してしまった。そのぬいぐるみも母さんがあーちゃんにって買ってくれたのに!
明るくなって箱から出されたら、知らないところで大きなお兄さんが覗き込んでいた。
この人、人間じゃない。母さんと違う。
外に出て、母さんを探しに行くぞ!
でも、壁に囲まれてて部屋から出られない。普通の部屋じゃ無い、お兄さんのせいだ、と思って人になれた時に仕返しに悪戯していた。
今度は袋に入れられて連れて行かれた。僕は外に出られたのでほっとした。さあ、母さんを探すぞ。
着いたところはふわふわする不思議な感じがした。
此処にいた方がいい。すぐ思った。また袋に入れられたが絶対戻ると決めた。
部屋に戻ったら誰も居なくなってたが、僕はさっきのブー垂れてたお兄さんの真似をした。
そしたら、アオって言う霊が僕をすごく気に入ってくれた。僕をアオ達の子供だって!嬉しいな。
この人なら僕を母さんの所へ連れて行ってくれる。僕はアオに連れて行ってもらうことにした。
でも、この人もどこか分からないみたいであちこちウロウロするばかり。すると、あれ?あーちゃんの家だ!また叔母さんが叩いてる。アオがその辺の家の屋根に座って違う方を見ている隙に家に戻った。
僕は二人の間に入り、お兄さんになっておばさんを睨みつけた。
「や、め、ろ!」声が出せた!ずっと言いたかったんだ!
叔母さんは顔色を悪くして後ろに尻餅をついた。やった!
「叩いたら、消す!」よくお兄さんが僕を消すって言ってたから。
あーちゃんを見たかったけど、アオの力に引っ張られてしまったので
「僕を、取りに、来い、消す」
とぬいぐるみに戻る前に最後に言うとアオの所へ戻った。クタクタに疲れて起きていられず、寝てしまった。
母さんが居ないなら、僕が守ればいいんだ!あーちゃんが泣かなくなって、笑うようになるまで頑張るぞ!
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