第29話 番外編 怪異と古川祥一郎とアオの日常 癒しのぬいぐるみ1

冬の午後、休憩と称して3時間位お菓子とお茶でまったりしていた。

先程から古川は無理矢理アオに膝枕されている。


「別に眠くないんだけど」

「でも、ずっとお札書いてた。力込めるから疲れたでしょ?」

「一枚一枚が一万円札と思うと気分が上がるよ」

アオは古川の頭を押さえて自分の方へ少し向けた。

「守銭奴みたいな事言って!そんなに儲けてどうするの?」

「豊かな生活を送る為だよ」チラッとアオを見た。


「それだよ」

アオは部屋の中を見渡した。

「それにしては物が無いんですけど」

「いつでも逃げ出せるよう心掛けているからな」

「何故?」

僕は付いてくけどね。


「坂木さんへの催眠解けたら追い出される」

「そんな事あるの?」

「無いと思う」ふふん、と偉そうな態度だ。

「心配なら僕も重ねて掛けてあげるよ?」

「これ以上やったら精神ヤられる」

「その辺は加減できるよ。経験豊かな者だからね」

「悪霊め」

アオは答えずに古川の頭を撫でた。


古川も部屋を見回したが、壁にカレンダーがかかっているのと、部屋の隅に棒を渡し、ハンガーを掛けて服を吊してるが、夏冬物上下合わせても10枚無い。下にカバンが4つ。大麻おおぬさが突っ込んである袋、スポーツバッグ、デイパック。

そして夕凪から渡された布バッグで中に砕けた木彫り人形が入ったまま置かれている。

燃やすの、忘れてた。


「欲しい物は、特に何も無いな」

「本当に?」

「墨は要るな。この前アオが墨を擦りすぎて減った」

「ごめん、つい、なんかハマった。艶のある綺麗な黒色だったんで」

アオが済まなそうに言った。墨汁に粘りが出るまで擦ってた。


「あの墨高いんだぞ。でも、まだ何個か有るから。そうだ、木彫り人型も10個以上作ったけど最近使ってないし」

「何それ?」

「僕の分身になる」

「一個欲しい」アオが食いついた。

「何でだよ、力入れないとただの人型だ」

「祥一郎が作ったのがいいんだよ」

一つ貰って、満足して手に持ってずっと眺めている。


「やれやれ、電化製品も、もう要らないし、服も欲しくない」

「てれび、は?」アオがハッとして言った。

「アオ、テレビ知ってるの?」

「うん、人ん家にあったの見たんだ。面白いね、小さい映画館みたい」

アオが若干興奮気味に言った。

あっちの世界の病院にいる時より感情豊かになった気が、古川はする。明け透けになったと思うべきか。


「アオはテレビ欲しいのか?」

「え、僕?あればずっと見てるかも。そうなるとうるさいでしょ?」

「そうだな」

「祥一郎がいない時だけ見る」

「見たいのかよ。アオが欲しい物買ってどうするんだ」


「僕も売り上げに貢献したから」

「な、ん、だ、と?」古川は怒りながら笑顔という不思議な顔になった。

「ごめん、でも、少し退屈だから」

アオはシュンとしながら諦めきれない様子だった。


「退屈なら成仏したら?」

「神主さんなのに、成仏って!できないし、したく無いから!」

「困った人だなあ」

古川はうーん、と伸びをして、アオを見た。


「電器屋見に行くか」

「そこにあるの?行きたい!」

「はあ?アオも行くの?まあ、今日明日は予定無いしな」

アオは古川を起こすとさっさとコートを持ってきた。

「え、今から?」

「うん、買ってもすぐ見れないでしょ?早く行こう!」


「ホットプレートも買おうかな」

「何それ?」

「お膳で焼肉やもんじゃ焼きができる」

「すごいね、いいな、食べたいな、何でもできるんだね」

こちらで霊のアオは匂いだけ微かにわかるが食べる事はできない。

あの病院の食事がいい加減で不味かったのはアオのそんな味覚事情があったのかもしれない。


また無理矢理コートを着せようとする。

「ちょっと綺麗にしてから」湯呑みを片付けようとして、手が止まった。



「アオ、待て」

古川はアオを手で制した。

「誰か上って来る。あれは…流だな」

警戒を解いたが、溜息をついた。

「そうなの?すごいね、誰かまで分かるんだ」

「知ってる人なら。流と紫都はわかりにくいけど」


アオはお出かけを止められて不満気で

「追い出していい?」

と聞いてきた。

「食べ物の差入れだろ。すぐ済む」

古川はクスッと笑ってアオの頭に手を伸ばして髪をくしゃっと撫でた。

「怖がらすなよ、面倒だから」

「向こうが勝手に怖がるんだ」アオはツンとして言った。



「こんにちは〜お邪魔いたします〜」と玄関の戸を叩いたのは、やはり流だった。

片方の肩にいつもの大きなカバンをかけ、中には野菜や肉、魚が入っている。

それは台所に置かれると、アオがワザと透明になって中身を冷蔵庫へポンポン放り込むので流はなるべく見ないようにしている。


もう一つ、小さめの紙袋を持ってきていて、古川の前に差し出した。

「何?」

「古川様、何とかして下さい」

頭を下げている。

古川は紙袋の中をチラッと見た。

茶色のクマのぬいぐるみと、見覚えのある狐のぬいぐるみが入っていた。


「燃やす?」古川は腹立たし気に暗い声で言った。

「違います」流は慌てて言った。

「これは…キャッ」紙袋を落としてのけ反った。

「可愛いぬいぐるみだね」

とアオが古川を突き抜けて顔を腹から出したからだ。


「アオ、止めとけって言っただろ」

古川はアオを押し戻した。幽体でも実体でも古川なら触れることができる。


「ぬいぐるみをどうしろと⁈」

「クマのぬいぐるみが、夜中に、変わるんです!前の僕の大きさの男の子に!」


「知らん、持って帰れ!!」

古川は即答した。


「お願いします!違う部屋に置いても戻ってくるんです!怖すぎてどうにかなりそうです!」

流は半泣きだった。

「何処で拾ってきたんだ、そんな物⁈」

「売り出したコンちゃんにホツレがあるって返品があって、一緒に入ってたんです。なのに送り主の名前や住所が書いてなくて」

「コンちゃん?」


「この前夕凪ちゃんにあげた稲荷神社特製ぬいぐるみですよね」

アオは頭だけになってフワフワと流の横に来たので硬直している。

「安直な名前だなあ、何で元の送り主に戻らないんだ?」

「わかりません。神社に何を期待してるのか、さっぱりわからない」

「人になるんだったら聞けばいいだろ」

「それが、コンちゃんを抱えて、むすっとしてるだけで話してくれないんです。夜中にずっと悪戯ばっかりして眠れなくて」

「縛ればいいだろ」

「実体はあるのに、すり抜けてしまうんです」

「うちに来てもそっちに帰るんじゃ」

「試しに置いて下さい。神社だから帰らないのかも。寝不足で倒れそうなんです。こっちに帰ってきたら古川様に御足労を」


「行かない!嫌に決まってるだろ!」


「預かってみようよ、祥一郎!面白そう」

アオは上半身を出すと手を出して紙袋を受け取った。

「こら、勝手な事すんな、馬鹿アオ!」

「僕なら男の子の話がわかるかもしれないでしょ?」

「今適当に言ったな?悪霊だったらどうする?面倒な事一々こっちに持ってくるなよ」


古川は紙袋を引ったくると流に押し返した。


「流、すぐに僕を頼るな。本来なら僕は逃げてきたお前を消して終わりにするつもりだったんだ。今のお前は違う。僕の弟子で、神使で逃げる事は許されない。引き受けてしまったのなら最後まで責任を持て」


結局、流は定番になってしまった土下座をして謝ると、でも半泣きのままぬいぐるみ達を持って帰った。


アオは多少ぶつぶつ言ってたが、出かけるのを楽しみにしてたのを思い出してすぐに機嫌が直った。


「本当は面倒だったから断ったんでしょう?」

道すがらアオは揶揄って尋ねた。

「当たり前だ!稲荷神社はすぐこっちを頼るからな。流に甘い。流に言った事は嘘じゃ無い。それも当たり前の事を言ってやったんだ」


「まあね、何も言い返せなかったもんね、流君」




電車に乗って電器屋、家電量販店に行くと案の定アオは大興奮で、「取り敢えず同じ階にいろ」との厳命をかろうじて守っていた。

テレビを散々見た後はすぐに古川の前から消えてしまった。

興奮したアオがそばを通ると、家電に不具合が起こったり、常人には見えないがオーブがアオの頭から上に飛んでいるので位置は何となく確認できた。店にとっては迷惑だが、アオは気付いていない。


店内の騒がしさとごちゃごちゃしたレイアウトに、古川の神経は疲れて早く帰りたくなってきた。

アオに呼びかけたが、返事も無い。

『置いて帰るぞ!』

古川が本気でそう思って店外へ向かって歩きだした。

外へ出ると幾分ホッとした。


「誰を置いて帰るって⁈」「あれ?」

アオが外にいた。当然怒っている。

『アオ待ってると日が暮れる。もっと居たいだろうから先に帰る。僕は疲れた。甘いもの買って帰る』

どうせ姿は見えなくても、魂を感知して頭の中も読んでいるだろう。


「帰るのなら一緒に帰るよ。置いてかないで」

「はいはい」

「祥一郎は僕をすぐ怒らす!悪霊にしようったって挑発には乗らないからね」

「頑張れ」


帰りにコンビニでサンドイッチとスイーツ2個を買って帰った。

コンビニ弁当は苦手だが、夕凪に買ってきてもらったのをキッカケにサンドイッチは食べれるようになった。夕凪の作ってくれたものには劣る。

スイーツは必須の購入だ。


階段を真っ直ぐ上がる古川と横の結界外をふわりと飛んでいるアオは、神殿まで帰ってきて自然と二人して止まった。


「家に何かいるね。鍵をかけたはず」

「そうみたい、人間じゃ無いよ。僕先に見てくるね」

「アオ、待て、いきなり危ない!」

アオはサッと玄関先から中にめり込んで入っていった。

「鍵開けるまで待てないのか、全くせっかちな」


ドアを開けて中に入るとアオが騒いでいた。

「祥一郎!祥一郎だ!可愛いー!」

「何だよ、得体の知れないもの触るんじゃ無い」

こちらに背中を向けて座り込んだアオが子供を抱きしめていた。

子供は首を傾げて古川に顔を見せた。


色が白く、薄茶色の髪と目、どう見てもその子は。


「何処かで見たような?」「祥一郎そっくりだろう?」


目元は今より可愛らしく、全体的に細身だが今ほど病的では無い。身長は120cm位。


古川を見るとにっこり笑った。


アオは顔を子供の頬に擦り寄せた。

「ほっぺたふわふわ!祥一郎の小さい時って、途轍もなく可愛いね」

古川は一瞬で嫌になった。

「!いや誰だよ!何だよ!離れろアオ、一緒に消されたいのか⁈」


「えー、いいじゃないか何でも!僕なら、怪異でも大丈夫だし、世話するから、此処に置いとこうよ」


男の子はまるで古川の幼少時そっくりで、アオは愛しさに打ちのめされたようだ。


「お前、クマのぬいぐるみだよな。でも、さっき流が持って帰った筈」

小・古川は何も言わずにアオにしがみついた。

「今度は此処に居憑いたのか」

流め、許さん。


タイミング良く携帯に流から電話がかかってきた。


「ワザとだね?流」

通話していきなり言った。

「あの、今帰ったらクマがいなくて、え?もしかして古川様の所に?」

「こうなるとわかってて来たね?」

「絶対思ってません!僕だけに憑いてたのに何故?」

流は慌てふためいている。どうやら故意に置いていったのでは無いようだ。


「こっちの方が相手してくれるからじゃない?僕が面倒みる」

アオは全く離す気が無さそうだ。

「聞こえたか?アオが怪異同士仲良くしてくれるそうだ。流、今度ケーキな」

古川は一方的に電話を切った。


「お菓子食べる?ジュースは無いんだけど」

振り返るとアオにナデナデされながら小・古川がマドレーヌを食べている。


「それ、残しておいた最後の!」

古川がショックを受けてアオを睨んだ。

「また買ってくればいいでしょ?見て、ちまちま食べててカワイイ!」

「カワイクナイ」思い切り棒読みだ。


「見てみて!僕達の子供って気がしない?」

とんでもないことを言い出した。

「どう言う発想だよ、訳わからん。流はクマから人へ変わるの夜だけって言ってたのに」


古川が小・古川を観てみると、怪異の類いが実体化したモノだった。

ただ、臍の辺りから紐が伸びていてアオと繋がっている。


「取り憑かれたの、アオじゃないか!」

親愛の情を持ってしまったからだろうか?

このまま祓うと、アオにも影響がある。最悪二人とも消してしまう。

「そいつだけ祓って欲しかったら、断ち切って離れろ。二人で心中するか?」


「祓うなんて嫌だよ、祥一郎!僕達の子だよ?何でそんなこと言うの!」

アオは小・古川を抱いて立ち上がった。

『駄目だ、操られている!』


古川はアオの目が赤く光ってきたので、やむを得ず手のひらに力を込めた。


「止めて!!」アオが叫んだ。


アオの催眠が最大に掛かって、古川の集中が切られ、頭の中を渦のように掻き回された。

古川は目が回って意識を失いかけ、膝を畳に付いた。


漸く眩暈が治って辺りを見たが、家の中からアオと小・古川は消えていた。


二人がいた場所に食べかけのマドレーヌが転がっていた。

「全くアイツらは!」

食べかけのマドレーヌを捨てるのが惜しくて怒りと共につい残りを食べてしまった。


「このまま帰ってこないのかな」

つい声に出していた。


そうなって欲しかったんだろ?あれだけ構われると鬱陶しかった。起きてから寝るまでほぼ一緒で、一方的に好意を訴えてくるストーカーだ。

ぬいぐるみ抱えて他所で悪霊化しようが知ったこっちゃ無い。

居なくなってせいせいした。

居候も三人目となると、霊と言えども狭い部屋で我慢の限界だった。


古川はアオを悪く捉えて、自分に言い聞かせているのに気付いた。

「何で?」


1人でいることは慣れている。孤独とは長い付き合いだ。人や怪異に関わると碌な事にならない。


なのにこの世界では知り合いが増え、我儘で自分勝手な古川を気にかけてくれる人もいる。




ゴロンと畳に横になると、静けさが気になってきた。

ご飯の用意をする時間だが、腹も減らないしやる気も無い。


風呂もシャワーだけで済ますと、早々に布団を敷いて寝てしまった。





しかし、眠りが浅くて何回も目を覚まし、夜が明けてしまってもぼんやりしていると、アオの気配がしてきた。

ハッと目が覚めたが、迎え出るのも癪で、わざわざ布団を頭までかぶってドアから背を向けた。


アオはドアの前までやって来て、だいぶ逡巡しているようだったが、静かに開ける音がした。


「ただいま」寝転んでいる背中越しに遠くから小さな声がした。


何がただいまだ、と呆れたが目を閉じて、黙ったままだ。


「あの時はごめん。身体は大丈夫?」声が震えていた。

「あのね、この子連れて、遠くへ行かないと駄目だって思ったんだけど、此処からちょっと離れて暫くしたら、クマに戻っちゃった」

ふふっと力無く笑った。

「考えたらわかるよね。僕が馬鹿だった。目が覚めたよ。一番大切なのは祥一郎なのに」


「大切なモノに、あの仕打ちか?」

思わず、古川は憮然として冷たい声で言った。


「ごめん、どうかしてたんだ、あんなぬいぐるみに、祥一郎に似てる見た目だけで、油断して引っかかってしまった」

すぐ後ろに来ている。そのまんま、背後霊だ。

「本当にごめん。許して。消さないで。祥一郎と一緒に居たい」アオはついに泣き出した。


さめざめと泣き止まないアオに、古川は流石に大人気ないかと思い直して起き上がった。

アオは正座して俯き加減で泣いていた。


ぬいぐるみとの繋がりは消えていたので、ホッとしてアオの肩を叩いた。人型を維持するために繋がっていたが、アオは霊体なのでそこまでの力を提供できなかったようだ。


「許すから泣き止めよ。あれだけ僕そっくりで可愛かったら血迷うよな」

アオは頷いて古川の身体に齧り付いた。


クマを探すと玄関に転がっている。

「自分で可愛いって言う?」

アオは涙を溢しながら少し笑った。

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