第24話 廃墟病院

秋も深まってきた。


古川祥一郎への今回の仕事の依頼は、単純に「お祓い」だった。

ある病院跡地にホテルを建設する予定で、取り壊す前のお祓いだ。


出張料、祈祷料、諸々込みで50万円と、「お祓い」にしては破格の依頼料に何か訳有りだろうと確信していた。更にふっかけて、従業員に祈祷付きお守り、重機に護符を貼る事も提案してみたが、了承してくる。


興味が湧いて引き受けることにした。


夕凪は『廃墟の病院をお祓い』でNGが出た。文化祭、体育祭の準備委員会に入らされたとかで忙しいと言われたが、『廃墟』の時点で断るだろうと思っていた。

安全性にも不安が多いから、興味を持たれなかった時点で諦めた。


古川自身は廃墟に惹かれる。同じ場所で建てられ、使われ、朽ちていく。

若いまま、朽ちもせずに世界を転移する古川には羨ましい限りだ。


逆に霊は嫌いだ。何が楽しくて、死んでからもずっと現世に留まるのだろう。生きていく者に全ては託すしかない。

怪異はその成れの果てなので最も嫌いだ。


今回は確実に夕凪を怖がらせる、と期待していたのに残念だ。

話だけでも怖がらせてやるとの思いを強くした。


古川は怪異や霊に対して恐怖を感じたことはない。寄ってくるのがウザいだけだ。前の古川は違ったが。

強大な怪異が現れて、負けて死にかけたら次の世界に転移されるのが嫌だな、と思うだけだ。

どうせ死なない、と思うと恐怖も感じなくなるのだろう。あとは数十回は繰り返してる慣れか。



今回の祈祷を引き受けた要因は、この前からの玄関付近の雨漏りだ。

瓦屋根を部分的に治してもらったら葺き替えを勧められた。

どうしようか迷っていた後にこの依頼が来たから乗った。


神祇一統会からの報酬(ぼったくり)も手付かずなので、それ以前のお金と今回と合わせると住居部分だけの葺き替えはできる。


最長8年のいつまでいるかわからない仮住居に金を注ぎ込むのも勿体無いなと思うが、騙して住居を借りてる身なので、家賃代わりに丁度いいか、と久しぶりに良心が沸いた。


念の為に、家賃要らないと言ったのは坂木さん自らだ。古川が遠い親戚という設定が効いている。


そんなお家事情は話さない。


専務に他にも幾つか頼んだがどうにもならなかったと泣きつかれたので、嫌々渋々引き受けた態にした。


しかも終わったら、会社が引き受ける建設事にかかる祈祷を全部引き受ける約束もした。二重に美味しい話だ。


その時は軽く引き受けたが、後々後悔した。もっと値段を上げておくべき厄介な依頼だったと!!




話し合いの後、依頼主の建設会社専務と共に現地へむかった。

現地に最低2回行かなければならない、と言われた。

そこへは近接の国道からも近く、本来なら脇道に入って車で5分もかからない。歩いてでも行ける距離だ。


「どうして、2回も?」専務の車で国道から脇道に入って、嫌な感じがしたが、何も言わずに敢えて聞いた。


専務は暗い顔で言った。

「昼間に行きたいので何回も行こうとしたのですが」

ため息をついた。

「辿り着かないのです」


やはりな。


車で5分どころか、先程から10分以上経っても脇道の最初に戻ってくる。


灰色の壁の3階建ての病院の方を見ると、脇道の先に透明な扇子の蛇腹の様な壁が、両脇に続き、道と違う方へ伸びて円を描いてこちらへ戻ってきている。

そして、何度試してもその道に乗っかってしまい、辿り着けないのだ。


道へ繋ぐ強制力が強過ぎるのと、空間を捻じ曲げて元に戻す事は多分できないので、作った本人に解除してもらうしかない。

「古川さんが一緒でも駄目でしたか」

「道が歪んでますね」

古川はそう言って自分が見たままの道の説明をしたが、専務は微妙な顔をして車のハンドルを叩いている。

「そんな事を仰った神主様は1人もいらっしゃらなかった」


「普通の人達は見えないでしょうね。僕の弟子(夕凪、流と紫都含む)ならともかく」

暗に今迄祈祷に来た神主達を役立たず共として落とした。


「日が落ちたら消えるでしょう。それで2回来る事になるんですね」

「その通りなんです!」

専務は大きく頷いた。


「では、待ちましょう」古川はあっさり言った。

「でも、夜になると、その…」

「怪奇現象が起こるんですか?」

「現象どころか、実は、うちの会社の社員3人が犠牲に!」



神主さんと社員3名と社長で最初に訪れた時、同じように入れなかったので、再度黄昏時に行くと、難なく入れた。

日が落ちて、無事お祓いも済み、社員達に後片付けを頼んで社長は先に帰った。


おそらく残った社員達は片付けた後、好奇心で病院内を散策したらしい。


社員達が帰ってこないと連絡があったのは次の日だった。携帯も連絡がつかず、現場に駆け付けたが、お祓いをしたのにも関わらず入れなかった。黄昏時に社員幾人かと再度駆けつけた。社員達が乗ってきた車は置きっ放しだった。


「1人は地下の霊安室にいました。発見できたのは、ずっと叫んでいたからです。すっかり容貌が変わって、背中を異常に気にして掻きむしっていました。

誰かが離れないと、叫ぶ合間に訴えられて。

霊安室の中が死体と人で一杯だったとも言うのですが、勿論空っぽだったんです。今も元に戻らず入院中です」


「単純に取り憑かれたのですね。もう2人は?」

専務は更に悲壮な口調で言った。

「わかりません。行方不明です。他に目撃情報も無く、失踪届を出しました。優秀な社員で普段から目をかけていたのに」


「逃げて付近で怪我をして動けないとかではなかったんですか?」

「車が残っていたので、付近も夜明け前に警察も捜索したのですが何の手掛かりも無く、日が差すと皆脇道の入り口に立っていたそうです。それでも探してくれてますが」


「霊安室は1人だけ?三人一緒じゃなかったんですね」

「そのようですね。推測ですが」

専務は、若者の様で恥ずかしながら、と前置いた。

「ダメ元でネットでこの病院を検索してみたら噂があって」

「噂?」

「はい、なんでも、病院には悪霊が取り憑いていて、魂が抜かれるとか、病室の一つに引き込まれてに連れて行かれる、とかです」


「別の世界」

古川は自分だけに起こる並行世界への転移を想起した。


「では、二人はその部屋に入ってしまったと?」

「馬鹿馬鹿しい話ですが。夜に肝試しに行った若者も、行方不明になったり、同じく霊安室でおかしくなっているところを発見されたと」


「そんな所をホテルにするんですか?」古川はふふっと笑った。

「それを売りにするとか?悪趣味だけど儲かりそうだ」


「オーナーの趣向は分からんが、うちの社員は関係無い!本当はあなたにおかしくなった社員の事も頼みたいが、荒唐無稽で、どうすれば」

古川はにっこりして言った。

「僕から一つ提案しましょう。僕は取り憑かれた人を祓うのは苦手です。それは『神祇一統会』に頼むといい。会長は悪霊や怪異祓いに強い。もう一つあった。稲荷神社です。価格はそっちの方がお得かも。その方面に強い人がいますよ。訪ねてみるといい」

「ありがとうございます!そちらで相談してみます」


これ以上頼まれるのは面倒だったので勝手に振ってやった。

拓巳と稲荷、ありがたく思え。


除霊は簡単だが、それに伴う取り憑かれた人の精神への微妙な調整は、加減しない力技が大好きな古川は嫌いだった。

他人に興味が無いので、余計重きを置いてなかったせいである。


最近夕凪への催眠は死力?を尽くしているのに、まだ思ったより早く解けてしまうので密かにだ。



車の中で二人で弁当を食べ、外で雑談をしていると古川が病院の方を見て指差した。

「日が落ちてきましたね。ああ、偽りの道が消えていく。もうすぐ入れますよ」


西日に照らされて、微笑む古川の目と髪が金色に輝いて見える。

幽玄な姿に専務は古川を不思議な人だと思った。普段着なので余計神主には見えないし、退魔師と言われても、しっくり来ない。

どちらかと言えば隠り世の者のような儚げな存在で人間離れしている。


古川の事を知らない他人でも皆同じイメージを抱くようだ。

直感で古川がこの世界の確固たる住人では無いとわかるのかもしれない。



「さて、行きましょう」

古川は違和感を抱えたままの専務に運転席を指し示した。慌てて乗り込む。


車を発進させるとなだらかな坂道を登っていく。間も無く病院が見えてきた。

「すぐでしょう?」

「すぐですね」

古川は笑顔で相槌を打った。


病院が見えるだいぶ手前で止めてもらうと、古川は専務に降りないように言う。


「結構沢山いるので危険です。後は僕が祓うのでもう帰って下さって結構です」

「沢山、いる⁈古川さんの迎えはどうすれば?」

「僕自身どの位時間がかかるかわかりませんので、早ければ明日にでも連絡します。ついでに、あなたのとこの社員さんや他の行方不明の人達も探してみますので」


専務はだいぶ渋っていたが、古川が急かすので「携帯いつでも鳴らして下さい」と言い残し、Uターンして帰って行った。


暗がりに立つ病院は元は何色かわからないがが、今は暗い灰色になり、所々ヒビが入っている。

二階と三階は大きな窓が端から端まであって、ガラスはほとんど割れていた。昔は昼なら病院の中は明るかっただろう。


そこは病院と言うより療養施設、ホスピスだったらしい。広い庭園跡があり、そこには錆びたベンチがあちこちに置かれ、直ぐ側に林があった。


異常なほど怪異と霊がたむろしていた。

ふわーっとそれらが古川目掛けてやって来た。


古川は庭園跡を抜け、病院入り口に向かってズンズン進んで行った。周りにいた沢山の霊や、やってきた怪異達を、両手からの力の放出で、なぎ祓いつつ入り口までやってきた。


中からもたくさんの気配がする。

振り返ると外にまだ残って付いてきたモノをまとめて消してしまった。


この位の雑魚なら数は多くとも力は殆ど消費しない。

「ホント、人も霊も怪異もこんな所好きだよね」

割れたガラスの窓が付いた扉を思い切り押して入る。


先程までしていた騒めきが消えている。

「霊安室かな?」

デイパックから大きな懐中電灯を出して点灯すると地下への階段を見つけてゆっくり降りていった。


下はリネン室、備品倉庫、職員の休憩所、更衣室、霊安室があった。

その中で無造作に霊安室を開けた。

10人以上のベッドが置けそうだったが、今はがらんとしている。崩れた祭壇があった。


「どうした?」

古川は気軽に声をかけた。

入り口から一番遠い隅に霊が10人程固まって立っていた。外で霊や怪異を残らず祓った古川に怯えているようだ。


「誰か、ここにきた人、どこに行ったか知らない?」

一応聞いてみたが、何も答えないので全部祓った。


地下の部屋を見て回ったが、別に異常はなかった。

「じゃあ、一階からいきますか!の前におやつタイム」

診察室の前の待合にソファがあったので、デイパックから出したビニールのゴミ袋を敷いてその上に座り、専務に頼んでたお菓子を食べ始めた。


どら焼きと食べ切りサイズの栗羊羹を一つずつ。まだ両方残っていて、クッキーとマドレーヌは3階で食べようとおいておくことにした。


そうすると、何故か菓子に釣られた怪異がやってきたので古川は不機嫌になり、瞬殺した。

水筒を出してお茶を飲んでいる間に他の怪異や霊の位置を探ったら一つも居なくなっていた。

古川に一斉に集まって来ていたようで、皆祓ってしまったようだ。

「つまらん、もう全部殺したのか。呆気ないな」


しかし、肝心の道を歪ませている原因が分からない。

大物が居るはずなのに気配すらしない。


かと言って磁場の歪み、なんてモノでも無い。霊的なモノを感じるからだ。

まだ時間は充分有るので病室を一つ一つ調べていくしかない。


もう一口お茶を飲んで、大きく溜息を吐いた。

面倒な事は嫌いだ。

どうせ消えゆく身で、この世界にも何も残らない。でも何か足跡を残したい。確かに古川祥一郎の僕が居た証を。そうも思うのだ。


水筒をしまって立ち上がった。明かりのない建物の中はほぼ真っ暗だ。

転ばない様にゆっくり歩いて部屋を見て回る。廃屋にありがちな床に散らばるゴミが殆ど無い。誰かサッと掃除をしたのか、と考えて有り得ないと自嘲する。


こんなに怪異と霊がいたら、無闇に散らかしたり、お菓子など食べて長時間居座る余裕もないだろう。



一階は何も無かったので二階へと上がる。

廊下の右側にずらっと病室が並ぶ。8室の部屋が有り、手近な所から行くかと、端の部屋のドアを開けた。

月明かりの中、鉄らしき素材でできた裸のベッドが4つ並んでいるのが見えた。

マットレスやシーツは見当たらない。


怪異がいなくなったので静かだ。ドアを閉めて隣へと視線を移した時だった。


一番遠い突き当たりの病室のドアが開いて、光が漏れていた。


ドアの向こうから出てきた人影があったが、古川に気付いたかの様に立ち止まった。


???


今迄気付かなかった不思議な気配だった。此処では感じたことのない気配だ。

怪異でも霊でもない。


違う、この感じは何度もある。

ザワザワと神経が逆立ち、冷や汗が出て鼓動が早まっていく。


この感じ。


古川祥一郎だ!


この世界に、新しい世界に来た瞬間に感じて、一瞬で消える前任者の古川祥一郎の気配だ。


そんな、まさか⁈

ドア目掛けて全速力で走った。


人影はドアに隠れ、中に入った様でドアは閉められて廊下は暗くなった。




いつも切に願っていた。自分以外の古川に会いたい。会って話したい。

会ってどうするんだ、転移させられたら、とか頭の中で色々考える。

でも、知りたい!

次々に相談したいことが湧いてくる。



どうして古川祥一郎は記憶を持ったまま強制的に別の並行世界に行って、その世界の古川祥一郎の魂を押し出してしまうのか。

どうして死にかけたりするとその瞬間、そうでなくても26歳までに転移してしまうのか。

いつからこんな事になったのか。

転移しない古川祥一郎は存在するのか。

転移してきた自分に気が付いた人はいるのか。

みんな僕みたいな能力が有るのか。


何も知らなくても、せめてこの空虚感、寂しさを、同じ古川祥一郎として共有したい。



目的の病室の前まで来ると、躊躇わずにドアを開けた。


中は向こうからの光が強くて目が開けていられない。

男らしきシルエットが近づいて来た。


「やあ、来てくれたんだ。いらっしゃい」

まるで前からの友達に話しかけるような、気軽な声掛けだった。


「お前は、古川祥一郎か?」

動揺しながら思わず尋ねてしまう程、気配が同じだった。


「おいでよ。目を閉じてても大丈夫だ。僕が連れてくから」

古川は手を掴まれて、ふらふらしながら部屋の中に引き入れられた。



バタン、とドアが閉まった。


その音を聞いたモノは、何もいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る