第23話 帰宅
車が家に着くと、夕凪はぼんやりとした母親を抱えた父親に付いて降りた。
明日土産付きで神社に行くことを古川に了承させられてやっと家の中に入れた。
古川は神社まで送ってもらい、父親が何か言う前に
「夕凪とお母さんを無事に取り戻せて、何事も無く済んで良かった」
とだけ言い残して辞した。
神殿の中、宇迦は縛られたまま横になっている豊、洗脳は解けているが、先程見た事も無い大量の怪異に取り囲まれて、放心したままの紫都、平伏した流の前に立った。
「さて、どうするかの?流、このまま稲荷を受け継ぐか?」
流は青くなって平伏したままだ。
「とんでもございません!そんな意図は無くて何気なしにした事で他意は全くございません!御神体はお返しします。何卒お許しください」
宇迦は流の様子を見て、堪えきれず笑い出した。
「ふえっ?」流は身体を起こした。
「冗談、冗談!首に掛けた位で神使でも簡単に移らんよ」
「間抜け。神の譲位を甘く見過ぎです」豊からもツッコミが入った。
流はへなへなと突っ伏した。
「冗談は古川様だけにして下さい、稲荷様〜」
「その名は禁句じゃ!」
改まって宇迦は豊に尋ねた。
「さて、豊よ、お前はどうする?このままだと封印するしかないが」
「畏れ多くも稲荷様の判断に従います。この度のこと覚悟はできております」
豊は項垂れた。
「本当に良いのか?豊。実は耳寄りな知らせがあってな」
宇迦はにっこりと笑って豊を見た。
「わしの見立てだが、お前の探し人が近々生まれて来そうなんじゃ」
「それは!」
豊はガバッと起き上がろうとしてまた転がり、宇迦を食い入るように見つめた。
「偶々、この近辺なんで、生まれたら神影かうちにお参りに来るかもしれんぞ?」
豊は呆然とした顔で、はらはらと涙を流し始めた。
「どうする?全てを諦めて封印されるか?」
「お願いです。そうなら諦めきれません。この時のために生き長らえました。せめて、一目だけでも会わせてもらえませんか。その後なら封印されても構いません」
「じゃが、女だから、大きくなれば何処ぞの男に取られるぞ。それでも良いのか?お前の美貌なら、また惚れさすことなんざ、容易であろう?」
「でも、そこまで甘える訳には」豊の顔が少し赤くなった。
「豊兄、稲荷様が縁を結んで下さるのだから、大丈夫ですよ」
流が豊の元に近付いて、拘束の数珠を引っ張って外し始めた。
「あ!わしが苦労して取り付けたのに、こら、勝手に外すな」
「兄としても、今度こそちゃんとご指導下さい」
流は豊に向かって頭を下げた。
豊も正座すると、涙を拭きながら流に頭を下げた。
「今まですまなかった。お前は本当に優しい。お前こそ稲荷様の後継に相応しいよ」
「それは言わないで下さい!」焦る流に、豊は微笑んだ。
そして豊は宇迦に平伏した。
「今度こそ神使として、あなたに仕えます。どうか、封印はお許し下さい」
そうして、首から宇迦が持っているのと似たような首飾りを出し、両手で持って宇迦に捧げた。
「許そう、永く仕えてくれ」
宇迦はそれを受け取ると、一つ下がっていた青色の勾玉を取った。豊の首飾りはきえてしまったが、勾玉は流の首から引ったくった首飾りにくっ付けた。勾玉は全部で四つになった。
「やれやれ、当分神使は増やさんぞ。これ以上は首が凝る」
流は豊の事と首飾りを外してもらった事で感無量になり、満面の笑顔のまま、ふらふらとそのまま意識を失って突っ伏した。
「流!」
「忘れてた。流は怪異を退治してくれて、力を使い過ぎとった。古川め、他人に対する加減と気遣いを全くしよらんかって〜」
うぬぬぬぬ、彼奴はどうしようもできん、と悔しがる宇迦だったが、流を豊に部屋まで運ぶよう言いつけた。
古川は帰ってそのまま布団に倒れ込んで、次の日の夕方まで眠っていた。
皆には平気な素振りをしていたが、初めて神力を取り込んで自分の力と混ぜ、怒りのまま豊に全力でぶつけた結果、本当に力はほぼ使い果たしていたからだ。
異質の力は心身に多大な影響を残し、結果力の総量が大幅に増した。それを満杯にして精神と身体が耐えられるのか疑問なので、自重しなければならない。
『どっちが怪異か、本当にわからないな』
「流〜、ご飯」
目が覚めて、お腹空いた、と言ってから、もう流がいない事に気付いた。
ちっと舌打ちした。
流はそのまま稲荷神社に帰ったのだ。相変わらず土下座して感謝していた。
最近流が3食作るので、引きずられて一緒に食べ過ぎていた。流は大きくなってからやたら食べる様になったからだ。
最近少し太って、そうすると女性ホルモンが活発になったらしく、胸が少し出てきたから控えようと思ってたんだった。
流は便利だったけど、狭い家に大の大人二人の生活は鬱陶しくなってきてたから、一人に戻って、やっと静かになり平穏が戻ってきた。
夕凪への説教とお仕置きが楽しみだ。どうしてやろうか。
それから2日後。
力は増えた分もあっさり一杯一杯戻ってしまった。良いのか悪いのか心身に異常は無い。
威力がわからないので使う時セーブすればいいかと気軽に考えたが、全力が大好きな古川が咄嗟にできるかどうか、自分でもわからない。
自分の思い通りに生きてきたので、その通りできないと、すぐキレてしまう。
古川は鳥居の外で入れずにウロウロしているモノを感知した。
無視していたが、いつまでも去らないそのモノの気配に気付いた。
「流か?お礼を持って来たのか?何で入れないんだ?もう稲荷の影響を受けたのか」
暇だったし、古川は階段を颯爽と降りて行った。
だが、後40段位になって気付いた。
下では男が待っていた。
古川の姿を見た途端、土下座した。
「何しに来た!消されに来たのか⁈」
流と間違えたのと、わざわざ降りて来た自分に二重にイラッとして怒鳴った。
男は、紫都だった。
紫都は勢いよく顔を上げると
「違います。お怒りになるのは尤もですが、お願いに来たのです」
と神社での横柄な態度を一変させて丁寧に言う。
「お願い?」
古川は嫌な予感しかしない。
「僕も此処で修行させて下さい!僕が軟弱なあまり豊兄に操られ、夕凪さんに多大な迷惑をかけて、流には完全に力負けし、このままでは神使として、流の兄としても示しがつかない。少しでも皆のお役に立ちたいのです。あの時怯えるばかりだった怪異も自分で祓いたいんです。お願いします!」
と言ってまた頭を地面に擦り付けた。
コイツは何を言ってるんだ。血管が切れそうに腹が立った。思った側から我慢できなかった…
知ったことか!!
「〜〜〜帰れ!うちは修験場じゃないぞ!どうして、僕が、お前の面倒見なきゃなんないんだ?稲荷か流に習ってれば良いだろ!もう稲荷神社とは関わり合いになりたく無い!」
紫都は再び顔だけ上げた。
「稲荷様は結界の張り方はお教え頂けるのですが、古川様のように祓うのはお得意ではないのです。古川に習えと仰るだけです。流は稲荷神使の作法の勉強と家事で手一杯と言われるし、弟に習おうにも、彼奴言う事が下手くそで一向に要領を得なくて」
「宇迦のヤロー!!流も偉そうに!彼奴、今までサボってただけだろ?今度締めてやる。しかし情けない兄貴だなあ。って、そんなこと知らん!」
か!え!れ!
古川は一言一言念を込めて言った。
「俺は豊兄をねじ伏せた古川様の勇姿に惚れました!弟子にしてくれるまで帰りません」
廊下から遠見していたらしい紫都は意外としぶとく、圧に耐えて言い切った。
稲荷の神使だけに精神攻撃には強いようだ。
「あ〝ー、訳わからん!もう、お前も死ねよ!」
平伏している紫都に蹴りを入れようとして足を上げた途端。
「古川さん、止めて!!」
夕凪が駆け寄って来た。
チッ、見られたか、と足を下ろした。
「紫都兄も、こんなとこで何してるんですか⁈古川さんに消されますよ⁈」
「兄は要らんだろ⁈夕凪!」
「あ、癖になってしまって」
夕凪はてへへ、と笑ってごまかす。
「豊の奴、稲荷と一緒に串刺しにして鳥居にぶら下げてやる」
と棒を持って突き出す仕草をした。
「古川さん、落ち着いて!」
夕凪は古川の本当に実行しそうな殺気を感じて腕に縋った。
「そうだ、お二人でどうぞ!」
この隙に紫都がさっと何処からか出して来たのは、一口饅頭シリーズ詰め合わせだった。シリーズはこの前新しく出たばかりだ。
「新作も入ってます!」
「僕を物で釣ろうってか?いい度胸だ!それは置いていけ!そして消す!」
夕凪は必死で取り成した。
「古川さん、ほら、お茶の葉持って来たから、上で食べようよ。此処で人に見られたらマズイでしょ?神主さんなんだから」
むうっと古川はむくれていたが、渋々上に戻った。
手助けを受けて結界の中に入れてもらった紫都だったが古川の気分で結界の押し戻そうとする力が結構強かったので苦労しながら登っていた。
此処へ来た頃の流と違って大人で180cm以上ありそうな長身の為、古川が抱えて行けるはずも無い。
古川はさっさと夕凪を抱えて家に帰るとお茶を用意し、紫都を待たずに一口饅頭を齧った。
「古川さん、紫都に、紫都さん待ちましょうよ」
「んん?いつ登り切るかわからんのに待っていられない。そのまま帰らないかな?」
ふーむ、新作のずんだあんもおいしいな。
「そこまで根性無しじゃないでしょ。流を虐めてたのも豊さんの洗脳のせいで、解けた今では大人しい、優しい人、じゃなく神使だそうですよ」
「紫都の性格なんて、何故知ってる?どーでもいいし、信用できるか。仕方ない。散々こき使って追い出してやる」
嫉妬満開の古川を宥めつつのんびりしていると、漸くぜいはあ言いながら紫都がやって来た。
家に入るにも、また結界に阻まれて夕凪に手を引っ張って入れてもらっていた。
「古川様…」また土下座した。
「土下座兄弟め!3ヶ月な!」古川は次の饅頭を一口で放り込んだ。
「⁈」
「3ヶ月だけ修行させてやる。物にならなかっても知らん」お茶を飲み干して机にタンっと置いた。
「ありがとうございます。何でもお申し付け下さい!」
嬉しくて油断したのか紫都から茶色の耳と尻尾が出てきた。
「紫都は茶色なんだ〜」と夕凪は古川からの勝手な特典としてモフらせてもらった。紫都もこそばゆいともじもじしていた。
「ああ、面倒だ。面倒以外何も無い」
「また家事やってくれる人いるから良いじゃないですか」
そうして、今度は紫都が弟子になった。
流同様家事手伝いは完璧だったのでそれだけは満足だった。
ただ…
「きゃー出たー古川様助けてー」
小さい黒丸達が紫都の側で元気に跳ねている。
「大袈裟過ぎる。そんなの足で蹴ったら消えるっつーの!」
「足に憑かれたらどうするんです!!」
「くっつき虫か!!」
一緒に掃除していると分かったが、流も紫都も怪異を異常に怖がる。
いや、紫都の方が遥かに酷い。
「紫都!お前、流とだいぶ歳離れてて、100年近く生きてるくせに、何でそんなに怖がりなんだよ!!しかも神使だろ!」
「神社では外に出ないから接する機会が無いのです」
「いやいや、その理由は弱いぞ。本当のことを言え!」
「…俺が単に怖がりです」
「あ、後ろに盛が立ってる」古川は紫都の後ろを指差した。
「ギャー、ごめん俺が悪かった」
箒を放り出して逃げてしまった。
「死んでも役立つ」意地悪で無情でもある古川はふふっと笑った。盛は魂をも消したので、完全にいなくなっている。
紫都もこれはこれで面白いが、一つ許せない事がある。
「古川様、トイレ行く時一緒に連れて行って下さい!」
「何でだよ!子供かお前は!」
「この前コウモリみたいな怪異がぶら下がっていて漏れそうになりました」
「入る前に気配で察知しろよ!」
「此処のトイレ、屋外なんで、怖くて集中できません」
「まず怖がり直してから出直して来い!!」
頭が痛い。疲れた。流より酷い。あいつが来てから、いつも疲れてるので夕凪が来たらベッタリ依存している。
夕凪の膝枕を定番にできたのは紫都の少ない功績の一つだ。
「何か、怪異が増えてません?」
夕凪は寄ってきた黒丸を指で弾いて消した。
「紫都の修行のためにわざわざ結界を弱くして更に怪異を呼んでるからね」
「そこまでして嫌がらせをするなんて」
「修行だからいいの!」クスクス笑っている。
「紫都だけど、今、倒れちゃった。力切れだな」と呑気に言う。
「早く見に行かないと!」
夕凪が渋る古川を連れて探すと、黒丸にたかられて真っ黒になって倒れている紫都がいた。
「いやー!紫都!大丈夫?」
夕凪が黒丸達を追い払うと、耳と尻尾を出したまま紫都は気を失っていた。
「一番弱い奴なのに」と古川はゲラゲラ笑っている。
「しかもコイツ怪異に好かれやすいんだ。特に黒丸に」
「どうしようもない師匠と弟子だ」
夕凪はがっくりと項垂れて、紫都の頭を撫でた。
「早く、古川さんに慣れるといいね」
「夕凪!紫都に触るな!そして僕に撫で撫でして」
「はいはい」
古川の熱血指導(?)のお陰で、3ヶ月後紫都はやっと小さな怪異を消せるようになったので、意気揚々と帰って行った。
実は気になった人が怪異に憑かれやすく、それを祓いたかったそうだ。
古川がそれを流から聞いて、動機が不純過ぎると激怒していた。
稲荷神社からは、お礼に食材が切れ目なしで流が届けに来ている。
そして、商売の神様に捧げられた高級リゾートホテルの一泊二日の宿泊券を毎月くれたので、古川は毎月の様に泊まりに行った。
夕凪も誘われたが、古川と行くのは憚られたので断ったら、毎月のホテル暮らしを自慢気に聞かされた。
豊は、迂迦の言う通り花梨の生まれ変わりが両親につれられてお参りに来た。感無量でテンションMAXの為祝詞があげられないと、作法を教えている流にやって貰い、端からじっくり眺めて喜んでいた。
普段は迂迦を助けて真面目に務めに励んでいる。
ある日。
「紫都兄、最近はワザと外へ出て怪異退治をしてますよ」
食材を運んできた流と神社前で会った夕凪と3人でお茶していた。
「あの馬鹿、調子に乗りやがって。其の内また「助けてー」って泣く羽目になるぞ」
「この前半泣きですごい勢いで神社に帰ってきました。もう、何も言いませんけど」
「蹴り入れとけ、僕の代わりに」
「うえっへっへ。イケメンと獣耳と尻尾!組合せ最高!」
「ゆ、夕凪さん、顔が」
夕凪は尻尾をモフって悶えながら喜んでいる。
「僕も生やしたい…モフって欲しい」古川は恨みがましそうに流を見た。
「古川様、何でも嫉妬するのやめて下さい。その度に僕の心臓が止まりそうです」
「そのまま止まっても構わないが?」
「酷いです古川様」
「そうだ!」
夕凪は手を止めて流を見た。
「来年の縁日は今度こそ一緒に回れるね!」
流は一瞬息を止め、じんわりと嬉しさを堪能して吐き出すように言った。
「そうですね!一緒に行けるんですね!是非ご一緒させて下さい」
「僕は行けるかどうか、わかんないけど?」
古川がぼやいた。
「古川さんと来年も絶対一緒に行くんです!!」
夕凪は古川の手を取って宣言した。
「夕凪が言うなら、そうだね、行くよ」
仕方なさそうに古川は柔和な笑顔で応えた。
その儚気な笑顔に、夕凪はぎゅっと手を握った。
「約束ですよ」
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