第22話 神との対話 2

古川の目が異常に煌めき、身体から千手観音のように無数の金色の手を出していく。

神々しい姿に誰も縛られたように動けない。


「さあ、神殺しの時間だ!」


金色の手、それは直ぐに槍の様に姿を変えて次々に豊に刺さった。

豊は慌ててそれを引き抜こうとしたが、両手両足にも刺さって動けない。

そこから古川は容赦なく豊の力を抜いていき、古川の身体はより一層輝いた。


「お前は一体何者なんだ!」豊は悲鳴を上げた。

古川が片手を上げた。

「普通に人間で、退魔師さ」

「そんな筈あるか!!」

古川は微笑で応えた。



上下から巨大な力がやって来る!


いち早く悟った流は、自分と夕凪と母親の周りに結界を張った。昨夜、宇迦から即席で習って朝迄身体に馴染ませてもらったが、流の精一杯の大きさだ。


天井から金色の大きな手が降りてきて、豊の下にも現れた。


「逝ね!」

叫んで古川は勢いよく上下に手を打合せた。


パァンと手の音がして金色の手は重ねられ、豊を包み込んで、潰した。

古川は恐ろしい笑顔付きで両手のひらをぐりぐりと擦り合わせる。


「消え失せろ!!」


手ですり潰していた古川は、首を傾げて手のひらを開けた。

「あら?」

金色の手が消えた後に、うつ伏せで倒れている豊の姿があった。

「残ってる!腐っても神だな。しぶとい!」


「古川、力を隠してたのか」豊は何とか肘を付いた。

「当たり前だ。すぐバレる、ダダ漏れ夕凪じゃあるまいし。しっかし、お前の力を吸い取って僕の力と合わせたら絶対押し潰せたと思ったんだが。まだ足りなかったか」


「えっ?」夕凪は赤くなって「何がダダ漏れか分からないけど、取り敢えず、すみません」と謝った。


「夕凪はそのままでいいんだよ」金色が無くなった古川は夕凪に向けてにっこり微笑んだ。


豊はよろよろと起き上がろうとした。

「唯の人間が、私を祓うなぞ、有り得ない。触れることすら、無理な筈」


「あーあ、どうしようかな?力空っぽになっちゃった」


あっさりと、怒りを消して、まるで危機感の無い古川に

「えーっ!どうするんですか!」

と焦り出す流と夕凪。

「あれで消せると思ったんだが、甘かったかな」

古川は先程とは打って変わってのんびり言った。


「まあ、殆どの力は持っていったから、後は身内で何とかして」としれっとして投げた。


流の決断は早かった。古川の言葉が絶対なのは嫌と言うほどわかっている。伊達に修行していない。


「豊兄、ごめん!」

流は一足で豊の側へ寄ると、両手のひらに力を入れて、上から豊の背中を押しつぶした。


豊は再び伏して、衝撃でガバッと黒い血を吐いた。

 

「黒い血!」

「豊兄、穢れがそんなに!」流は自分がやった事なのに驚愕した。

夕凪が、豊を見てぶるぶる震え出した。


「古川、さん」

「ん?」古川はにこっとして夕凪に視線を移したが、すっと素に戻った。

「黒い、血が…」夕凪は真っ青な顔になって震えている。

古川は急いで駆け寄ると夕凪を抱きしめた。


「黒い血が!古川さん!古川さんが死んじゃう!」

夕凪も古川を抱きしめ返して、大泣きした。

「大丈夫、大丈夫だ。あれは穢れだ。本物の血じゃない」


「どうしたんですか?急に」流も来た。


「前の怪異退治に、ちょっと憑かれて夕凪の前で黒い血を吐いた事があって。夕凪は密かにずっと気にしてたみたい。ごめんね、夕凪、怖くないよ、ほら、泣かないで」

古川は泣きじゃくる夕凪の頭を優しく撫でた。

「記憶がいっぺんにやってきて、混乱してるんだ。ゆっくり息して」

口調も態度も先程とは一変して優しくなっている。


古川の夕凪に対する執着は一方通行では無いんだと流は密かに安心した。

夕凪も古川の事を心から心配して気にかけている。


あれだけ古川が必死だと、優しい夕凪は突き放す事もできないのだろうけど、セクハラは止めてあげてほしい。



「縛!!」

突然、宇迦が叫んだ。


声に驚いて3人が宇迦に注目すると、腕を前に伸ばして縦に拳を重ねていた。

豊を見ると、白い勾玉のついた白い数珠が身体中に巻き付いていた。


「最後以外、地味な技だなあ」

古川が如何にもがっかりした風に言った。

「地味言うな!神縛りは時間がかかるし、集中力を切らしたらそこで終わりだし、わししかできん難しい技なんじゃ!」

宇迦は腕を振り回して抗議した。


「この僕を時間稼ぎに使ってくれて、どうもありがとう!次は無いぞ」

古川は不機嫌に言う。


「夕凪、大丈夫?宇迦は酷いよね、しょぼい技自慢してさあ。僕の方がカッコいいよね?」

甘えた声になって夕凪の頸に、ちうちうと何回も吸い付きながら言った。


夕凪は必死で古川に抗いつつ言った。

「宇迦様がかわいいのと大きなお声のギャップにビックリしました」

夕凪は涙が止まり、目をパチパチさせた。

僕は、僕は?と期待に満ちて見つめる眼差しに

「古川さんの技はいつも通り豪快と言うか、派手で無茶苦茶と言うか、予想を上回る規格外です」

と応えた。


「あ、やっと完全に元に戻った。その言い方、夕凪、褒めてんだよね?涙止まった?良かった。さあ、帰ろうね。後は雑魚が来ちゃうから」

いそいそと夕凪とその場から去ろうとしている。


「え?何だと?」

宇迦が慌て出した。

「わしの結界が消えとる!!」


「さっきの僕のせいだね。ちょっと当たったら粉々に壊れたから、あの技の後、怪異呼んじゃったの忘れてた」

「何故そんな事を!」流が叫んだ。

「僕の技が効かなかった場合、怪異に豊を喰わせりゃいいかと思って」

「馬鹿者!先言わんか!取り敢えず寄ってくる怪異共を消せ!その間に結界を再構築する!」


「あー、申し訳ない」

古川は夕凪の頬に自分のを擦り寄せて言った。全く申し訳ないと思ってなさそうだった。

「ちょっと、古川さん止めてって」


「さっきので全部使ったから、もう力無くなった」

あっけらかんと言い放った。

「古川様〜」流は悲鳴を上げて真っ青になった。

「流、いつも通り死ぬ気で頑張れ。夕凪と母親だけ僕が守る。此処で応援してあげよう」

「そんなぁ、僕さっきかなり力使ったのに」

「近寄ってきましたよ」豊が呻きながら言った。


「あれ、まだ死んでなかったの?」

全てが凍りつきそうな冷たい声で古川は言った。


その時、バーン、と襖が勢いよく開いた。

「助けて、豊兄!」

と悲鳴を上げながら紫都が飛び込んで来た。


「何引き連れて来てんだよ」

古川は吹き出して、おかしそうに言った。

宇迦、流、夕凪も揃って悲鳴を上げた。


紫都の後ろから怪異が追って来ていた。


流が必死になって消していく。

夕凪は古川にしがみつき、古川はさっきから笑いが止まらない。


「流以外誰も怪異を祓えないのか?嘘だろ?」古川が笑いながら言った。

「豊兄も?」夕凪はまだちゃんと洗脳が治ってない。

「こら!にい、じゃないだろ?あんなロリコンどクズ!アレ、でいいんだよ」

と古川は優しく嗜めて夕凪と母親に憑いた怪異を指で摘んでわざわざ流の方へ投げている。

夕凪は夕凪で、豊に力を殆ど奪われていたので、一つも祓えなかった。


「稲荷様の結界が全部弾いてたから、私達は何もせずに済んだ…」

豊に怪異が取り憑いていき、その後は何も話さなくなった。

紫都も囲まれて腰を抜かして怯え切っている。

流は大量の汗を流しながら懸命に消していく。


流石に宇迦に怪異は寄って来なかったが、結界の構築の為に周囲の怪異に手を出せない。

「宇迦の教育不足だな」古川はまるで他人事だ。


「よし!出来たぞ!後は中にいる怪異を消せばいいんじゃ!」

宇迦が叫んだ。


「やっとか」


古川は夕凪を抱いたまま、すっと片手を離し、肘から先を軽くひらひらと扇を返すように優雅に回した。


「「「「え⁈」」」」


部屋にいる怪異はすぅっと静かに一つ残らず消え失せた。


夕凪は古川にしがみついていたのを止めて離れようとして古川に捕らわれたままだし、紫都は半泣きで呆けて座り込み、流はガックリと四つん這いになって、荒く息を注いでいる。


宇迦は眉間に皺を寄せて渋ーい顔で立っていた。

「お前、ワシらの力を抜いて使ったな⁈その為に本体を渡したわけじゃないぞ!人間が神と神使を手玉に取るか?」


古川は笑い過ぎて、お腹痛いとさすってヒーヒー言いながらまだ笑っている。


「これくらいの力は残してるよ。少し貰っただけだ。怪異と言っても雑魚なのに、みんな必死でウケるー!あー面白かった」


「古川様、人が悪すぎます」流は半泣きで言った。

「修行になっただろ?実地訓練大事だよ?」

「全力でやりました」

「当たり前だ」


「え、俺、何がどうなった?」放心していた紫都が我に返ってポツリと言った。

豊は気を失ったままだ。


心からの笑みを浮かべた古川は夕凪の頬にキスすると

「帰ったら今回の事に関して、特に豊と何してたか詳細に話して貰ってから」

少し間を置いた。


「お説教とお仕置きね」

冷たく低い声で夕凪の耳に囁いて、ほっとしていた夕凪の顔を瞬時に青褪めさせた。


古川はテキパキとほぼ命令の指示を出した。

「夕凪はお父さんに連絡して車を寄越してもらって!流はお母様を丁重に運べ。紫都は夕凪の荷物全部持って来い。カバンの中身に触れるなよ。指が飛ぶぞ。宇迦は早く部屋を元に戻せ。怪異は祓ったが、此処は空気が澱んでいて人に悪い」

「神と神使使いが荒い」紫都がぼやいた。


「死なんのなら、今度は豊を何回か切り刻ませろ」殺伐とごねる古川を夕凪が宥め、豊はその部屋に縛られたまま残して、他のメンバーで神殿まで戻って来た。


もし古川に力が残っていたら、縛りをかけなければならないのは古川だっただろう。


夕凪は紫都から渡されたショルダーバッグの携帯から父親に連絡した。


時間の進み方がおかしかった様で、もう夕暮れだった。


車を飛ばしてやって来た父親は神社の外で待っていた一行を見て大いに驚いた。(車は紫都が如月家の近所に乗り捨てていた)


神だの神使だの紹介する訳にも行かないので、ざっくり稲荷神社の人達、で済ましてしまった。

誰もいなかったはずなのに、朝の祈祷を終えると二人とも境内で倒れていた。たまに起こる神隠しだったかもしれん、古川の身長程度に大きくなった宇迦が言い切った。


流は抱えてきた母親を後部座席に乗せて、シートベルトを閉めてやった。夕凪は疲れ切って、母親の隣に座った途端、全身の力が抜けた様になって目を閉じた。


「後でゆっくり話すね」夕凪は父親にかろうじて言った。

しかし、豊に神隠しされたと言っても良いか見当もつかなかった。


流は車から離れ、古川は助手席に乗り込んだ。

「これ、返す」

古川は首に手を当てると、勾玉の首飾りを実体化させて流に渡した。


流は慌てて受け取ると宇迦を探したが、既に神殿に戻っていたので取り敢えず自分の首にかけた。

「あれ?流が首飾りかけたら稲荷になるって聞いたけど?」

「えっっ⁈」


「例の物、まず持って来てね」古川は流ににっこり笑って念押しすると、父親を促して神社を離れた。

呆然とした流が残された。

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