第16話 修行?
流は夕凪にもお茶を入れてくれた。
「え、何で流がやってるの?」
鋭い目で古川を見た。
「さっきコイツに力やったから疲れてるの」
古川はだるそうに言った。
「それに、ここにいるなら修行して兄達を自分の力だけで何とかしてもらわないと」
「修行?と言って家事を丸投げしようと?」
「修行だよ、あくまで」
「内容は?」
「取り敢えず、家事全部と神社の手伝い、毎日朝夕階段10往復ね。神社内の怪異の退治と、清め…」
「古川さん、それ全部?」
「僕が毎日やってる事だけど?10往復以外は」
「いや、10往復が一番きついんじゃ」
「いざって時に此処に逃げ込めないし、階段の結界に一々弾かれてたら買い物頼めないだろ?」
「どこまで使う気なんですか」
古川はついに横になって夕凪の膝に頭を乗せた。
「僕が力をやらなくても自前で貯めれるまで!僕だけじゃ追いつかないよ」
「古川さん、さり気なく膝枕」
古川は思いがけないことを言った。
「力が溜まったら流は置いて、まず僕と夕凪で稲荷神社に行くからさ」
夕凪は膝枕していることを突っ込むのを忘れた。
「え、危なくない?流のお兄さん達、強いんでしょ?」
「宇迦之御魂神 (うかのみたまのかみ)に参拝するだけだよ。流の匂いは付けてかないようにするから大丈夫だろ」
「ウカノ誰?」
「お稲荷さんだよ、知らないの?」
「えー、そんな名前なの?知らなかった。兄さん達を意識してしまうよー。流を酷い目に遭わせた人達だよ?」
「でも、敵の事知らなくては対策の立てようがないだろ?夕凪は何回か行ってもらおうかな」
「何故私だけ?」
「夕凪なら変に力持ってるから、何もしなくても怪異引き寄せちゃうし、同じように油断して近付いてくるよ、絶対!」
「全然嬉しくない」
「まあ、流が使えるまで今すぐ行動しないから。夕凪が流を生かせって言ったから、こんな面倒くさい、回りくどいやり方をする羽目になったんだから」
「わかっております。従います」
それを良いことに、古川は夕凪の膝頭をすりすりと撫でながら
「疲れるなー、面倒だなー」と存分に甘えた。
夕凪は無の境地で耐えた。
「本当にごめんなさい。修行はちゃんとやる。けど僕の為にそんなことまでやらなくてもいいです」
古川はむっつりと答えた。
「やらざるを得ないんだ!お前の兄達は必ず捕まえにやってくる。夕凪に危害を加えられたら許さない。全力でお前ら殲滅する。でも、お前には何かあるんだ」
「本当に心当たりがない」流は頭を抱えた。
「わかるまで修行だな」
「私も家事手伝うから頑張ろ、ね?」
「夕凪ぁ、僕以外優しくしなくていいから」
「はいはい」
1週間経った。
「変だな」
布団の上でダラダラ横になっていた古川は上半身を少し起こした。
「何がですか?」
朝ご飯の片付けをしていた流が尋ねた。古川の考えは表層意識さえ探れないので聞くしか無い。夕凪はとても分かり易いのに、と流はこっそり思った。
「お前の力が戻らない。半日で一杯になるはず」
「それは古川様の場合だけでは?」
(修行しろと言っても『師匠』呼びは嫌なので『様』を付けさせている)
「神使の癖に!僕より遅いって思ってたけど、まさかまだそのままとは」
「元々これ以上無いとか」
「僕が入れた分が少し減って、その分増えただけ。まだ後、半分位入るはずなのに、違和感ないか?」
古川が流の身体をじっと見る。
「いつも兄達に暴力振るわれて怪我しては自己治癒してたけど。上手くできなくて、毎日だから追いつかなかった」
「いつも足りないから、身体が慣れてしまった?何かしっくりこないな。ん?」
古川は起き上がると、流に近付いて手を心臓の上にかざした。
「おかしいな、心臓の鼓動が速い。倍くらいに」
直接触れようとしたが、力が吸い込まれていくような感じがして慌てて引っ込めた。
「心臓?僕は普通の速さでしか感じないけど」
胸を押さえて流は首を捻った。
『今確かに少しだけど僕の力が吸収された!なのに流の力は増えていない。僕の力はどこへ行ったんだ⁈行く先も辿れない』
「何故かはわからん。あ、思い出した。お前朝のノルマの階段5往復しかしてないだろう?家の中のことが片付いたらしろよ!」
「御免なさい、キツ過ぎて動けなくなって、その後の階段掃除も途中で終わってません」
流は顔色を変えるとブルブル震え出し、古川の前に平伏した。
「後で必ずします。許してください」
「いや、そこまでしなくても。後ですればいい。畏まりすぎ」
可笑しくなってふふっと声が出た。
「あー、なるほど、叩かれると思った?僕はお前の兄達とは違う」
流の肩を掴んで立たせた。
「ただ、自衛の為なら容赦無いから、覚えておくように」
古川の目が僅かに光った。流は焦って何度も頷き、茶碗などの洗い物が済んだら即階段へ向かった。
古川は階段に行く流に箒を持ってついて来た。
「追いつかないなら、しばらく一緒に掃除してやる。僕が居る方が大変だと思うけどね」
古川は笑顔で箒で階段を掃き出したが、流は背中に冷たいものが走るのが止められなかった。
階段の周りにちょこちょこ怪異が現れるのだ。
「古川様、どうして神社にこんなに怪異がいるの⁈」
流は箒を握りしめて動けず、掃除どころではなかった。
「流が、ちゃんと掃除しないからだ!」
古川が怪異達に手のひらを向けてやると、すーっと消えていく。
「そんな!掃除って、怪異を掃除するってこと?」
「いや、普通に、綺麗に、掃除しろよ」
「古川様の普通が分かりません!」
「察しが悪いな。階段は結界があるから掃き清めればいいんだよ。でも周りはそうじゃ無いから掃除する必要がある」
「き、昨日まで居なかったのに!」
「ちゃんと見てないからだよ!まあ、僕が居ると余計怪異が増えるんだけど」
「何故⁈」
「僕を消したい奴と僕に消されたい奴が来るから。僕を取り込みたいのもいるな、仲間だと思ったのも。面倒だから皆殺し」
「皆殺し⁈」
「ほら、早く、怪異目掛けて力を薄く手のひらから放射状に押し出してみて」
古川は箒の柄で流をつついた。
「え??」と戸惑うばかりの流に
「これ、基本だと思うけど?今までどうしてたの?」
と怖いくらい美しい笑顔を向けられた。
「僕は何も教えてもらえなくて」
「それだから力増えないんじゃない?死なない程度まで使わないと!」
「死なない程度…」
「ふふっ、はい、頑張れ」
それから毎日、古川の圧に負けて掃除をしながら「死なない程度」まで力を使い続ける羽目になった。
もちろん、階段10往復も行っている。
大抵途中で倒れている流をやむ無く古川が回収している。もちろん叩き起こして家事もやらせる。
それすら面倒くさい古川からの苦情を受けて、夕凪はしょっちゅう手伝いに行った。
今日は食材の買い出しに古川と出かけた。
「まだ耳と尻尾を直せないから外に出せないんだよ」
カートを引きながら夕凪は文句を言った。
「スパルタ過ぎじゃないですか?余力が無くなるまでこき使うなんて!」
「僕は自主性を重んじる人だよ?本人がやりたいようにやってるだけだ」
「絶対嘘だ!圧力思い切りかけてるでしょ?」
古川は曖昧な笑顔を返した。
「僕はただ、夕凪を守るだけだ。他はどうでもいい。流も足手纏いになったら即切り捨てる」
むーっと夕凪は唸ってから言った。
「じゃあ、私は流を守るから、その私を助けて下さいね」
「無茶言うね」
二人はスーパーに入っていった。
流の買い物リストに従ってあれこれ言いながら、主にお菓子を入れようとする古川を牽制しながら買い物を済ませた。
スーパーを出たところで、バッタリと観月に会った。
「あれ?如月さんも買い物?あ、神主さん!」
後ろめたい事は何もないが気まずい。
「やあ、お使いかい?キャベツ安かったよ」
「えっ何でわかったんですか?」
観月は驚いた。
「ママがお好み焼きするのにキャベツが足りないから買ってきてって。さすが神主さんすごいね!」
「もっと褒めてもいいよ」と古川が調子に乗るので夕凪は嗜めた。
「適当に言っただけだよ。キャベツで褒めないでいいから」
「それもそうか」と観月は笑い出したので夕凪も苦笑した。
「二人で食材買いに来るなんて、やっぱり仲良いじゃない」観月は夕凪を肘で突ついた。
古川はしれっと言った。
「普段は料理しないんだけど、今従兄弟が来てるから止むを得ずね」
「へー、従兄弟さんが」
「世話する人が病気で入院してしまったから、僕が預かってるんだ」
「大変ですね、神主さん、独身なのに偉いです!」
何故わざわざ流の話をあえて(嘘ばかりだが)話したのかわからなかった。
しかし。
「夕凪も手伝いたいって言ってくれて。将来の結婚生活に向けての練習になるってさ」
「もうですか!!」
夕凪は思わず咽せた。そう来る⁈
「古川さん⁈!!そんな事言った覚え無いんですけど?」
「何照れてんの?あ、内緒にして欲しかった?ごめんねー」
やられた。
でも、観月は古川の悪い冗談に気付いてるよね?祈るような気持ちで見ると、「キャー」とか言って頬を赤くしていた。
懸命な否定も温い笑顔で返されて、打ちひしがれながら別れた。
「古川さん、わざとでしょ?」
「何が?」
「観月さんと会ったの」
「良いタイミングだったね」
「キャベツは?」
「そのことで頭がいっぱいだったから言ってあげた」
「それも分かるんだ。スゴイデスネー」
神社に帰ると強制的に古川に抱き抱えられて登った。
階段上で流が待っていた。
「古川様、夕凪さん、申し訳ございません。お買い物ありがとうございました。すぐお昼ご飯作りますので、夕凪さんも食べていらして下さい」
と深く礼をした。
お手本のような綺麗できっちりした礼だった。兄達の前で繰り返し謝罪をやらされてたんだろうな、と悲しくなった。
「無理しなくていいよ!そんな謝罪要らないから。家事以外の修行第一」
夕凪は古川に抱かれているところを見られたのと、畏まった流の態度に顔を赤くした。
「家事も修行だ」古川はぶっきらぼうに言った。
「そうです。でも家事なら慣れてますから」
と流は荷物を受け取るとさっさと家の中に入った。
耳と尻尾がぴくぴくして、それも可愛いと見る度に思っているが、気持ちはバレてるようで流は決まり悪そうにする。
レタス炒飯を作ってもらい、三人で食べた。流が食べながらウトウトしだしたので早目に食べさせて横にならせると、後片付けのことを気にしながらもすぐに眠ってしまった。
夕凪が食べた皿を洗って片付けて戻ってくると、古川が流の額に手を置いて目を閉じている。
声をかけづらくて黙って見ていると、古川が口の中で何か言い、静かに手を離した。それから夕凪を見てにっこりした。
「どうしたの?」
夕凪が覗き込むと、流の閉じた目から涙が一筋伝っていた。
「流…」
「うなされそうだったから、眠りを深くした。夜もあまり寝れてないみたいだし」
「そうなんだ。知らなかった」
「僕にも何も言わないからね。まあ、嫌な夢見てるんだろうな。彼の受けた仕打ちを考えると、トラウマになるよね、確実に」
「古川さん、流をいつも眠らせてるの?」
「そうだな、夜は疲れてる割に寝付き悪いし、寝たと思ったら、うなされて悲鳴を上げたり、いつまでも謝ってる寝言もうるさいしな。こっちが寝られなくなったからね。寝てても迷惑なヤツだ」
「優しいね、古川さん」
「はあ?僕が優しいのは僕と夕凪だけだよ」
「でも、流のことを気にかけてくれてる」
「夕凪が消すなって言ったからだ。夕凪の守り手が増えるならその方がいい。男で怪異だけど上手いこと手懐けられそうだし」
「流は怪異じゃなくて神使です。手懐けるって、普通に仲良くしたらいいじゃないですか?」
「流は人間じゃない。仲良くする必要は無い。夕凪も深入りするなよ。別れが辛くなる」
「それは分かってるけど」
夕凪は寂しそうに流を見つめた。
古川さんは自分に言い聞かせてるみたいだ。
他人には冷淡だが、今まで人と深く関わってこれなかったから、どう付き合えばいいかわからないだけかも。
夕凪は古川を気遣うのだった。
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