第17話 いざ、敵地?へ
中学校は夏休みに入った。
午前中はクラブ活動、午後は神影神社、と思ってた通りの過ごし方になった。
流にとっては稲荷神社にいた頃やっていた家事手伝いの延長の修行だったが、格段に変わった。
結界に弾かれることもなく、階段の登り降りも古川並みに早くなった。同時に買い物の大量の荷物も、古川と違って結界外でも難なく運べる。
夕凪限定だった読心も他の人にもできるようになった。
古川に対しては感情が何となくわかる程度だったが、全くわからなかった最初より進歩である。
あれだけ怯えた怪異も、近くなら軽く片手で祓える。「ここに来るまでは何だったんだろう」
階段を掃除しながら、辺りにいる怪異を消し飛ばして、しみじみと流は思い返す。
力の器はいっぱいにはならないが、七分位まで自分で回復できるようになった。
稲荷神社にいた時のギリギリの力で這うように生きてきた自分が嘘のようだ。暴力に傷付けられた体を癒すのに力の大部分をを使い、その結果ろくな抵抗もできずまた殴られて、蹴られて。
無論、当時の事は流の記憶に深く残っている。
しかし、来た頃のように軽い叱責でも動けなくなったり、悪夢にうなされる事は減った。
古川の催眠の力も、よく効いていたが、最近は余りかけられてない。
古川は口調と態度は悪いが、流を決して見捨てなかった。失敗しても何度でも教えてくれた。
その上、夕凪がやいやい言ってくれるお陰でもある。
「そろそろ、いいだろう」
三人でお昼に貰い物のソーメンを啜っていると、古川が徐ろに言った。
「明日、稲荷神社で縁日が開かれる。それに紛れて敵情視察だ」
「本当に僕は行かなくていいんですか?」
「いきなり元凶とぶつかってどうするんだ。お前が行くのはまだ先だ」
夕凪が嬉しそうに流に言った。
「縁日なんて久しぶり!お店いっぱい出るの?」
「え、ええ、僕はこっそり見ただけだけど」
「一緒に楽しめないの残念だね、お土産何がいい?」
「えっ?もらえるの?本当に?じゃあ、赤くて丸い、串に刺さってる飴?みたいのとイカ焼き」
「りんご飴かな?イカ好きなんだ」
「醤油の焼けたいい匂い嗅いでただけ」
「とうもろこしもタレつけて焼くから美味しいよ!」
「うわあ、それもいいなぁ」
いつも遠くから見ているしかなかった屋台の食べ物の話に流の目が期待でキラキラしている。
「甘いのとしょっぱいの両方買ってくるよ。ヨーヨー釣りとか射的とか知ってる?体験させてあげたいな」
「よーよー?」
「少し水の入ったカラフルなゴム風船だよ。水の中に浮かべてるのを釣り上げるんだ」
「ゴム風船は人が下げてるの見たことある。へぇ、釣るのか!」
二人は古川そっちのけで屋台の食べ物や出し物で盛り上がっている。
「敵情視察なんだけど…」
古川はため息をついてソーメンをまた食べだした。
当日、夕凪は張り切って浴衣を着させてもらい、髪もひとまとめにした。
今回は夕凪の家で待ち合わせだ。歩くには遠いし、電車だと向こうの駅からかなり歩くので父親に頼んで車で送ってもらうことにしたのだ。
古川は坂木先生の浴衣を借りてきた。悔しいけどよく似合う。
「古川さん、格好いいなあ」
夕凪は素直に褒めた。
「夕凪ちゃんも浴衣がとても似合うよ。髪型で大人っぽく見えるし」
夕凪の家族の前では夕凪をちゃん付けで呼ぶことが多い。
古川のストレートな褒めにまた揶揄われているとは思ったが、それでも少し照れてしまった。
古川は運転席越しに夕凪の父親に言った。
「他所の男に声掛けられないように、しっかり見張っておきます」
「頼んだよ。古川君がいれば安心だ」
いやいや、これからする事は逆で、兄弟にできれば接触するのだから。夕凪は期待半分、不安半分で過ごした。
稲荷神社周辺は人と車で混み合っており、だいぶ手前で下ろしてもらった。
参道は屋台で埋め尽くされ、浴衣の人々が思い思いに楽しんでいる。
稲荷神社は階段がなく、鳥居を越えると奥まで真っ直ぐ道が続いており、両脇に提灯が下げられて明るかった。
「階段ないとメチャクチャ楽だなあ」
境内は表の喧騒が余り届かず、神聖な雰囲気が漂っている。
参拝した後、古川はトイレに行ってしまったので本殿の前で待っていた。
「今晩は」
突然後ろから声をかけられ、ちょっと驚いた夕凪はいつも通り気配を探った。
その途端、背中がピリッとした。
ヤバい!
後ろにいる、その気配は、流と似ている!
私と流の事を知られては駄目、平常心で振り返らなければ。平常心平常心⁈無理。
いやいや、いきなり本命が来るなんて心の準備ができない!
ただでさえ考えがバレバレになる夕凪は
『古川さーん、肝心な時いないなんて!』
と心の中で叫んでしまった。
よし、関係ない事を考えまくろう。
覚悟を決めて振り返り、確かめた。
「コンバンハ」
「お参りしてくださってありがとうございます」
背の高い男がにっこり微笑んでいる。
白い上衣に薄青い袴を着ている。切れ長の涼しげな目、すっと筋の通った高い鼻、薄い唇。髪が後ろで括られているので広い額が美しい。
ポツンとある街灯と、ぶら下がる提灯のオレンジの薄暗い灯りの中で、その男の風貌はやけにはっきり見えた。
「この後で、お店回りに、行くんです」声が喉に詰まりそうだ。
『!!もの凄い美形だ!!』心の中では絶叫していた。
「今宵はみんな店のある参道までしか来てくれなくて寂しい限りでした」
『うわ、しかも声もいい!古川さんは美少年に近いけど、この人は美青年だな』
じんわり心に染み入る声にドキドキした。
「でも、1人では不用心ですよ?」
にっこり微笑む顔も爽やかで落ち着いている。
『この人本当に?人間より怪異に近いような感じがするのは何故?やはり美し過ぎるから⁈どっちでも怖いよー古川さん早く帰ってきて』
「友達と来てるから」「それは、良かった」
夕凪は必死で流の事を考えないようにしていた。
『でも、めっちゃ格好いいよお。昼間表に出たら女性客殺到しそう』
神影神社で、古川を見てキャーキャー言う女性参拝客を思い出す。ちょっとだけムカつく。
「普段は奥でご祈祷してるので、余り人前には出ないんですけど、今夜は神社の中だけ見回りをして」
『え、勿体無い。外歩けばいい客寄せになるのに』
「ゴミ捨てられて、汚されるとイヤですよね」
考えるのが忙しすぎて言う事は適当になっていく。
「まあ、酔客は困りますが、あなたのような方は大歓迎です」
「私は興味本位で入ってきたので、不信心ですよ?」
「そうですか?では、この裏にもう一つ、稲荷神の神使の為の社があるのをご存知ですか?」
男は夕凪に一、二歩近付いて、神殿の横の道を指差した。
「そうなんですか。気づきませんでした」
「ええ、こちらです」更に少しだけ近付いた。
「はあ」夕凪はそちらへ足を踏み出した。
『古川さんと違って物欲ないのかな?ここなら狐関連の可愛いグッズ作って、この人が売り子やれば女性客は絶対全種類即買いでしょ!狐のぬいぐるみも有りかも!それ欲しい!可愛くて、しかもご祈祷付き!そして、この人の写真付ければ絶対売れる!あー儲かるのになあ』
男は夕凪に歩調を合わせながらくすくす笑った。
「あなたは他の人と違って面白いですね。なかなか興味深い人だ。色々アイデアありがとう。商売繁盛の神様が儲けていいの?」
「そうだから率先して儲けなきゃ!儲けていいに決まってる、です?」
夕凪は我に返った。
「もしかして、口に出してました?」
「僕を見て、儲かるのになあって言う人は、珍しいね」
「ぎゃー御免なさいぃ。失礼しましたー」
夕凪は恥ずかしさにパニックを起こしてその男を大回りで避けて出口に向かおうとして、敷石に足を引っ掛けた。
「危ない!」
「え、カッコ悪すぎ」バランスを取ろうとしたが無理だった。
「夕凪!」
倒れる寸前で夕凪は抱き止められた。だが勢いは止まらずその上に倒れ込んだ。
「何やってんだよ、早くどいて」
古川が夕凪の下敷きになっていた。
「ふあっ!御免なさい、え、古川さん、今頃?」
「何言ってるの、2人の世界に入って無視してた癖に」
「そんな事無いよ!」慌てて避けて立ち上がった。
「大丈夫かい?」
男が近寄ってきた。
「痛たた、肘打った」古川が立ちあがろうとして顔を顰めた。
夕凪はギョッとして古川の肘を確かめると暗がりでも左肘が擦り傷になって血が滲んでいるのが分かった。
「あー、痛そう、本当にごめんなさい」夕凪は半泣きになった。
「僕は非力なんだから頼らないでほしい」
「え?古川さんが庇ってくれたのに!不可抗力です!」
「簡単にしかできないけど、傷口洗って消毒した方がいい。社務所に行こう」
男はそっぽを向いたまま声をかけた。2人ははっと男を見て、お互いを見やった。
「夕凪、足見えてる」
「いや、古川さんの方こそ、ごめん、浴衣が」夕凪はパッと目を逸らした。
夕凪は裾が割れて足が太もも半ばから剥き出し、古川は上半身ははだけて肩に辛うじて引っかかって帯で止まっていて、下は夕凪と変わらない状態だった。
「こら、いやらしい目でこっち見るなよ」古川は慌てて襟を寄せた。
夕凪は顔を真っ赤にして
「それはこっちのセリフです!古川さんだって足ガン見してた!」と反論した。
「そりゃ、こんな機会がなきゃ足を見せてくれないから目に焼き付けないと」
「最低!」
「別に恋人同士ならいいのでは?」
2人はまた男を見た。
「まだ付き合いたてなので、お互い恥ずかしいんだ」
「…」夕凪は口を開いたが言い返すのは止めた。
2人は立ち上がって服を整えると、男に付いて社務所を訪れた。
中は雑然としていて余り掃除されてなさそうだった。
救急箱は窓の前のカウンターの上に置かれていた。
簡易キッチンがあったので、肘の傷を洗い流し、夕凪が持っていたティッシュで押さえた。
その後、救急箱のスプレーの消毒薬を傷に当てると古川が思い切り顔を顰めた。
「沁みる。余計痛い」
「ちっちゃい子みたい。はーい、痛いの痛いの飛んでけ〜」
夕凪は古川の傷口から空に向かって手を振った。
「何それ?」
「え、知らないの?痛みを逃すおまじない。有名だよ?」
「知らないし、痛いままだけど」
「神も仏も信じない人には効きませんよー」
「絆創膏がその傷の大きさだと無いな」
男は申し訳なさそうに言ったので
「そのままで大丈夫です」
と夕凪が答えた。
「何故君が答えるかな」
「お手数お掛けしました。ありがとうございました」
消毒薬を片付けて薬箱を直す男に夕凪はそう言うと、古川の反対の腕を掴んでさっさと出て行った。
「帰り道は気をつけてね」
男は笑顔だったが、その時目が一瞬光ったような気がした。
ドキッとして思わず古川の服の袂を掴んで古川を窺うと
「お土産買って行くんだろ?」
とにこやかに言っていた。
歩いているうちに次第に古川の顔は無表情になった。
「何故か夕凪をアイツは取り込もうとしてた。夕凪はアイツのテリトリーに自ら入って行こうとしてたよ?僕が助けに行く途中で、案の定夕凪は自力で術を破ってたけど。神使のくせに人をたぶらかして、どーするんだ!まるで妖狐だ。神社には全く相応しくない!」
参道を抜け屋台を物色しながら古川は恐ろしい事を言った。
「こわっ、いつの間に?用心してたよ?」りんご飴3つ。
「最初に後ろを取られた時点で、負けだ。境内に入った時に既に夕凪の力に気付かれてたみたいだ。夕凪の力はダダ漏れだから」
焼きカステラ2袋。
「それは避けようが無いでしょ!」
焼きとうもろこし3プラス2本。
「僕は背後を取ってたでしょ?」
イカ焼き3プラス2本。
「トイレじゃなかったの?」
牛肉の串焼き3プラス2本。
「来るのわかってたからね。向こうも気付いてたけど」
綿菓子2つ。
「また、私を囮に使って!あんなに堂々と会っちゃうと偵察どころでは無かったですね、私達の思惑バレてしまってる?」
あ、ヨーヨー!
「同業者とは思われただろうね。僕の力はある程度隠せるから、そんなに警戒されてないと思う」
「古川さん、器用ですね。ヨーヨーそんなに要りませんけど」
「意外と楽しい」
6個もいらない…
「あいつは長男だな。次男と三男は、今、合流した」
「えっどこっ?」
「鳥居の近くにいる、普通の服、ジーパンとTシャツ着て狐面横被りしてるのと半袖シャツで後ろに被って串焼き食ってるやつ」
「狐だけに」
「狐に似た怪異だって」
「見て、鳥居の上に狐の置物が!」
と言いながら2人を見た。
「お兄さん働いてるのに。後で交代するのかな?お兄さんほどでは無いけど顔だけはいいな、2人とも。ここの兄弟顔面偏差値と背が高〜い。そばに行ってみる?」
「今回はいい、不自然だろ?そして、夕凪」
「何ですか」
「考えなかったのは偉いが、あいつのこと褒めすぎ」
ずっと用心の為、流の名は出さない。
「意識逸らすの必死だったので。ちょっと待って?私の考えてた事、古川さんはわかってたの?じゃなくてあの人にも全て筒抜け?」
「心の中でも、あれだけ叫んでたらわかるよ」
「え、どこから本当に喋ってた?あーもうやだ」
父親に電話して迎えにきてもらうのを、お土産抱えて待つ間に、神社から充分離れて話し合った。
「夕凪は他の人より単純で分かりやすい。アイツのことよく考えなかったね」
「悪かったですね!なんて最低な能力!はあ、他の力はどうでした?私にはわからなかったんですけど」悔しい。
「力なら向こうが優勢だけど、使い方が精神系に偏ってるし、攻撃系、怪異を祓う事はやってなさそうだ」
「流は祓えるようになったよ?」
「誰も教えなかったからだよ。でも今考えると、誰も祓い方を知らなかったみたいだ」
「神使なのに⁈」
「それなんだけど、万能じゃ無いな。ここには怪異払って欲しいって人は来ないし、怪異も中には入ってこない。稲荷が全部祓ってしまうから。兄弟は人の心からの願いを誘導して察して神に伝えてるのと、身の回りの世話がメイン?暇だったから流に暴力振るってたのか」
「それなんだけど、ねえ、あそこにお稲荷さんって居た?」
「どうして、そう思うの?」
「あんなに神様のそばに居るのに、長男さん、怪異みたいな雰囲気が」
「禍々しい気?」
「そこ迄はないけど、神聖な雰囲気は無かった」
「そうだな、神使は三人もいる割に強い気配が無かったな。外出中?ぽい」
「外出中??」
「長男は夕凪には油断して、素が出たんだろ。僕が現れて僕のお手付きだとわかったら、明らかにアイツの気が引いたんだ」
「お手付きじゃないし」
「大体そうじゃないか」
「ち、が、い、ま、す!」
「お土産持つよ」
古川は夕凪が持っていた食べ物を入れたビニール買い物袋を全部引ったくった。
「三つあるから、一つは持つよ」
夕凪が手を出そうとした時、後ろからクラクションが短かく鳴った。
父親の車が横にやってきた。
「いやあ、夕凪が世話になったね。あれ?夕凪のお土産まで持たせちゃってすまない」
「え?」
「いえ、大丈夫!流の分もありますし」
見せつける為にわざわざ持ったのか!夕凪は呆れてものも言えなかった。
神社まで送ってもらって、家用の食べ物を渡すと神社の階段の前で流が待っていた。
「お帰りなさい」流は嬉しさ半分、心配を半分みたいな表情をしていた。
「いっぱい買ってきたよ。早く食べよ」
夕凪は安心させるようににっこり笑った。
古川が流に持って帰ったお土産を渡し、夕凪を抱えると階段を登っていった。
夕凪が後ろを覗くと、流もちゃんと付いてきていた。
「兄の匂いが微かにします。大丈夫でした?」
古川と流は焼きとうもろこしを食べ始めた。
「長男さん?にすぐ見つかってちょっと、やばかったけど、流の事はバレなかったよ」
「僕の事より夕凪さんが無事で良かったです」
「当たり前だ、僕がいるのに」
古川がニコニコしながらとうもろこしを齧っていた。彼も、屋台の食べ物はあまり食べた事ないらしい。
「一番上の兄は気配に敏感なんです。境内や参道なら僕や他の兄達の居場所は完全に把握してました」
「先に言えよ。分かってたけど、それじゃ大した事ないな。術も夕凪にさえ効かなかったし」
「夕凪さん、凄いですね!」
「何だか分からないうちに、破ってたみたい」
夕凪はペロっと舌を出した。
「お兄さん達、もの凄い美形揃いだね!ビックリしたよ!流を苛める奴らだから、陰険な不細工な顔を想像してた。美形といっても流と全然似てないし。気配は一緒だったけど、もっと鋭いし、やな感じだった」
「僕は兄達と年が100年以上離れてるからかな」
夕凪は串焼きを齧っていたが、危うく肉を落としかけた。
「やだ、流、年幾つ?」
「26です」
「え〜まさかの全然年上⁈何でそんなに小っちゃいの?あ、御免なさい」
「成長を押さえつけられていたんだろ?」
「今考えると、そうだったのでしょう。消す気満々だったのか」
流は自嘲した。
「今はだいぶ戻ってるから、もっと大きくなれる」
「「えっ」」
夕凪は目をキラキラさせて流を見た。
「見たい見たい!やってやって!」
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