第14話 古川の帰還
夜、夕凪の携帯に見知らぬ携帯電話番号から着信があった。
いつもは出ないのだが、これは誰か確信があった。
「夕凪?古川だけど異常なかったかい?」
やっぱり!
「久しぶりですね、古川さん!心配してたんですよ?私の方は何も無かったよ」
「心配してくれてたんだ、嬉しいな。ちょっと出稼ぎしに行ってたんだ。儲かったから焼き肉食べに行かない?携帯取り戻したからこの番号登録しといてね。週末でいい?」
「うん!行く行く!珍しいな古川さんが奢ってくれるなんて。ん?初めてじゃない?ホントに?またまた冗談ですか?」
「ひどいな夕凪〜僕も偶には本当の事を言うよ」
「それ、逆にして。普段がたかり魔ですから!」
それより、と夕凪は村雨の兄のことを話した。
ふふっと古川は笑った。
「偶然だね。それなら、思い当たる事がある。まだ生きてたんだ」
「生きてた?古川さん、その人知ってるの?」
「何となくね。ちょうど片付いたから、その人の元へ連れて行って。直ぐに目覚めさせてやる」
「一体どう言う事なんですか⁈」
夕凪は何がどうなったのかわからない。
「聞きたい?」と思わせ振りに古川に尋ねられた。
「うっ」聞きたい。
「なら、うちにおいで?あ、そうだ!お茶切れちゃったんだ」
「…奢ってくれるならお茶位買って下さい」
「あれ、美味しいんだよね」
連絡を入れたら村雨は直ぐに誘いに来た。
三人で連れ立って兄の入院先へ行った。
彼は眠っていた。頬が欠けて、青白い顔色だ。
母親も来ていて彼の横に置かれた椅子に疲れた様子で座って兄を見ていた。
彼女は夕凪達に
「お見舞いありがとう」と目を潤ませて言った。
例によって古川が神職の格好をしていたので驚いていた。
彼は優雅にお辞儀した。
「神影神社の坂木さんの代理の神主をしています古川祥一郎と申します。お子さんの言う『隣の人』と僕も関わっていて、お子さんとも少々訳有りなんです。近くでお兄さんを観させてもらってもいいですか?」
古川が柔和に微笑むと母親は「隣の人…」と不安そうに村雨を見たが、真剣に頷いたので場所を変わった。
古川は兄の側に来ると横たわる彼の身体の上を見つめた。
「夕凪、わかる?」目を逸らさずに言った。
自分に尋ねられると思ってなかったので「えっ?」と思わず声を出してしまい、気まずくて口を手で塞いで近付いた。
「ここから上」古川が彼の胸から上を指差す。
夕凪は目を凝らすと、薄く白いビニールテープのようなモノが兄の胸から出ているようだ。
「なんか、ペラペラの白い紐みたいなのが生えてます」夕凪は言いようがなく見たままだ。
古川が30cm位上を指したところで消えている。
「ここから力が抜けていってるね」
そう言うと、村雨親子も見たが、わからないようだ。
「ちょっと手伝って?」古川がニッコリ笑って夕凪の手を掴んだ。
「え、何ですか?怖いこと?」
夕凪はビクビクしながら掴まれた手を引いたが全く動かない。
「全然怖くないよ」のんびりと言った。
「僕が合図したら、彼の胸スレスレにこの紐切って」
「どうやって⁈」
「こう」古川は右手を揃えて水平に払った。「力を込めて手刀で叩き切る」
「そしたら、どうなるの?」
「切って穴が空いたところから、僕が直接力を注ぎ込んで、即閉じる」
「なるほど」
夕凪はいつもの事で、今回は本当に怖くなさそうなので引き受けた。
しかし、二人の会話に付いていけない村雨親子は様子を伺っていたがオロオロするばかりだ。
「いいですか?」
古川は二人の方を見て微笑んだ。
「本当は本人の許可が欲しいんですけどこの状態なのであなたに伺います。彼は『隣の人』と繋がされてずっと力を吸い取られてたので、生命力が弱ってて深く眠ってしまっているのです。繋がりは切ったんですが、切った先からまだ漏れてます。それで、夕凪にも手伝ってもらって、息子さんに僕の力を入れて、塞ぎます。そして強制的に目覚めさせます。外からなので少し無理矢理、荒っぽいですけど。どうします?やってみてもいいですか?駄目なら何もしません」
少し間が空いたが母親が我に返り
「お願いします。助けてください」
と半ば叫ぶように言うと頭を下げた。
「では、引き受けました」
ちゃんと許可をもらって満足そうに微笑んだ。
すると古川は肘を曲げて右手のひらを上に向けて閉じたり開いたりし始めた。
夕凪はその様子に冷や汗が出た。
「古川さん、それ前私にやった痛い力の入れ方では?」
無理に力を入れられた時を思い出してしまった。軽くトラウマになっている。
「そうだよ。でも今回は一瞬だけど穴を開けるから通り道がある。そんなに痛くないと思うよ」
ふふっと笑った。
「目覚めさせるんだから多少の痛みはいいんだよ」
「多少じゃないめっちゃ痛いんだって…あざになったのに」ボソボソ文句を言った。
「よし!やるぞ!」
古川はスルーして言った。
「!はい!」仕方なく返事した。
「切って!」
言われた通り夕凪は力を込めて切るように手を亮一の胸の上で真横に払った。
その後直ぐに古川は亮一の胸の上にダン!と音がするぐらい右手のひらを勢いよく付けると、更に彼の上半身が沈むくらい真下に押した。
とても古川のか細い腕からの力とは思えない。
「うっっ」
亮一は呻いて頭を少し起こした。
古川は構わずそのままぐりぐり手を擦り付ける。
「い、痛たたたっ」亮一はカッと目を開いて苦痛に顔を歪めた。
古川が手を離して後ろに下がると、彼は胸を擦りながら起き上がった。
「亮一!」「お兄ちゃん!」
兄はハアハア息を荒げていたが、駆け寄って来た村雨達を見て驚いていた。
「どうしたんだ、二人とも。あれ?ここ何処?」
「病院だよ!お兄ちゃん訳わかんないこと言って倒れて入院してるんだよ」
「いもしない人の話をして、げっそりやつれて、どれだけ心配したか!」
「入院してからも意識戻らないし、どうしたらいいのかわかんなくて家族みんなで心配してたんだからー」
村雨親子は口々に言って泣きながら縋りついた。
「そんな、ごめんよ、母さん、涼子、でも俺なんで?」
騒いでると看護師さんが来て、驚いて先生を呼びに行った。
問診しに来た先生も、すっかり元気に受け答えする兄に首を傾げるばかりだった。
痩せてしまったが食事ができるなら、と栄養剤を幾つか処方してもらって明日退院することになった。
「信じられない」母親は兄の手をぎゅっと握ったままだ。
帰るタイミングを失ってしまった夕凪は兄と古川さんを交互に見ていた。古川は静かに微笑んでいる。
やっと、兄が後ろに下がっていた古川と夕凪も見えたのか
「誰?この人達?」と尋ねた。
「あ、そうだ!」村雨は慌てて二人を引っ張って連れて来た。
「この二人がお兄ちゃんを助けてくれたの!私と同じクラスの如月さんと神影神社の」
「ボーイフレンドの古川です」
しれっと言われた。
「えっ、やっぱり付き合ってたんだ」村雨が驚いて言った。
「違うし!冗談だから!古川さんは神影神社の神主。あえて言うなら、私は強制的に彼の弟子でたまに巫女やらされてます。それだけです』
夕凪は顔を真っ赤にして訂正した。こんなところでぶっ込んでくるとは思ってもいず、油断してた。
「なんでこんな時に冗談言うかな」
古川は涼しい顔で言った。
「神主代理だけどね。後、独自に退魔師やってます。今回は怪異では無いのと、個人的理由なので祈祷料は半額」
「私の友達のお兄さんなので要りません!」夕凪は大慌てで遮った。
「ふふふ、まあ、いいけど?夕凪とは今は友達だけど、もうすぐ…」
「古川さん、今回もありがとう!帰りましょ!親子水入らずで話したいでしょうから!」再び遮った。
どうせロクでもないこと言うと思って構えててよかった。
「…そうだね、帰ろうか」ニコッとして古川は夕凪の腕を掴んだ。目が一瞬煌めいた。
うわっ、目が怖いよ古川さん!
「古川さん、本当にありがとうございました。如月さん、ありがとう!」「後でお礼に伺います」「すみません、俺なんかにわざわざ来て貰って」
三人からお礼を言われ続け、ついに居た堪れなくて古川さんを押して病室から出た。
古川は得意気に言った。
「さっきの見た?夕凪以外だと力が反発して、中に殆ど入らない。穴開けてもちょっと入っただけであの反応。中に少しでも入れば元気にはさせられるけどね。夕凪だけだよ?僕をスムーズに全て受け入れてくれるの」
「わかりましたけど、その言い方なんかイヤ!」
「相性大事だよ。お兄さん格好良い男だったけど、駄目だ、あんな奴に直ぐ取り憑かれた軟弱者」
「お兄さんは病人だし、今日初めて会ったのに酷い言われようだ」
「彼の言う『隣の人』は水津久って言う神祇一統会の信者で僕の友達だった。知らない間にあいつ何人も男作っていて、みんなから力を吸い取って自分と拓巳のにしてたんだ。もう、止めてやったから大丈夫」
「隣の人、実在する人間だったんだ。しかも相手が男の人オンリーとは」
「女の人は弱いから?彼の趣味かな、わからないよ」
夕凪は心配そうに言った。
「古川さんも吸われてた?」
「僕はそんな間抜けじゃない。それに前に僕が居る時はそんな能力なかった」
古川は夕凪の頭を撫でた。
病院を出るとタクシーが待っていたのでそのまま乗り込んで夕凪の家の住所を告げた。
「ホームページに載ってた写真に古川さんが写ってたんだ。それを見てたら急に古川さんの気配がして、古川さんが手をこっちに伸ばしてきたような気がして、私も手を伸ばしたら掴めた、みたいな」
古川はニッコリ笑って「ああ、夕凪に僕の力が残ってるか心配になって探ってたんだ。それかな?」
「そうかも!空想じゃ無かったんだ。よかった」
「でも、もう力が残ってない。手刀一回で僕の分まで無くなるとは。力入れ過ぎ」
「加減なんかわかる訳ないでしょ?必死だったし!」
古川が夕凪の右手を両手で包み込むようにしてすりすり撫で始めたので引き抜こうとしたが駄目だった。
「それもまたゆっくり教えてあげるよ」
「いえ、必要ないです。私は今でもやり過ぎてると思うので!」
「僕に至福の時間を与えたまえ」
「いや、私はそう言う対象とは違います」
「ホント?」
古川は手を引き寄せると自分の手越しに口付けた。そのままうっとりと夕凪を見る古川に冷や汗が出て思い切り引いてしまった。
何だろう?無駄にエロい技が増えている。
「ここ、タクシーの中なんですけど⁈)
「じゃあ、家ならいい?」
「何処でも嫌です!」
古川が残念そうに手を開いたので急いで戻し、話題を変えた。
「古川さん、宗教にはまってたんですね。意外」
「僕じゃない。前任者だよ」
「前任者も古川祥一郎でしょ?」
「中身は違う。前任者は精神的に弱かったからね。僕は強いし、役に立たない神や仏はまったく信じちゃいない」
「その格好で言うなんて」
二人は押し黙り、そのまま夕凪の家まで来た。
古川も夕凪と一緒に降りた。
「ご飯食べてくんですか?」
「今日はいいよ」
珍しいなと思って夕凪は彼を見上げた。
古川はため息をついた。
「過去に何度も神や仏に願ったよ。修行とやらもいっぱいした。此処で死ぬまで生きたいって必死に祈った。でも何も応えてくれなかった。僕がこうなってるのは神罰?仏罰?何の?もう、何者も信じないし頼らない。だから、たまたま起こる、一つの事象だと思うことにした。僕だけに反応する何かの力。ここ何十年はそうやって諦めてきたんだ」
家に着いて、夕凪がタクシー代を払い、2人とも降りた。
「ごめんなさい。古川さんの気持ちも知らないで」
夕凪は俯いた。
「いや、こちらこそ。気にしないで。ちょっと長年の愚痴を誰かに言ってみたかったんだ。ずっと人とは深く関わらなかったから、僕の人への言い方に難ありってとこ。悪かった」
古川は決まり悪そうに微笑んだ。
「じゃあ、この後は抱きしめたらいい?」
「へ?」
夕凪は顔を上げて手を広げると古川の胸に飛び込んで背中に手を回した。
「次の世界に行くまで愚痴でも何でも聞くよ。抱っこくらいなら許してあげます。過激なのはダメですけど」
「夕凪…」
「少しは寂しくないでしょ?」
古川も夕凪をそっと抱きしめた。
「そうだね。僕は寂しがりで甘えん坊で勝手な奴だよ?」
「知ってます。」
夕凪は身体を離した。
「今日はわざわざありがとう。帰るね」
さっと後ろを向いて玄関から家の中へ入っていった。
『行動が読めないなぁ』
見送ってから古川も神社へ向かってすたすた歩き出した。
『でも僕みたいなのには過分に優しい子だ』
それにつけ込む僕であるこの古川はどこまでも自分勝手だな。
「はあ〜、駄目だと思うのに、つい甘やかしてしまうなあ」夕凪は枕に顔を埋めて一人反省会をした。
後日二人は焼肉を堪能した。
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