第13話 決別
会場は重々しい雰囲気で包まれていた。
奥に祭壇が有り、前に依頼者が、後ろに信者達が行儀良く正座して並んでいた。
事前に古川は部屋で白い上衣と赤い袴を渡されて、「赤は嫌だ」と散々文句を言ったが、これしか無いと強引に押し付けられた。
すぐ帰るつもりだったので、自分の斎服を持ってこなかったから仕方なくそれを着た。
従って始まる前から既に不機嫌だ。こんな邪念のある依代っているんだろうか?
水津久のことが無ければ引き受けるつもりはさらさら無かったが、あれは駄目だ。
本来の目的は、前の古川祥一郎を知るためで、その上に自分を絶対に連れ戻さない為の駄目出しをしにきた。
拓巳の事は場合により排除しようとは思うが、古川が強大になったとは言え、雲泥の差があった自分の力で対抗できるか分からない。これ以上関わりたくないのが本音だ。
拓巳亡き後の信者の始末も面倒だ。盲目的信心を覚ますと良いのだが、そこまで面倒見る気は全く無い。
だからと放置して向こうからやってくるのは困る。
特に水津久は拓巳に洗脳されているし、恋情も持ち、精神的に全依存しているから引き離すのも困難だ。
だが彼がこのまま他人の精神を操って勝手に力や生気を引き出して、自分のモノにしているのは看過できない。
夕凪に一週間と言ったが、もうしばらくこちらの様子を見た方がいい。夕凪に入れてきた力がいつまで持つか未知数だ。なんせ夕凪しかできた事がない。ここからだと夕凪の位置は遠すぎて掴めない。
集中を高めて探ったら何となく繋がっているような感じはするので、まだ残ってはいるようだ。
夕凪、少しは寂しがってくれるかな?無いだろうな。
顔を思い出そうとすれば、いつも半泣きで涙が溢れないように大きな目を更に開いて歯を食いしばっている時が一番浮かぶ。
自分と関わる時は大抵そういう目に遭わせているせいだけど。
S気質が揺らされて、もう少しで笑いそうになり必死で口を引き締めた。
古川は依頼者とは目を合わさず、奥の祭壇の前の三段になった舞台の下の正座用の木の椅子に座った。
長時間になる時があるので普段あまり正座をしない古川は足が痺れてしまうので用意してもらっている。
依頼者の正面に座るが、目を閉じて見ないようにしている。そうしろと言われたからだ。
一々細かい。
神秘性を増したいのだろうか?
古川が座ってから5分位経って、拓巳が現れた。
神主と同じ浄衣姿で台の下で控えていた下代理の役職の信者がお祓い棒をうやうやしく渡す。
上代理は今の所いない。その上が代表の拓巳。
古川は上代理を打診されて追い返した。
来た三人のうち黒沼に二人やったので、返したのは一人だけだ。
この施設を出る時に三人を故意ではないが怪異に喰わせたので、この施設からは五人も居なくなっている。
古川にとっては通常で、何の感慨も無いが、誰もそれを言ってこないのも不思議だ。
等取り止めもなく考えていたら始まっていた。
拓巳は古川の真後ろでお祓い棒を厳かに振った。
再度、拓巳に依頼の内容を話す顧客。
この前死んだ母親が、度々現れて恨めしそうに己を見る。口は動いているのだが、何を言っているか分からない。
遺産相続で遺言が無く、四人の兄弟で揉めているので、それを怒っているのに違いない。
家の権利書が見つからないのでそれもわかれば、と口籠る。
古川は途中まで聞いてなくて、最後は弁護士行けよ、と心の中で突っ込んでいた。
拓巳は頷いてお払い棒を下代理に渡し、祝詞を唱え始めた。
これは振りで、なんの意味も無く、実際は古川が霊と一体化して観て聴いて答える。少なくとも前はそうだった。
今回は顔を上げて依頼者の周辺を観る。
『なんか、いっぱいいる』
母親が連れて来たのや、自分に惹かれてやって来た怪異がひしめいている。
何処に母親が居るのか分からないので、これは明らかに雑魚だろうと辺りをつけて消していく。
本当は一辺にやった方が早いのだが、母親も一緒に消えてしまう。
『何やってる?』拓巳が祝詞を止めて、右手をあちこち向ける古川に尋ねた。
「怪異が集まって来て、母親の霊がどれかわかりません。関係無いのを消してます」
ひそひそと会話する。
『そんな事簡単にできるのか』
「真後ろにいるぞ」拓巳が指差すと依頼者は悲鳴を上げて立ち上がって飛び退いた。
「そうですか、五月蝿くて声が聴こえない」
かまわずガンガン消していくと、後ろにいた老婆が見え、その顔がどんどん険しくなる。
「彼女が怪異を引き寄せてるようです」
古川から言われたことをそのまま依頼者に伝える。
「あなたの頭を齧ってるところ。『お前も早く死んでしまえ』」
古川はわざとしゃがれ声で言った。内容は大雑把で取り憑かれたわけでは無いので、話していることをさも本人が言ってるようにする。
前は本当に取り憑かれて、拓巳に聞かれたことを答えるだけだった。
「痛い痛い、母さん、酷いよ、俺、最後まで面倒看ただろ?」
依頼者は頭を掻きむしって叫んだ。
『病院で誰も滅多に来てくれなかった。みんな来たら金の無心ばかりで、遺産なんかもうない!残り全部寄付してやった!家も売った!ザマアミロ』
依頼者が呆然としたところで、古川は素の声に戻って
「いや、怖いお母さんだな」と言った。
「悪霊より怖い。親孝行と諦めて、頭から喰われろ」
「祥一郎!」
後ろから頭を掴まれ、意識を揺さぶられた。
「調子に乗り過ぎだ」
『コイツ、こんな事できたんだ』
古川の集中がとぎれ、怪異達が拓巳と古川から遠ざかると、古川に母親の霊がやって来て入り込んだ。
『他の兄弟は皆呪ってやる。お前はそれを伝えろ』
クラクラしてた古川が意識をまとめ、母親を追い出した。
「何するんだ、自分の子だろう?おまえの育て方が悪かっただけだ!もう消えろ!」
もうこれ以上話は聞けないと判断して、手を払うと怪異と母親は纏めて消えた。
「全部消してしまったのか?お前一人で?」
「代表様のお陰で、母親様は成仏しました。操っていた怪異は私がお力を借りて消しました」
古川は先程と打って変わってしおらしくお辞儀をして答えた。
依頼者は呆然とへたりこんでいたが、古川の言葉でハッと頭に手をやった。
「頭の痛みが、消えた。息苦しさも、重たい感じも」
全部消してやったからな。怪異までうぞうぞ引き連れてくんじゃねーよ!
「残念ながら、それ以上のことは聞き出せなかった。取り敢えず命の危険は無くなった」拓巳は静かに告げた。
古川は促されて立ち上がり、拓巳と共に退場した。
二人きりになった途端拓巳は古川の襟を掴み、自分の方へ引き寄せた。
「何?」
「つけ上がるな。勝手な事ばかりして。家の権利書の在処は聞いたのか?」
「100万」
古川は物理的な力には敵わないので抵抗はしなかったが態度は相変わらずふてぶてしかった。
「100万で教えてあげる」
「なんだ、と?」
「家の価値は1億円以上だろ?他にもマンションが幾つか有るし。百万なんてお前の祈祷料より遥かに安い安い」
「何故全てを知っている?」
「
古川は目を見開いて口の端を三日月の様に釣り上げた。
「あなたの手柄にしてあげてもいいけど、金額は譲れないな」
「本当にせびるつもりか?」
「相手方に言って?僕が行くからカネを用意しとけって。嫌ならそれまでだ」
拓巳はゆっくりと手を離すと掴んでいた襟を整えた。
古川は「どうも」と満足気に言った。
「変わったな、祥一郎。本当に以前と別人だな」
「ここの記憶はあまり無いけど僕は古川祥一郎に間違いないよ?ただ、今僕に必要なのは拓巳ではなくお金だけで、他はもう要らない。僕はもう飼えないぞ。邪魔するなら人でも怪異でも消す事ができるようになったからな。可哀想な古川祥一郎はいなくなったのさ」
古川は無表情になると
「僕の協力は金次第だよ。部屋にいるから連絡頂戴。水津久がまた倒れてるから見てくるよ」
と彼の元を去った。
部屋へ戻ると水津久が布団に寝かされていた。
古川は横に座ると、早速手を伸ばして水津久の中を探った。
すると、魂を繋ぐ紐が幾つも伸ばされて身体から出てきているが、そのまま止まっており、誰とも繋いでいないことがわかる。
紐は魂の一部を撚り合わせて作られていて、心身ともにダメージを与え続けている。
『切るか、押し戻すか』うーん、と少し考えたが、取り敢えず切ることにした。
紐は付けられたように見えてきたからだ。
「てぇい!」手に力を入れて刃物のイメージで紐を切った。声は要らないけど何となく出してみた。
切った紐は霧散したが水津久の反応は無かった。
手を彼の額に押し付ける。
「水津久、ごめんな。僕が逃げたせいでお前に負担をかけてしまった。でも、他人を引き込むな。洗脳は解いてやる。でも、お前が洗脳だけであいつに従ってたんじゃないから、あいつへの気持ちはそのままだ。後は勝手にしろ」
しばらくそのままでいて、その後横に倒れ込んだ。
色々力を使ったので疲れた。
「ご飯くるまで寝とこう」
直ぐに寝てしまった。
夕飯がやって来て起こされ、同時に封書を渡された。
古川の要求を呑むという内容だった。
ニンマリ笑うと、水津久を叩き起こした。
「ご飯だぞ、起きろ!」
彼は目を覚ましてゆっくり起き上がった。
「もうちょっと優しく起こせよ!強引だなあ、全く」
水津久は少し頭を押さえたが、不思議そうに上機嫌な古川を見て少し笑った。
二人は黙って夕食を食べた。
食後にお茶を飲んでいると、水津久が言った。
「俺の紐切ったな」
「お前のじゃないだろ?無理矢理くっつけてあったんだ。切れるの当たり前だ」
「そうか、あの方か」
「そうそう。僕はあんな奴のいう事に従う水津久の気が知れん。お前の気持ちに付け込んでやる事は利用しているだけで愛情じゃないだろう?本当に好きなら相手を尊重するもんだ」
「そうかもな」
「そうだ!お前はもっと自分を大事にしろ。拓巳のそばに居続けたいのならな」
古川はそれから数日水津久の体調を整える為に滞在し、100万円の報酬を手に入れた。
携帯と財布も取り返し、最後に拓巳の部屋へ行った。
「もう、此処には来ない。もし手に負えない怪異が出たら、値段によっては引き受けてもいい。依代はやらないが、サービスでお前の手柄にしてやる」
「此処から出る事は許可できない」拓巳は言い放った。
「何言ってんだ」
古川は、せせら笑った。
「施錠されている。外には下代理達がいる」
「じゃあ、あんたを人質にするけど?」
「それは無理だ。私に催眠は効かない。それに君は非力だ」
「そうでした。面倒臭いな。やっぱり一人で出てくよ」
古川はカバンから紙を出した。
「黒沼!」
紙の真ん中に書かれた黒丸から黒沼が飛び出てきた。
「帰ろう。あいつが待ってるぞ」
黒沼は房を振りながら古川の周りを飛び回っていたが、「おい!」と古川が、少し大きな声で嗜めると大人しく床に張り付いた。
「何だ、それは」拓巳は驚いて身体が固まったように動かない。
「黒沼って言ったろ!神社に来た下代理二人を呑み込ませて一人追い返したのはコイツ。僕専用ゴミ処理器だ」
「二人?聞いてないぞ」
「あんた、信用ないんだな。お前も食わせてやってもいいんだぞ?水津久に悪いから止めといてやる。という訳で帰る。二度と僕を捕まえようと考えるな。邪魔しなければ何もしない。今の所はな」
無造作に黒沼の上に足を踏み出した。
シュッと古川が中に落ちていった。
「祥一郎!」
古川は一階の玄関に出てきた。靴を忘れていた。
下駄箱のたくさんある中から、やっと探し出し、再び側に居た黒沼に入った。
次に出ると建物から少し離れた雑木林の近くだった。
追手が来ている様子はない。古川の初動が早かったからだろう。
本当はなるべく早く離れるべきだが、走るのは苦手なので背後を警戒しながら移動した。
黒沼を多用すると、古川の力を吸い過ぎて悪ふざけするので避けたい。
黒沼を縛ってバッグに入れると反対の方向、神影神社へと歩き始めた。
「結果良ければ全て良し」
臨時収入にホクホクしながら歩く。
「夕凪に何か奢ってやろうかな。焼肉とか?最近食べてないし。帰ったら即電話しよう」
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