第8話 進む被害

次の日、観月から、具合が悪いので休むと連絡があった。

昨日の事があったので気にはなったが、寄って行く時間も無く、一人で登校した。


自分の机に来ると、すでに前にいた加賀谷紀利かがや・きりが、おはようと言って話しかけてきた。

気さくな男子で、小学校が一緒なのでお互い何となく知っていたが、前後の席同士になって話す様になった。


「今日、中谷なかやん休みだってさ」担任の名だ。

「じゃあ、数学自習?ラッキー」

夕凪は単純に喜んだ。

「代わりに誰か来るんじゃね?」

「せっかくの非日常感が一瞬で台無し」

「何だよそれ?しかも、体育の上代かみしろも」

「やたっ!最初に走らされるの嫌だから嬉しいって、今日授業無いし」

「上代は2、3日前からだって」

「明日の体育まで休んでくれないかな、お願い先生身体労わって」

夕凪は手を組んで祈る様なポーズまでした。

「でも、加賀谷君よく知ってるね」

「俺、日直で職員室行ったからな。他にも休んでる先生居たみたいで先生達授業の調整が〜とか言って焦ってた」


「4月始まっていきなりかあ。そりゃ困るよね。そう言えば観月さんもお休みなんだ」


「いつも一緒にいる女子か」

「そうそう、最近仲良くなって一緒に登下校してる。途中までだけど」

そうか、と加賀谷はその後あー、えー、とか言い出した。

「どうしたの?」様子が変わった加賀谷に戸惑った。


「この前、だいぶ前だけど、俺も行き帰り同じ方面だから、声掛けただろ?」

「えー?そうだっけ?」

夕凪はギクっとなって、あまり覚えてない風を装う。

「校門で急に神主みたいな男が現れて、如月を拉致ってたけど大丈夫だったか?」


やっぱり覚えてたか。拉致って。確かに無理矢理連れてったから拉致と言えばそうか、と今頃気付いた。

「大丈夫に決まってるよ。悪い人じゃ、無いよ。ちょーっとお世話になってただけ」

「それなら、よかった」加賀谷はホッとした表情だった。

夕凪は朝から変な汗をかいてしまった。また、恋人とか聞かれたら発狂しそうだった。


「それで、帰り観月の家寄るの?」

「どうしようかな?具合悪い時に行ったら迷惑かもって」

「配るプリントあるからさ、持って行った方がいいかも」加賀谷が指差した先の担任の机の上に3種類のプリントの束が見えた。


「私に持ってけと?いいよ」

「俺も一緒に付いてってやろうか?」加賀谷は勢いよく言った。

「何で?別にいいよ」変なテンションにちょっと引いた。

「一応学級委員だし。帰り道一緒だから、ついでに」

「今から内申の点数稼ぎか。そうだね、わかるよ。」

「そんなんじゃ、いや、そうそう!良いだろ?」また勢いよく言った

「いいよ、別に。お邪魔虫いないし」

「お邪魔虫って神主のことか?」

「そうそう」

「そりゃ、いいや」加賀谷は上機嫌になった。


数学の自習に出た課題が終わらなくて宿題となってしまい、夕凪一人憂鬱な放課後。

担任が休みだったので学年主任の先生に許可を貰って、夕凪と加賀谷は連れ立って校門を出た。


加賀谷は周囲をキョロキョロしているので

「大丈夫だよ、今日古川さんお仕事でいないから」

と声をかけた。

「そうなんだ」彼は明らかに挙動不審だった。

「じゃあ、行こうぜ」


今日夕凪は後ろの子と加賀谷で課題をやろうとしてたが、二人揃って神社の事を聞くので、つい話し込んでしまい、進まなかったのだ。

しかも、2人は課題を済ませていた

それをグツグツ言ってたら神社が見えてきた。


神社の手前を曲がろうとして、鳥居から出てくる古川が見えた。

お互い少しの間固まったが、夕凪の方が早く復活して彼に軽く手を振り、加賀谷の腕を掴んで素早く角を曲がった。


「おい、いいのか?」

加賀谷は焦って夕凪と掴まれた腕を交互に見た。

「いいのいいの!喋ってたら遅くなるし、できるだけ関わらないほうが」腕を掴んだまま強引に早足で歩き出した。


「じゃあ、話しながら歩こう」「えっ?」

夕凪が肩をすくめて振り返ると、少し息を切らした古川が後ろにいた。驚いて手を離した。

「君が加賀谷紀利?学級委員て大変だね、わざわざ、休んだ観月のためにプリント届けなくちゃならないなんて」

「なんで、知ってるんだ?」

「知らない」

加賀谷は驚いて夕凪の顔を見たので、夕凪は古川を睨みつけた。

「個人情報をペラペラ喋んないで下さい」

「夕凪に関する事は全てわかるんだよ」と微笑んでいる。

「それで、何か用ですか」諦めてため息を吐いて言った。


「明後日の夜6時から空けといて。君らの中学校行くから」

「はあ?」

「足止まってるよ、早く行くんでしょ?」

と古川は後ろから2人の肩を3回叩いた。

音がする位強い力だ。

「痛ててて」2人は思わず傾いだ。

「力強すぎ!」

「そう?気にしないで」


踏切の前まで来た。

「今どうですか?」夕凪は古川に尋ねた。

「どっちもいないね」なぜか加賀谷の方を向いて言った。

「何の事だ?」加賀谷は顔を少し顰めて古川を見た。

古川は男にしては身長が低くて165センチくらいしかないので、2人はほぼ変わらない。

「此処に観月だけ透明の壁ができる時があって」

夕凪は横から口を出した。なんかやりにくい。

「それ、怪奇現象?」

「だから調べてる。古川さんに協力頼んで」

三人は何事も無く踏切を渡った。


3人が観月の家に着いて、夕凪は玄関のチャイムを鳴らした。

「はい」

と小さな声がした。

「如月です!加賀谷と古川さんも着いて来ちゃったけど」

「え、え、本当?ちょっと待ってね」観月の声が大きくなった。

「急がなくて大丈夫だよ」

少し間を置いて、玄関ドアが開いた。


「ごめんね、わざわざ、加賀谷君まで」

「一応俺、学級委員だし」

観月は更に夕凪の横にいる古川を見て更に驚いた。

「神主さんまで!」

「彼はたまたま会って付いてきた。予定外」

夕凪は平坦に言った。

事情を知ってる観月は少し笑って

「夕べ37.5度の熱が出たんだ。今朝には下がってたんだけど念のためって休まされて。元気なのに」

「そうなんだ、良かった!ついでにプリント届けに来たんだ」

チラリと夕凪が加賀谷を見ると、彼は慌ててカバンからプリントを出した。


「昨日何かあった?」でしょ?古川は夕凪と観月を見比べた。

「お地蔵さんにお参りしたら、壁が出なかったんだ」

「それだけ?」じゃないよね?

言った方がいいのだろうか?でも、古川はわかっていそうだった。


古川の張り付いた微笑に夕凪はタジタジになった。

「観月さん、こっちにおいで」

彼は観月を手招きした。

彼女は興味津々でやって来た。

2人も同じ目を向けている。

「失礼、背中触るよ。ちょっと、破れてる」

古川は言うと観月の背中の上を上下くるくると円を描くように撫でる仕草をした。

「破れてる?」観月は背中を逸らした。

「地蔵が無理矢理引きちぎったから、幽体が破れて体調が悪くなったんだよ」


「「「引きちぎるって何を⁈」」」


三人は叫んだ。

「ふふふ、ハモってるよ、仲良いね」

「違います!古川さんが変な事ばっかり言うから!あ、観月さんとは仲良くなったよ」

夕凪が言うと

「俺も入れてくれよ」と加賀谷が文句を言った。

「まあ、まあ、男女間では、お互いの距離感に差が出るからね」

古川は彼を嗜めた。

「18歳の癖に悟り過ぎ」夕凪は古川に文句を言った。


「問題はなぜ私が背中をちぎられたのかって」不安気に観月は尋ねた。

「わからなかった?夕凪は見た筈」

夕凪は言いづらかったが、仕方なく地蔵参りの後起こったことを言った。

「如月さん、なんで言ってくれなかったの?」

「怖がらすだけと思って。お地蔵さんは悪くないって古川さん言ってたし」


「うん、観月さんの為に頑張ってるよ。許してあげて?」

古川はふふっと笑って言った。

「観月さんが毎日怪異を付けられるから、地蔵が壁作って踏切へ押そうとするソレを防いで取ってるんだよ」


「⁈」「やっぱり押す奴いたんだ!」と夕凪。

「やっぱり地蔵いい奴じゃん!」加賀谷は感心した。


「でも、キリがないし、そんなに力無いから、近い内に消えるだろうね」

「そんな!」観月は半泣きになった。


「それで、学校に行くんだ…学校にいるんだ…退治しに行くんだ…しかも今度は夜」

夕凪はため息をつきながら譫言のように言った。

「昼間は他人がいるだろ?危ないじゃないか」

「私は他人になりたい」

「如月さん、しっかり!」


「観月に憑いてるなら、俺も憑かれる?」

「さっき祓ってやったろ?ホントはお祓い料一万円だよ?お菓子持って来たら免除してやる」

古川は加賀谷へ手を突き出したので、間髪入れず夕凪はその手を弾いた。

「既に取り憑かれてた⁈さっき叩いたのって!」加賀谷は叩かれた肩を押さえた。

「うん、消してやった、ありがたく思え」にっこりして彼を見た。

「私はそんなのなかったけど?」

「夕凪は結界補強。加賀谷だけ強く叩いたら不自然だろ?」

「叩かれ損だ」


「一体何人取り憑かれてんだ?それも毎日?どんだけ学校にいるんだよ、怖過ぎて学校行けないぞ」

加賀谷の顔が青ざめた。

夕凪はあっと声をあげた。

「もしかして先生達休んでるのも」

「そいつらのせいか!」


「一人一人に憑いてるのは大した事ないんだけど、ほぼ全校生徒と先生等に」

ひえーっと三人は悲鳴を上げた。

「いやー、そんな一杯退治に行くの!」


「一匹だから」

「え?」

「一匹しかいない」

「まさか」

「そいつが全部くっつけていってるんだ。で」

古川はふふっと笑った。

「精気を吸い取っている」


「如月さん、頑張って」

観月は震えながら言った。

「いーやーすーぎーるー」

「頑張れ如月!」


次の日、観月は気が進まないと言いながら

「お地蔵さんが守ってくれるよね」と登校した。


加賀谷は教室に入っても落ち着かず、

「みんな怪しい人に見える」とぼやいていた。


教室でも何人か休んだり、早退したりする生徒がいた。

先生も相変わらずだ。


「ひしひしと怖くなってきた」観月と加賀谷はずっと授業が上の空だったと言った。


授業が終わって三人は逃げるように学校を出た。


「ねえ、また憑いてる?」「俺は?」

「それが、わかんないのよ、自分が違うからかな?」


「いいなー如月さん」

「明日はまみれるけど、代わる?」

「無理」観月は即答した。

「俺、付いて行こうか?」加賀谷は思い切って言ったが、夕凪に

「その気持ちだけで充分。私守れないし」と返されてむくれていた。


いつものように観月の帰り道の方へ行くと、加賀谷も付いてきた。

「なんか、悪いね、二人とも」と観月は恐縮していたが、

「俺今日家で一人なんだ、なるべく居たくない」と加賀谷は弱気発言をして夕凪に突かれていた。


踏切を渡ろうとすると観月が手を前に伸ばす。

「また壁だ」

「お地蔵さん、復活したのかな?」夕凪は観月の前を触ったが、やはり何も感触は無い。

「どうした?」

「もうすぐ、電車が来るの」夕凪は後ろを向いて加賀谷に説明した。


夕凪は観月と並んだ。後ろに加賀谷がいた。

遮断機の警報音が鳴って遮断棒が降りてきた。

「バッチリだね、お地蔵さん!」

夕凪が感心していると

「嫌っ」観月が叫んだ。

「え?」

夕凪が横を見た。

観月が前に動いている。足を踏ん張っているが少しずつ引きずられている。

「誰か押してる!」

観月は半泣きになっている。

「壁は?」夕凪が叫んだ。

「めり込んで、息が!」

観月は急に苦しみ出した。その間も前へ進んでいる。


「加賀谷!観月を後ろに引っ張って!早く!」

加賀谷も焦って観月の両手を持って後ろに下がろうとした。

「全然動かねえ!」

「嘘でしょ!私も手伝う!」

夕凪は観月の腰に手を回した。

二人で観月を引っ張ったが、びくともしないどころか二人とも引きずられている。

電車が近付いて来た。

観月は気を失ったようで俯いているが、足は少しずつ前へ動いている。遮断棒が押されて中に斜めになっている。


「駄目だ、俺も押されてる!如月手を離せ!」

加賀谷が真っ青な顔で夕凪の方へ向けて叫んだ。

「馬鹿!そんな事できるわけないでしょ!」


夕凪は叫ぶと、かっと胸が熱くなり、やっと古川のことを思い出した。

「一瞬手を離すから観月の両手持って全力で後ろに倒れて!早く」

夕凪は手に力を入れた。

加賀谷は頷いて全体重をかけて後ろに仰け反った。


「離れろー!」

夕凪は二人の首の付け根を掴んだ。何か違うものを掴んだ感触がした。思い切り後ろに引っ張る。


電車が通過した。


三人は揃って後ろに倒れた。

「夕凪!」

加賀谷が下敷きになる夕凪の下に滑り込んだ。


どうっと全員が地面に倒れ込んだ。


夕凪は急いで起き上がった。

まだ気を失っていた観月の方を掴んで起こし、下敷きになっていた加賀谷からなんとか身体を動かした。


「観月さん!加賀谷!大丈夫⁈」

「ちょっと後頭部打った、痛ててて」ゆっくりと加賀谷は起き上がった。

「観月さん!」夕凪が観月を後ろから揺さぶると、ふうっと息をした。

「観月!」加賀谷が頭を押さえながら彼女の前に回った。

観月はやっと目を開けた。

「こ、怖かったよ〜」号泣して前にいる加賀谷に抱きついた。

加賀谷は驚いたが、背中をさすってやった。


「急いで帰りましょう!私が剥がせたと思うんだけど、直ぐくっ付くかもしれないから!」

三人はお互い支え合ってよろよろと立ち上がると、踏切を渡って泣いたままの観月を家に送り、また踏切をビクビクしながら早足で駆け抜けて神社の前に来ると鳥居の中に入って階段に腰を下ろした。


「ここなら安心だから」二人はがっくりと座り込んだ。

「寿命が縮まったー」

「ごめんね、もっと早く気付いてたら」夕凪も安心したのか涙が出てきた。


加賀谷は慌てて首を振った。

「違う!夕凪のおかげで助かったんだ!俺まで取り憑かれてたし、あのままだったら、全員電車にはねられるとこだったんだ。感謝してる!ありがとう」

「そう言ってもらえると嬉しい」夕凪は涙をぽろぽろ溢しながらも笑顔になった。


二人ともなんとか落ち着くと、加賀谷が自分の後頭部をそっと触った。

「頭大丈夫?」

「たんこぶになってる」

二人は同時にため息をついた。


夕暮れが神社の階段を照らす。

「さ、帰るか、嫌だけど」

加賀谷は憂鬱そうに立ち上がった。

「全速力で帰るのよ!駄目元で力入れとくから。何かあったら」

「そーだ、連絡先教えて」と彼は慌てて携帯を取り出した。

「そうね」

夕凪は加賀谷の携帯を借りると自分の名前と電話番号を入れた。

「はい、電話して」

「お、おう!」

こうして電話番号を交換し、古川が叩いたところと違う加賀谷の肩をバンバン叩いてから送り出した。

彼は「あちこち痛い」と言いながら走って帰っていった。


『やったー電話番号ゲット!』とにやけた顔をしていたのは夕凪に気付かれなかったようだ。



次の日、2人共休んでいた。

地蔵の時と一緒で無理矢理引き剥がしたのが悪かったようだ。二人へ申し訳ないが緊急事態だったので許して、とメールしたら、どちらも「気にしてないし、昨日はありがとう、命の恩人だ!」みたいな返信が来たので肩を撫で下ろした。

『古川さんに頼まなきゃ』


既にクラスの半数が休んでおり、学級閉鎖になって帰宅させられた。


古川に連絡すると

「僕の力が防波堤になってるから憑かれなかったんだ、よかったね」と言われた。

「吸われてる人が多くなってきたから、どんどん大きくなってきてるね」

「早く行ったほうが!」

「先生が残ってるだろ?みんな帰ってからじゃないと、巻き込まれた時守れない」

「ああ、もう、焦ったいな」

「こっちにすぐ来れる?」

「うん、あ、でもご飯が」

「チャーハンならあるよ」

「えっ!古川さん作ったの?」

「作れるけど今回は坂木さんに貰った」

「さかきさんて誰?」

「何言ってるの?神主さんだよ」

「し、知らなかった」

「あんだけ世話になっといて」

「うう、御影の神主さんで覚えてたから」


古川は呆れたと言って

「今回の依頼者は夕凪の学校の先生やってる息子さんだよ」

「そうなんだ!まさか、お金取ったんじゃ」

「有志の先生からカンパと言うので合わせて5万位貰った」

「神主の息子さんだからタダにしてあげたらいいのに」

「向こうから言ってきたんだ。仕方ないだろ?」


「じゃあ、もうちょっとしたら行きます。巫女服着たほうがいいの?」

「残念ながら、動きやすい服装をお勧めするよ」

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