第7話 怪異と新しい友達
「如月さん!」
後ろから呼びかけられて躊躇したのは、古川のせいだ。
名前を呼ばれても、何から呼ばれてるのか確かめてから返事しなさい。
深夜の訪問を問い詰めようと次の日の早朝に行ったが、結局はぐらかされたような気がする。
それ以降来ることは無いので反省したのか別の理由か、とにかく私の安眠を邪魔しないでほしいと訴えるのも忘れてた。
単にお握り持って行っただけだった。
あれから、しばらく経った帰り道。
名前を呼ばれて返事して後ろを向いたら黒いぼんやりとした人間の形をしたモノが私の肩に手を置いて、ファスナーのように開いていく口を見て一目散に逃げ出した。
神社の鳥居までたどり着いたら古川が既にそこで待っていた。
何故と思う間も無く祓って消してくれた。
その時に説教臭く言われたのだ。
名前を呼ばれても、何から呼ばれてるのか確かめてから返事しなさい。
振り返る前に、気配を確かめなさい。
返事せずに振り返らなければ避けれたのに。
あ、御守りは?紐が切れた?早く言いなさい!
そして彼は私を神社では無く、馴染みになってしまった和菓子屋へ連れて行って、みたらし団子と一口饅頭を買わせて店の奥さんに愛想を振り撒き、新作の和菓子を二人で半分こずつ味見させて貰ったのだった。
「美味しかったね、黄身饅頭」
古川はニコニコしながら歩いていく。和菓子は既に彼の手の中だ。
「次あれね」
「もうご自分で買えるんだからご自由にお買い求め下さい」
呆れてわざと丁寧に拒絶した。
「お土産でもらえるのがいいんだよ〜」
古川はヘラヘラしていたが、その実二人で歩く時は、横を歩く夕凪の周りに常時結界を張り、近付いてくる怪異を瞬殺しながら歩いている。
「早く御守り変えねば、ずっと憑いてくるからね。気をつけなよ」
古川は心配気だが、2人でいる時に寄ってくる怪異は夕凪では無く古川が目当てだ。狙ってくるのと消して欲しいのと両方やって来る。
夕凪に結界を張ったら、こっちのものだ。気の向くまま殺っていく。
それを知らない夕凪は「ドウシテワタシバッカリ」気落ちして片言になってしまった。
そんな訳で、後ろから声をかけられた時、慎重に気配を読んで人間だとわかっても返事をせずに振り向いた。
声をかけてきたのは同じクラスの女の子だった。
まだ新しいクラスなので名前は覚えていなかったが、向こうは覚えていた。
「えーと、ごめん」
「
「みづきさん。こちらこそよろしく」一学期初めなので出席番号順で座っていて、苗字の始まりが、きと、み、だから離れていて知らなかったようだ。
お互い軽く頭を下げた。
「帰り道こっちなの?」
「うん、神社の手前の道入って、踏切ある方。そこからちょっと行った所」
「私は通り過ぎて真っ直ぐ行って
「広い公園だよね」
お陰で怪異がやってくるのがよく見えた。
家の場所から小学校は違うとわかる。
観月は黒い髪を肩まで伸ばしたおとなしそうな子だった。夕凪に思い切って声を掛けたようだ。
「じゃあ、途中まで一緒に帰りましょう?」
「いいの?」観月は嬉しそうに言った。
「いいよ!当たり前じゃない!」
二人は並んで歩き始めた。
「どうして私の事知ってるの?」
「有名だよ!凄い美形の若い神主さんが迎えに来たし、その人が居る神社で手伝ったりしてるよね?」
しまった。自分自身はパッとしないが、彼の容姿はとても目立つのだった。
なのに自分の周りをうろちょろするので、知り合いだとモロバレだった。
「彼氏で、婚約者なんでしょ?」
さあーっと血の気が引いた。口をパクパクさせていると
「ってその人が言ってたらしいよ」
止めに言われた。
「本人が言ってた?」
今度は沸々と怒りが上がってきた。
「違ーう!古川さん、冗談を周りに広めてどーするのー、嫌がらせにも限度があるよぉ。私の平穏な中学校生活を返せー!」
夕凪はついに、泣き出した。
観月は驚いて
「如月さん、泣かないで!冗談だったの?ごめんなさい、多分、相手が神主さんだから、みんな信じちゃったんだよ。私もてっきり」
夕凪はうぇうぇ泣きながら
「冗談きつい、てか嘘か本当かわからない言い方ばっかするんだ。意地悪で強引だし、しょっちゅう夕飯とかお菓子とか強請られるし。わざと怖がらせて死にそうな目に遭わされたこともある」
と訴えた。
「ええー!じゃあ、何で一緒にいるの?」
「何でって、何故?一緒にいる?」夕凪は首を傾げた。
「え?」
「え?」
考えてみると怪異のせいではある。それ以外迷惑しかかけられてない様な。怪異より彼は奇怪だ。
「古川さんは怪異、よくわかんないんだけど悪さするモノを祓ってくれたんだ。今もそうなんだけど、ちょっと待って、取り憑かれやすくなったのも結局古川さんのせいじゃない!ワタシ不幸過ぎない?」
ポロポロ涙をこぼしながら迫るので観月は狼狽えて引いてしまった。
「どうしよう、その、怪異?について相談したかったんだけど無理そうだね?」
おずおずと遠慮がちに言った。
「そうだったんだ」
夕凪はハンカチを取り出して涙を拭き、鼻をグズグス言わせながら顔をしかめた。
「でも、困ってるでしょ?」
「そうだね、でも如月さんみたいに死にそうとかじゃないし」
「そんなのわかんないよ。放っといたら大変なことになるかも」
「でも」
「じゃあ、取り敢えず私に話して、古川さんに伝えてみる。私以外には外面が良いから何か対処法を教えてくれるかもしれない」
「苦労してるんだね…ありがとう」
神社の手前で分かれるところまで来た。
観月は立ち止まると不安気に自分の行く方を指差した。
「実は、踏切を渡る時変な事が起こるんだよ」
「じゃあ、私も一緒に付いて行ってみるよ」
二人は連れ立って歩き始めた。
「いつから、その変なことって起こり始めたの?」
「中学校行き始めてからなんだよね。それ以前はあまり通らなかったし、何も無かったと思う」
中学校の感想を言いつつ歩いていると、踏切に来た。
観月は手前で止まった。
夕凪は辺りを見渡したが、別に何もない普通の踏切だ。一方通行で車一台分と人が通るギリギリの幅だ。
「渡りましょう」観月が躊躇いながら言った。
夕凪は頷いて一歩踏み出した。観月も後に続いた。
線路を遠くまで注意深く見ながらゆっくり渡ったが、別に何も無い。
「ねえ、何が変なの?」後ろを振り返った。
観月は踏切の前に佇んでいた。顔色が悪い。
「どうしたの?なんか見える?」
「何も見えないの」
今度は観月が泣きそうだった。
「何も見えないのに、壁みたいなのがあって、前に進めない時があるの」
彼女は同じところで足踏みして、手で前を押している。
「私通れたよ?」
夕凪は驚いて引き返そうとしたら、踏切の遮断機の警報が鳴り始めたので立ち止まった。
遮断棒が降りて電車が通り過ぎ、警報音が止んで遮断棒が上がった。普通だ。
夕凪は急いで観月側に戻った。
観月はひょいと突っ張っていた腕を下ろした。
「あ、無くなった」少しタタラを踏んだが夕凪が直ぐに支えた。
「行ける?」
「うん」歩き出したらあっさり二人は踏切を横断した。
???
「変だね」夕凪が首を傾げて言った。
「戻ってみようか」
夕凪は歩き出して、彼女を見たら普通に付いてくる。
「もう一回渡ろう」
「ちょっとごめん」と言って夕凪は観月の前に手を出した。
歩き出すと二人とも難なく渡れた。
夕凪の手は何も感じなかったし、観月の真正面を見たが何も見えなかった。
何回か往復して気づいたことは、壁ができるのは往復関係無く、遮断機が鳴り出す少し前からで、遮断棒が上がるとすぐ無くなる。
「とても親切だよね。踏切危ないからって気を付けてくれてるみたいな」
駅のホームドアみたいな?夕凪は益々わからなくなった。
「逆に電車が来るのに押されて、とかは無いの?」
「ううん、それは一度も無い。怪談だとそっちの方が有る有るだよね」
「確かに。いや、無い方が絶対いいよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
「やっぱり、古川さんに相談してみる。私じゃ役に立たないみたい」
「そんな事無いよ!私の事信じてくれて、こんなに何回も確かめてくれて、ありがとう。誰にも言えなくて」
「いいよ、気にしなくて!ただ古川さん今日明日は昼間出かけてるから、夜に電話して聞いてみる」
「ありがとう!でも、何で予定知ってるの?」
観月は何故か嬉しそうに聞いてくる。
「お祓いとかに助手として呼ばれただけ。どっちも学校がある時間だから断ったよ」
絶対誤解していると慌てて言った。
「すごいね如月さん!」尊敬の目で見られてしまった。
踏切で別れて家に帰った。
夜に古川さんに電話した。彼は携帯を持っていない。宗教施設にいた時に没収されてそれきりだが、その事は言ってない。
古川と繋がって、夕凪は今日のことを話した。
「寄り道しちゃ駄目だって言っただろ?壁なら心当たりがある。それは放っといていい」
古川はあっさり言った。
「神社の裏手は九十九折りの坂道なんだけどふもとに祠があってお地蔵さんがあった。そいつだと思う」
「そいつって…でも何で観月さんだけなの?私や他の人はそんな事無いのに」
「うーん、それはわかんないな。よくお参りしてたんじゃない?何か見えなかった?」
「私には壁も怪異もわからなかった。嫌な感じも無かったし」
「じゃあ、後で地蔵と踏切見てくるよ」
「えっ!いいの?」
「見てくるだけだし」
「あんなに面倒臭がりなのに」
「夕凪ちゃんの友達だからね」ふふっと笑っていた。
今日初めて話したんだけど、ま、いいか。
「ケーキ屋さんの近所だよね?」
「やっぱりそれが目的か!」
「そこのケーキは食べた事無いから。えーと、モンブランと」
「全て解決したら頼んでみます」途中でぶった斬った。
「え、友達に払わすんだ」
「私のお小遣いには限度がありますので」
「駄目だよ、使い過ぎは」
「誰のせいだと思ってるんですか⁈」
「さあね」
はっ思い出した。
「それと、別件で聞きたいことが」
「今から行ってくる。また、後でね」電話が切れた。
言いふらしたことを問い詰めたかったが、察したに違いない。次こそ絶対聞く、と身構えていたら電話が来た。
「え、はやっ」
「上からまっすぐ降りたからね。何も無かったよ。地蔵は線路の方に中身がはみ出した跡があった」
「中身がはみ出す⁈中身ってなに?なんか気持ち悪い言い方」
「壁作ってるせいかな。少し戻りきってないから直しといた」
斜面をまっすぐ降りる、中身がはみ出す地蔵、それを見て直せる。
いつもながら信じられない内容だ。
「そこまでするのは変だな。親切だけで、友達を足止めするかな?何か理由がある筈なんだけど」
「古川さんみたいにお供えが欲しいとか」
意地悪く言ってやった。
「失礼な。当然の報酬だよ。地蔵と僕に謝りなさい」
「同レベル扱いの方が失礼な様な気がする」
次の日の朝、夕凪が登校してると神社の前に古川がいた。
「お早う」
「お早うございます」
朝日を受けて切れ長の茶色の目は益々透明感を増し、茶色の髪がキラキラと光っている。
薄赤い唇がにっと横に開いてから言った。
「ちょっと頼みがあ」
「嫌です。無茶な頼みなのでできません」
途中で返した。
「人の話は最後まで聞こうよ。観月愛の事だ」
「別に何もしなくてもいいのでは?」
私、名前教えた?
「原因は踏切では無いのかもしれないが、結果にはなり得る」
わかりにくい言い方だ。「結果?お地蔵様は?」
「それは絡んでるが悪くは無い」
古川は手招きした。
「僕は別件で行くところがあるので、夕凪に任せたい。力入れさせて?」
「え!」そのまま固まった。
「こんな、外で嫌です、みんなに見られたら古川さんの言った事そのまま」
「今回は使わざるを得ないと思うよ。当分帰りに観月を踏切を超えるまで見守ってほしい」
「それでも嫌です!他に方法は無いの?」
「あー、ある事はあるけど」古川は嫌そうに言った。
「やっぱりあるんだ!また騙された!」
夕凪はカバンを落として手で顔を覆った。
「騙してはいないよ。あれが一番効率がいいんだ」
「あんな、恥ずかしい事嫌です!他の方法で!時間ないので!」
「仕方ないなあ、文句言わないでね?」
古川はおもむろに左手で夕凪の右肩を強く掴んだ。
「え、痛いよ古川さん!」
右手は手のひらを上に向けてグーパーしている。
「構えて!」鋭い声で命令した。
「ひゃい!」
急に言われてびっくりしたが、夕凪はできる限り力を入れた。
古川は右手を押し出して夕凪の胸の間にダンっと打ち込んだ。
夕凪は衝撃と痛みで息が止まった。中に何かがめり込んだ気がした。
古川が両手で夕凪の肩を掴んで支えた。
「痛いし、外からじゃ無理矢理じゃないと多く入らないんだ」
確かに力を受け入れた時の様に胸が温かくなったが、同じところがジンジンする。
「痛すぎる〜先に言ってよ〜」涙目になる。
「文句言わないでって言っただろう?」
「これは無理だよ〜わざとやったでしょ?」
「胸のある人はもうちょい上だけど」
夕凪は咄嗟に両手で胸を隠した。まだジンジンする。絶対アザになってる。
「まだ、これからですぅ!」
「楽しみだなあ」
夕凪は憤然とその場を去った。
学校に着いて教室に入ると、直ぐに
「如月さん、おはよー」
と観月がやって来た。机にカバンを置くと早速
「聞いてきたよ」
と話を切り出す。
神社の裏のお地蔵さんが壁を作っているらしい事、別の要因が絡んでいるかもしれないから用心のため夕凪が帰りに踏切を渡る時一緒に行く提案だ。
「お地蔵さんは、最近は地蔵盆の時位であまり行ってない。子供の頃はよくお菓子とかその辺に生えてたお花供えてたよ」
「やっぱり、守ってくれてるのかもね」
「そうかな、またお参りしとく」
「私もついでに行く」
学校の帰り道に2人は祠に寄った。薄暗くて外の道路からは少しわかりにくいが、観月は知っているので問題なかった。
はみ出ていた、と古川は言っていたが夕凪にはわからない。普通の古い地蔵だ。
静かな優しそうな顔立ちで佇んでいる。
「いつも守ってくれてありがとうございます。また御供え持ってきます。今日はお礼だけですみません」
2人で拝んでから、そこを後にした。
夕凪が先に行くと
「きゃっ」と声がしてどさり、と音がした。
思わず振り返ると観月が尻餅を付いていた。
「大丈夫?」と慌てて駆け寄ると観月は慌てて立ち上がった。
「うん、葉っぱで滑っちゃったみたい」とスカートを叩いて
「やっぱりちょっとお尻痛い」と訂正した。
夕凪はスカートを払ってあげようと後ろに回った。
その時に見えてしまった。
細い手が地蔵から出ていて観月の背中から出ている何かを引っ張っていた。
見てる間にそれはちぎられて手と共に地蔵の中に戻っていった。
夕凪はあうあう言って指差そうとしたが、確かお地蔵さんとか指差すのは失礼だったはず、と辛うじてその指で観月のスカートの裾に付いていた枯れた葉を取った。
「どうしたの?如月さん」
彼女は首を傾げたが、先程の出来事に反応は無い。手に引っ張られて尻餅ついたんだ。
「後ろに葉っぱ付いてた」喉まで出かかった言葉を必死で飲み込んだ。
不用意に怖がらせない方がいい。古川さんも気にしなくていいと言ったし、また後で報告しよう。
気をつけようね、と2人は注意しながら道路に戻った。
踏切に差し掛かった。
今日は観月も夕凪も普通に通れた。
渡り終えて夕凪が「それじゃまた明日」と引き返そうとしたら遮断機の警報音が鳴り出した。
「あーあ、しかも両方向!」
「如月さん」
「長くなるから、待たなくていいよ!帰ってね」
ニッコリして手を振ったが、観月が浮かない顔をしている。
夕凪もそれを見て違和感に気付いた。
2人とも踏切を渡っている。
いつもは警報音が鳴る前に、壁ができるはずだ。
「如月さん、壁は?」
「なかった!」
轟々と電車が通り過ぎていく。
「電車来るのに?」
二人は祠のある方を見つめた。
「どうしてだろう?お参りしたのに」
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