第6話 古川祥一郎の正体
古川は叩きつけられるような衝撃と共に目が覚めた。
『戻ってしまった』
身体を起こそうとして力が全く入らないのに気が付いた。
『空っぽだ』中を探っても力が無い。
夕凪の部屋に行くのと弾かれた衝撃を防いで帰るのとで使い切ってしまったようだ。
自分の力を辿って幽体を飛ばす初の試みは成功したが、こんなに力を放出してしまうなら、もう使えない。力が完全に元に戻るのにどの位かかるのかわからない。
まだ夜中12時だったので再び普通に寝ることにした。
『夕凪、驚いてたなあ』自然と笑いが出る。
適当に弄んでから帰るつもりが、催眠は早々に解けてしまった。
最後まさか残してあった古川の力を使って夕凪自身の力ごとぶつけて押し返してくるとは思わなかった。
「ホント面白い子だ」
今怪異達に来られたら、と少し危ぶんだが、逆にこちらには何の力もないので向こうが感知できず、来たとしても旨みがないので関係ないと思い至った。
この古川祥一郎はそうだ。
力が有るから、人も怪異も寄ってくる。
でもどれだけ苦労して対処して、上手くいっても、それは歴代の古川祥一郎の功績で、僕、古川祥一郎のものでは無い。ややこしい。
新しい世界の古川祥一郎の器が小さければ、力も小さいし、使えない。
今回は今までで一番力が強いし、色々覚えた技が使えるようだ。
試したくて、取り敢えず知り合った夕凪を巻き込んだ。
自分の行動でいちいち可愛い反応を返してくれるので面白くて図に乗った。
夕凪に気が有るような素振りをやってるけど全部振りだ。彼女に好意はない。
恋焦がれるとか愛する気持ちなんて、何百年か生きてる筈だが、それだけ経っても他人に湧いてこなかった。
男女への性愛的な感情が自分には無いと思っている。
身体が中途半端な、インターセックスなのだ。男性器と女性器両方ついていて、やや男性器が大きいが小学生サイズで、女性器は乳児サイズの小さい膣と子宮と卵巣があるまま大人になってしまった。
見た目で男に分類されて、『祥一郎』と男らしい名前が付けられ、将来的に女性器の方は取る予定だったらしいが結局そのままにした。
精通も生理もない人間だ。
終いには人に対しても関心が無くなった。
人でも怪異でも自分に害悪があるものは全て消すのが基本だ。人は直接殺したことがないが、怪異の力を使って殺すのに近いことをした事はある。
巻き込まれて死ぬ目に遭うと、完全に死ぬ一歩手前で転移が起こってしまう。そうすると、その世界の滞在期間が更に短くなる。
新しい世界で始まる年齢は26歳までのランダムなので、幼い年齢の古川祥一郎に転移すると、力があっても弱いので大概寄ってくる怪異に勝てずに早々に死んでしまう。
力が無ければ生き延びられるが、遅かれ早かれ覚醒するので、そこからは常に周囲を警戒して生きていかなければならない。同じ世界では26歳まで…
それ以降の年齢の人生は今まで転移させられた世界で一度も無い。
いつも通り朝の5時に目が覚める。
このまま無くなればいいのにと願ったが、力は完全に復活していた。チッと思わず舌打ちしてしまった。
歯磨きして顔を洗った。お湯を沸かしてお茶を飲む。
「さ、掃除しますか!」
この世界に来た時、古川祥一郎は、よくわからん宗教施設で修行と称するパワハラを受けていた。
何故こんな所に居たのかわからないが、その辺にあった荷物をまとめて即逃げ出した。お金や携帯は没収されていたので諦めた。
2、3人追いかけて来たので近くにいたヘビみたいな怪異を掴んで投げたら、そいつが怒って追手全員の魂を飲み込んでしまった。
そのままヘビが古川も狙って来たので、急いで逃げてた途中、この神社に行き着いたのだった。
鳥居の中に入るとヘビは気付かずに前を通り過ぎて行くので後ろから力をぶつけると簡単に消えてしまった。喰われた魂と、その肉体がどうなったかは知らない。興味も無かった。
自分の力と相性が良くて結界が弱いながらも機能している神社が気に入った。
神社の神殿や社務所を勝手に調べると、通いの神主がいることがわかったので家に行き、話術と力を使って上手いこと親戚と思わせてこの神社に住むことにした。宗教施設から逃げてきた事を言ったら親身になって同情してくれた人の良い高齢のご夫婦だ。
こちらは着の身着のままで、一刻も早く定住場所が欲しかった。今更罪悪感は湧かない。
神殿周りを終えて上から階段を掃き清めていると、知った気配が鳥居を潜って登ってきたので、ぎくっとした。
夕凪だ。
何しにきたのか読めないのは、自分が動揺しているからだ。
掃除の続きをしながら心を落ち着けて彼女が上がってくるのを待った。
「古川さん」
下から100段目の掃除でようやく彼女は息を切らしながらそれから2段下に追いついた。
「お早う、早いね、何かあった?」にこやかに古川は言った。
「古川さん、何とも無いの?」
「何が?」
「夕べ、古川さん、だと思う人を吹き飛ばしてしまったから」
夕凪は持っていた薄い布の四角いトートバッグから底を探って取り出した。
割れた人型だった。
「四隅にあったこれ、全部割れてしまって。すごい力だったみたい。だから、大丈夫かなって」
割れた人型を一つ受け取ると
「どうして、怪異じゃ無くて、僕が来たと思ったの?」
と夕凪と人型を見比べた。
「これのせい?」
「違う。割れたのは後から気付いただけ。あのノリは古川さんだったでしょう?無理矢理…されるのは嫌だったけど、古川さん自身に、怪異に感じる嫌な感じしなかったし、残ってた力と繋がった感じもした」
夕凪は言いながら少し赤くなった。
古川は微笑みを浮かべたまま黙っていた。
「全部持ってきたから、処分お願いします」夕凪はバッグごと古川に押しつけた。
「今から朝ごはんなので帰ります。中にお握りと卵焼きも入ってるから、良かったら食べて下さい。バッグは返さなくて結構ですから」
「黒沼!」古川は唐突に呼んだ。彼の横に黒くて丸い穴が開いた。
夕凪は驚いたが、階段を踏み外す前に古川に腕を引かれたので、バッグ越しに彼にしがみついた。
古川は手に持っていた人型をそれに向かって落とした。
黒沼は一瞬それを包み込もうとしたが、逆に弾き返した。
人型は古川の手の中にまた戻る。
二人は思わずお互いを見合わせた。
「早よ往ね」黒沼はすぐ消えた。
「やっぱり嫌か。後で燃やそう」
そのままどちらからとも無く笑い出した。
「まだ、黒沼飼ってたんだ」
居ないのを確かめて、おずおずと夕凪は古川から離れた。
「ゴミ捨てに丁度良いんだ。ここからゴミ持って降りるの面倒だから」
「ゴミ箱にされてるの?」
「普段はね。時々ゴミ袋持って降りてもらって集積所に捨てさせてる」夕凪は更に笑った。
あんなに夕凪が恐れていた怪異の扱いが軽すぎる。ペット以下だ。
「早くお帰り。お母さんに黙って出てきたんだろ?」
「えへへ、バレた?」
「怒ってるよ」
「え?わかるの?」
居なくなっても誰も違和感を感じない僕じゃ無いんだからね。できれば夕凪だけでもわかって欲しいな。
古川はにっこりした。
「そんなの普通に想像できる」
夕凪は口を尖らせた。
「なーんだ!古川さんだから、ここからお母さんの様子がわかるんだ、と思ったのに!」
プイッと向きを変えて一段ずつ早足で降り始めた。
「夕凪」古川が呼び止めた。
「なに?」止まると振り返って彼を見上げた。
「わざわざありがとう」こんな僕を心配してくれて。
バッグと箒をそばに置くと降りてきた。
「どう致しまして?」
古川はおもむろに夕凪をお姫様抱っこした。
「な、何?え?」
「早く下ろしてあげる。捕まってて」
古川は例の5段飛ばしのスピードで降り始めた。
夕凪は悲鳴を上げて古川の首にかじりついた。まるで落ちていくような体感と速度だ。
夕凪が薄く目を開けてみると白いモヤが周りに見えたが地面が迫ってきてまた目を瞑った。
最後にトンっと軽い振動の後、止まった。
「着いたよ。早かったろう?」
目を開けると既に鳥居の下に居た。古川が夕凪を降ろそうとしたが、夕凪はイヤイヤとかぶりを振ってしがみついている。
「そんなに僕と別れるの辛い?」ふふっと笑った息が夕凪の首筋にかかった。
夕凪は必死で首を横に振った。
「こ、怖すぎて震えが止まんない。立てる自信がない」
「えー、せっかく早く降りれたのに」古川は夕凪を抱え直した。
「じゃあ、家までこのまま送ろう」
今にも歩き出そうとしたので、夕凪はバンバン彼の胸を叩いて
「結構ですから!もう降ります!」
と大声で言った。
「あ、そう」古川はあっさり降ろした。
夕凪はまだ足元が頼りなくてフワフワ浮いてるような感じだったが、頑張って立った。
古川はふうっと息を吐いた。
「よかったよ」
「今度は何が⁈どこか新たに触らせちゃった?」
自分の身体をあちこち眺めている。
「いや。そうじゃ無くて鳥居を出たら、家まで夕凪を抱っこなんて重すぎて無理だから。見ての通り筋肉無いし」
袂を捲って細い腕を突き出した。
「重すぎって、今私を抱えて降りてきたじゃないですか!」
「この階段の間なら軽くできる」しれっと言った。
夕凪はしゃがみ込んで手で顔を覆ってしまった。
「もー訳わかんない。古川さんの常識って?重力って何?」
「あ!抱っこしてたらキスするのに絶好の位置だったのに、惜しい事をした」
ニヤニヤする古川に、夕凪は飛び上がって
「さよなら!」と駆け出していってしまった。
「どうして夕凪は、僕の能力の事よりキスとかに過剰反応するんだろう??」
いや、単に慣れただけで全部怖いです!と言う夕凪の思いは届かなかったようだ。
夕凪が黒沼にハマったのを見た時、積極的に助ける気はなかった。既に手遅れで、あのまま全部飲み込まれてしまうからだ。
中に入った人間は直ぐ消滅してしまう。
ところが、彼女は耐えて自力で這い出した。上半身しか残ってなくて、非常に怖がっていたが普通に喋っている。
黒沼の中を見ると、下半身が消えずに残っている。黒沼も戸惑っているようだった。気持ちはわかる。
この子は、威力は弱いが自分と同じ力を持っている。本人は全く気付いていないし、何も意識してないのに自分自身を守れている。
面白くて、嬉しくなった。この子なら怪異を引き寄せる僕と一緒にいられる。背中がゾクゾクして笑いを堪えるのが大変だった。
結果として黒沼は夕凪を全く消化できずにいたし、上半身の夕凪は外に居た僕の声を聞き取れ、下半身も探し出した。あり得ない、予想外の事ばかりだ。
その内黒沼が吐き出すだろうと思っていたが、あいつも夕凪を気に入ったのか連れて行こうとした。咄嗟に縛りをかけて夕凪を取り出した。
黒沼も反抗せずに大人しくなったので、今も何かとこき使っている。
時間が経っていたが上と下を合わせると、少し手伝ったくらいで、跡も残らず信じられない程綺麗にくっ付いた。少々グロいので夕凪が寝ていてよかった。
起きるまで夕凪をまじまじと見ていた。
色白で、癖のない肩下まで伸びた黒髪、少しふっくらとした頬、先ほど見た焦げ茶色の目がまん丸で吊り上がってたのと青ざめた唇は、恐怖の為だと思われるが、普通の少女で別段変わったところはない。
僕のマーキングが無ければ、少し離れると気配も探れない。
目覚めを待っている間、近場にいた他の怪異が二人の方へやって来た。軽く一祓いでいつもよりだいぶ遠くまで殺せてしまった。それも夕凪の力が加わったせいかも知れない。
ついでに彼女の名前もわかったし、護符を呼び寄せられた。思ったことができる万能感に酔いしれた。
それが次の時、穢れを入れられる油断に繋がった。咄嗟に自分より他人を庇うとか、今までの僕には考えられない行動だ。
少々痛い目にはあったが彼女を手の内に入れられたので怪我の功名としよう。
相楽さんの時は夕凪に催眠を多用したが、肝心な時に覚めてしまい、結局怖い思いをさせてしまった。
その割に立ち直りが早くて、用意された料理を嬉しそうに褒めながら完食していた。
色々夕凪について疑問に思いつつ、階段の途中に貴重な朝食であるお握りも置きっぱなしという事に気付いて速攻で階段を駆け上がって行った。
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