第5話 母の代わりに

「夕凪」前にいた古川は夕凪のそばに来て肩に触れた。

「僕がいるから大丈夫。まず、本人の周りにいる奴を消すから、その後、荷物持って入ってきて」


肩からじんわり古川の力が伝わってきた。


夕凪はいつもと変わらない古川の優しい表情に安心感を覚えた。

「わかった」

しかし、夕凪は自分が中に入らなければならない必要性を全く考えていなかった。


古川はにっこりと笑った。

「相楽さんはここに居て、僕が合図したら、お子さんの名を呼んで下さい」

「わかりました。お願いします。気をつけて!」彼は青ざめた顔で祈る様に手を合わせた。


「ドア開けるから少し下がって」

二人を1メートルほど後ろに下げると、彼自身は勢いよくドアを開いた。

「逝ね」片手を伸ばして手のひらを中へ向けると、所狭しと蠢いていた怪異達は唸り声を最後に全て吹き飛んで消えてしまった。

「護符じゃ間に合わなかったか」

「凄い!」夕凪は感嘆の声を上げた。

「え、それだけですか?」

「消えたのは周りだけです。夕凪、僕の後ろに着いてきて」

さっきまで足が動かなかったのに、古川に言われるとスッと前に進めた。ドアは勝手に閉まった。


さっきまで中にいたモノは居なくなり、清浄な空気になっている。

中は8畳ほどの畳部屋で中央に布団が敷かれて、そこに10歳くらいの男の子が寝ていた。そこだけは禍々しい空気が立ち込めている。


男の子は青い顔をして苦しそうに呼吸している。

「こんな子供が、取り憑かれるなんて、可哀想に」

近寄りたくないと思っていたが、彼の様子を窺うと夕凪は心から同情した。


「荷物頂戴」

古川が夕凪から奪うように受け取ると中から木彫りの人型を次々取り出した。

「布団の周りに均等に置いていってくれる?」

と言われて、夕凪はおっかなびっくり近付いて人型を置いていく。その数全部で13体。数に特に意味はないらしい。この前の4体とそこまで作って嫌になったそうだ。


それが終わると古川は細いしめ縄を一回一回握りしめながら力を込め、その外側に置いて囲った。

夕凪にはそのしめ縄が薄く光って見えた。


「夕凪はこれ持って壁際まで下がって」と渡されたのは黒い木枠だった。分厚い和紙が貼ってあり、真ん中に黒い丸が、四隅に梵字が書かれてある。


「コレハイッタイナンデスカ?」

と言うと夕凪は突然我に返った。


ちょっと、夕凪馬鹿じゃない?そこに怪異があるのに、なんでノコノコこんなとこまで着いてきてるの?ただ立ってるだけでいい?古川の言う事をそのまま鵜呑みにして!

いつも、そんな事あるはず無いのに。

いろいろな事が浮かんで消えたが、ここまで来てしまったものは仕方ない。取り敢えず端まで行った。


「そこに立ってるだけでいいから!」古川は指差すと、もう、怖くて夕凪の足が動けなくなった。

「それで、コレは何」

「それは後のお楽しみ」

『うわぁ、絶対楽しくないヤツだ〜帰りたいよ〜』

古川の笑顔と相反して夕凪の顔が絶望に染まった。


「嫌だ」

声が聞こえてきて、二人は男の子の方を見た。

苦しそうな表情ながら目を開けている。

「連れてかないで」

と両手を胸の前でぎゅっと握りしめている。


「亮太、駄目だよ。それを離しなさい」

古川は顔を真上から覗き込んで静かに語りかけた。


「嫌だ、お母さんなんだ」

ポロポロ涙を流している。


「違う。わかってるだろ?お母さんは死んだ」

無表情になった古川ははっきり言うと、片手を男の子の胸にかざした。


「外れない」

しばらくして古川がイライラしながら言った。

亮太と呼ばれた男の子はうんうん唸りながら両手を握りしめたままだ。


「亮太、手を離すんだ。このままだと君まで死んでしまう。お母さんはそんな事望んでない!」


「嫌だ、お母さんといるんだ」

「亮太、それはお母さんじゃない化け物だ。お母さんも、お父さんと一緒にこの部屋の前で、君を心配して待ってる」


人型から出ているものが布団を包むように白い膜を張っていく。

真ん中だけが餅のように膨らんでいっている。


「お母さん、お父さんを心配させるな。亮太はお父さんを支えて二人でお母さんの分まで生きるんだ」


「お父さんが?」

古川が手を引き上げると男の子の握りしめた両手が緩み、その隙間から黒い液体が少しずつ上がってくる。 


「外れた」古川は夕凪の方へ振り返った。

「両腕を伸ばして、構えといて。もう直ぐそっちに飛ばすから」

夕凪は仰天した。

「ええ!ちょっと、聞いてない!そんなの怖すぎる!」


「大丈夫。今度も絶対君を守るから。助っ人呼ぶし」

「だ、誰?」

夕凪はもう見たくなくて、頭を下げて枠を持った両手を必死で伸ばし、なるべく体から離した。


「お母さん、行かないで」亮太が叫ぶ。

古川が大声で怒鳴った。

「いい加減にしろ!!いつまでそんなこと言ってるんだ!自分でもわかってるんだろう?早く追い出せ!」

その剣幕に、亮太の身体はビクッと震えた。


今度はドアに向けて叫んだ。

「相楽さん!」

「亮太!亮太!お父さんだ!悪かった!こんなになるまで気付かなくて!亮太!お母さんはこっちにいる!亮太!」

ドアがドンドン叩かれた。


「お父さん?お母さんも?」不意に両手が開いた。

黒い液体が彼の胸からどんどん上がってきて体から完全に離れた。

「よし!いい子だ」古川が立ち上がって、白い膜の中心に手をかざすと液体が包みこまれる。

「はあ、思ったより大きいなあ、よく死ななかったな。ちょっと削るか」

古川がいつもの感じに戻ってのんびり言うと、両手でお互いを押し合うような仕草をする。

黒いモノは白い膜の中で押されてまん丸になった。


古川は白い膜を手繰り寄せて、黒いモノを入れたまま袋状にした。


「夕凪!行くよ〜!」「いや〜!来ないで〜」

と言われても、構わず後ろに振りかぶって離した。

そのまま

夕凪目掛けてフワフワ飛んでいく。


「食え!黒沼!!」


言った途端、夕凪の持っていた木枠に貼られていた紙に書かれた黒丸から、人の頭大になっている黒沼が飛び出した。

「ひぃ!」夕凪は知ってる気配に悲鳴を上げたが、激しく揺れる木枠を必死で押さえた。


黒沼は古川が放ったモノを膜ごと吸い込みつつ、激しく回転した。

吸い込み終わると元の和紙の方へ戻ってきたが、今度は夕凪に近寄り、周りをうろうろしだした。

夕凪に辿り着く前に木枠から出る盾に全て弾かれている。


「戻れ。じゃないと消す」のんびり言って手を今度は黒沼にかざす。


黒沼はくるくる回りながら小さくなって黒丸の中に消えていった。


「はい、お疲れさん」


古川は目を瞑って震えてる夕凪に近付くと、肩をポンポンと叩いた。

顔を上げた彼女が、力一杯握りしめたままの木枠を奪い取って、中の紙に指を突っ込みぐしゃぐしゃに丸めた。


「しめ縄取ってきて」と言われて、やっと元に戻った夕凪が慌てて引っ掴んで持ってくると、それで丸めた紙をぐるぐる縛った。

「カバンにガムテープあるから、この上から巻いて」

「え、いいの?」

夕凪はカバンの中からそれを出すとおずおずとテープを適当に伸ばした。

古川は躊躇なくガムテープでその上からしめ縄ごと隙間無く巻いた。

「これでよし」

とカバンに無造作に入れてしまった。


「しめ縄と悪霊をガムテープで巻く?ガムテープでいいの?雑だ、全ての扱いが雑すぎる」

夕凪は納得できずにぶつぶつ言っていた。

「後で燃や…お焚き上げする」

「今、燃やすって言った!」思わず叫んだ。


実際は古川の部屋の隅にしばらく転がっていた。夕凪が知らずに蹴ってしまい、怒られて漸く処分された。


古川は素知らぬ顔をして

「お父さん呼んできて、その前に人型片付けて」

と促した。

「人使い荒い」

それでも夕凪はせっせと人型をカバンに入れた。

男の子は古川に背中をさすられていたが、グッタリと横になったままだった。


夕凪はドアを開けた。

涙を流す相楽の横にぼんやりと女の人が見えた。

『お母さんだよね?』

「終わりました。どうぞ中に!」

サッと脇によけると、相楽が目を見開いて夕凪を見つめた後、慌てて飛び込んでいく。

「亮太!」相楽の後ろに女の人がついていく。夕凪の横を通り過ぎる時軽く頭を下げた。


古川は離れて夕凪のそばへ行き、相楽は亮太を抱き起こすと二人して泣いていた。

「よかった、よかった亮太!」

亮太はようやく声を出した。

「お父さん、御免なさい、僕寂しくて」

「亮太、あれは何だったんだ?」

「うん、お通夜の時に、お母さんの横に、居たんだ。だから、お母さんだと思って、声をかけたら、僕の中に入ってきて。あいつも、お母さんだよって、言うから」


「亮太、すまない、父さんがお前をちゃんと見てたら」

「お父さんのせいじゃ無いよ!僕もう絶対お母さんを間違えないから」

二人はしっかりと抱き合った。


夕凪と古川が一旦部屋から出た。

「ちょっと、見せてあげたら?古川さん、できるでしょ?」夕凪は古川に迫った。

「え、何を?」

「お母さんだよ!横に立ってるでしょ?」

古川はにっこりとした。

「僕には見えないんだけど?」

夕凪は慌てて彼女を指差した。

「ほら、あそこに…」

すると、母と思しき彼女は口に人差し指を当てた。

「あれ?」

「要らぬお世話だよ。もう、落ち着いたかな?」

古川は再び部屋に入った。


「今から仕上げにお祓いするので、亮太くんはそのまま、相楽さんは横に座って下さい。そう、

もう一つ持ってきたずだ袋からお祓い棒を出すと二人は慌てて頭を下げた。

「新しいのが来ないように払っておきます。これは正式なものです」


お祓いが終わると亮太は倒れ込むように眠りについた。相楽は心配したが、古川に「ただ、疲れて眠ってるだけです」と言われてホッとしていた。

「起きたらおかゆとか消化のいいものから食べさせてあげて下さい。卵はいいけど肉や魚は明日以降に。弱ってるから、食べると怪異が寄って来やすくなります」

相楽は真剣に頷いていた。

母親はずっとそばに付いていた。


その後二人は横の居間で仕出しの懐石料理を美味しく頂いた。

古川は出張料を受け取ったが、相楽は夕凪の方を向くと、彼女にも差し出した。

「ありがとう、妻も安心してました」

夕凪は困って古川を見たが、「受け取ってあげなさい」と言われたので押し頂いた。


古川は「しばらく夜は一緒に寝てあげて下さい。不安になると来やすいので」

とドアに貼った札は剥がした。

「どうして剥がすの!高いのに!」

「お母さんが入ってこられないだろ。なぜ値段のことを言うかな?」

夕凪は顔を赤くして

「だって、他のが入ってきたら嫌じゃない」と言い訳した。

「暫くは来ないし御守り渡すから大丈夫!上の奴ら片付けてから帰ろう!」

古川が上を指さすと

「あーせっかく忘れてたのに」

と頭を抱えた。

「もう何も手伝いませんから!」「はいはい」


外の鳥は半分くらいの数に減っており、古川の出した大きな金色の手で薙ぎ払うと、片手だけであっという間に消された。

「中にいたヤツも本体弱らしてから魂を持ってくんだけど、鳥は弱った魂を突いて食いちぎっていく嫌な奴らだよ。相楽さん達の魂のおこぼれをを狙ってたんだ。チャンスが無くなったのと、中から排除した時、幾つか一緒に消えてたんで数が減ってたんだ」

単に鳥の姿をしているだけの怪異だと思っていた夕凪と相楽は恐れ慄いた。


相楽は祈祷後になんとなく霊や怪異が見えるようになっていた。多分亮太もだろう、と古川が言った。

「そのうち見えなくなると思いますが、いつ迄かはわかりかねます」

夕凪は怪異に取り憑かれた上に見えるようになった二人を自分と照らし合わせて気の毒に思った。

一方相楽は

「亮太を守れるし、妻の姿も見えるから良かったです」

と喜んでいた。

帰りも送ってもらい、神主さんの家に着くと、改めて何度も礼を言われた。古川は御守りを二つ渡すとそこで別れた。



夕凪は支度部屋で自分の服に着替えて、巫女服を畳もうとして座ったら、そのまま立てなくなってしまった。

「あれ?どうしたんだろ?」


「夕凪、大丈夫?」居間に帰ってこない夕凪を心配して古川がやってきた。

「開けるよ」

古川が中に入ると、ぺったりと座った夕凪が呆然と古川を見上げた。

「立てなくて」古川の姿を見たら涙が浮かんだ。

「なるほど、安心したら腰が抜けたんだよ」


古川は夕凪のそばに座ると、強引に夕凪を倒して膝枕をして、ぽんぽんと優しく背中を叩いた。

胸がほんのり暖かくなる。

今回彼の力使わなかったけど、これどうなるんだろう?


「怖かった?」

少し間を置いて、夕凪の髪を撫でながら静かに古川が尋ねた。

「うん」

「黒沼の事黙っててごめん、前もって言うと余計怖がると思って」

「どっちにしても怖かった!」夕凪はポロッと涙を溢した。

「そうだよね、今日は助かったよ。一人だとタイミングが合いにくいんだ」そっと涙を指で払った。

「古川さん一人で十分だったでしょう?」

「黒沼が、夕凪と一緒なら行くって言うもんで」

「何それ?まあ、古川さんが守るって言ってたから心配はしてなかった」

黒沼がねだる姿を想像して笑いが出た。

「信用してくれてありがとう」古川はふふっと笑った。


「そう言えば、古川さんが怒ってるの初めて見た」

「あー、大人げなかったね。時間かかるとこっちも危ないしね。あまりにもマザコンだったからつい」


夕凪は頭を起こすと勢い込んで言った。

「それマザコンとは違いますよ!お母さん亡くなって不安で寂しかったんです。可哀想にそこに付け込まれちゃったなんて、腹立つ〜。また、ボコボコにして貰えばよかった」

「マザコンってお母さんが好きな子じゃないの?」と首を傾げている。


「今度はなんて名前にするの?」

「黒沼が飲み込んで餌になったから完全消滅した」

「え、さ?」

「弱い子供につけ込むあんな奴は二度と見たくない」

古川はキッパリ言った。

「本当容赦ない」

古川は微笑んで夕凪の頬を撫でた。

「元気出た?」

と聞いた。

「…うん。元気出た。ありがとう」


そのまま古川の顔が近付いてきたので、危うく避けれたが、今度はわざと近づいて、彼の頬にそっとキスした。

古川は目を丸くして固まった。

「ふふーん、いつもやられっぱなしじゃないよー」


彼の瞳がきらきらと輝いてきた。

「やった!初めてほっぺにチューされた!お返しね」

しまった!と思った時には遅く、夕凪はガバッと抱きつかれて両頬に返された。

「やーめーてー」

結局、頬をすりすり押し付けてきたのでギャーギャー言ってると解放されたが、どっと疲れて、夫婦に頼んで古川を完全排除して昼寝させてもらった。


夕方になってようやく帰途についたが、夕凪は古川からずっと離れて着いてきた。

「そんなに怒らないで。嬉しさのあまり、ちょっと暴走してしまったんだ」

「油断も隙もない!!」

「だって〜夕凪が〜ムフフフ」あからさまに思い出し笑いをしている。

「遂に両思いか〜フフフフ」

と遂に浮かれだした。

「違うし!ちょっと、やめて下さいその笑い方!」

まさか、こんなに喜ぶとは!軽い出来心からの行動を夕凪は心底後悔した。


すぐに神社の鳥居に到着した。

夕凪は貰った祈祷料を古川へ渡そうとした。封筒の裏に十万円と書いてあったからだ。

「私との約束は2万だったから、それでいいよ。後は古川さんが貰って下さい」


古川はクスクス笑った。

「欲がないね。君宛に貰ったのを取り上げるわけにはいかないよ。僕の方も上乗せされてたし、相楽さんは君に奥さんを認識してもらえて嬉しかったんだと思うよ。だから受け取ってあげて」

夕凪は真面目な顔で言った。

「でも、うちにも来て祓ってもらったの無料って言ってたけど、相楽さんは上乗せして払ってたんなら、何か心苦しくって。護符とか、御守りとかも、何なら、その、えーと、直接力?もらってたし」最後に少し赤くなった。


彼は夕凪の様子に満足してふわりと笑う。

「気にする事ないよ。僕の言い値は全く根拠無いし、出かけたく無いから他人には出張料取ってるだけだよ。プラスαはその人の気持ち次第で強制はしてない。護符や御守りで済むならそれでいい。僕に何やかや寄ってくるから出かけるの本当に面倒で嫌なだけ。他所はいい加減な事して4、50万とかざらにあるけど、そう言うのに限って手に負えなくなって僕に振るから、それはそいつらに倍請求するけどね」

古川は夕凪の頭を撫でた。


「君はよく働いてくれるから、お礼だと思って!それに夕凪には退魔師の仕事引き継いで欲しい」

「えっ何故?」

「言ったろ?僕は26歳までに転移でいなくなるって。その後同じ古川祥一郎が来るかわかんないし、能力低い古川が来たら手伝ってあげて欲しいんだ」

古川は寂しそうな笑顔になった。


夕凪は胸が締め付けられるような心細さを感じた。古川の運命は変えられないのだろうか?

「本当に、居なくなるの?同じ古川なのに何故そんな事になるの?」


「それが分かればなあ。この無意味な移動も僕の力も謎だらけなんだ。時々僕は本当に人間なんだろうかと疑問に思うよ。いつか他の古川祥一郎が原因を突き止めてくれたらいいのに」言いつつ諦めムードだった。


「前の世界の夕凪はどんなんだった?気になる」

「もちろん、結婚して」

「それは、いいから」ムッとして、頭を撫でていた古川の手を外した。


「ふふ、知り合ってもいなかったから、わかんない」ぎゅっと彼女の手を握った。

「そうなんだ、てっきり前から知ってると」

夕凪は少しがっかりした。


「全く偶然だよ。でも、初めて会った時、不思議な事に関わった事があるような気がしたんだ。過去にはなかったから、もしかしたら未来かもしれないね」

「未来まで…古川さんの能力は無限大ですね」


「僕の役には全く立たないよ。わかったところで意味無いし」

古川は夕凪の手を離すと鳥居をくぐった。

「じゃあ、またね」

あっさりと別れて階段を三段飛ばしで矢のように上がっていく。

『やっぱり早すぎる』ある程度見送ってから、夕凪も帰った。

家で巫女服を貰ったと渡すと、父が大層喜んで、着替えさせられて撮影会を始めてしまった。


うちの親、ウザいほど呑気すぎる。


しかし、真にウザかったのは寝てからだった。



「夕凪〜キスの続きしようよ〜」寝巻きをだらしなく着た古川がベッドの横に現れて、寝ている夕凪を揺すった。


「古川さん?え、なんで?」

辺りを見ても、自分の部屋だ。そうとも、いつも通り眠った。確かめたけど、自分のベッドに布団を被って寝ている。


ふわっと、白檀のような香りがしたと思ったら、古川が上から手をついて覗き込んでいる。無造作に布団を手で少しめくった。

「あ、この前と違うパジャマだ。これもかわいいね」


「どうしてここにいるの?いつの間にここへ来たの?」

「そんな事どうでもいい。お互い会いたかったから夢で会えたんだよ」

「夢?夢だよね?」混乱してわからなくなった。

「そうそう、夢だよ。現実なわけ無いよ、僕が夕凪の部屋にいるなんて」


古川はにっこり笑うと顔を近づけてきたので、慌てて両手で防いだ。

「キスしちゃ駄目?夢なんだからいいでしょ?」

「夢でもしたくないです」

「えー、そんなこと言わずにさあ」


古川は夕凪の手を外してベッドの上に縫い留めた。

「僕の言う事聞いてよ」古川は目を見開いた。透き通るような茶色の目が怪しく金色に輝いている。

この目は覚えがある。もしかして、いつも目を見た後必ずお願いをきいてた?


「そうか!この目で私の事操ってたのね!最低!」

目を瞑って怒鳴ったが体は動かず、彼はニヤニヤするだけだ。

「なんで、夕凪にはバレちゃうんだろ?君には一番かかって欲しいのに」

「あからさま過ぎるんです!」


古川はそのまま強引に口付けしてきた。覚えたてのディープキスをしてくるので夕凪は息ができなくてあせる。

舌の絡まり具合や吐息が夢にしては生々しい。

『これ、古川さんを騙る怪異とかじゃ、ないよね』


「次、何して欲しい?」

やっと離れてぺろっと自分の唇を舐めた古川は、妖艶だが怪異に感じる嫌な感じはしない。

『本人?だったら、どうしたらいいの?このままじゃ何されるか』


ふと、胸が暖かい、むしろ熱いぐらいになっているのに気付いた。

『もしかして、古川さんの力が残ってるから、ここに入ってこれた?そんな事ってあるのかな?でも残った力がどうなるか黙ってたのは、怪しい!』


ふと思いついた事だが、早く何でも試さないと危ない!

今度はのしかかって「柔らかいなあ」と耳たぶを甘噛みし始めた。

身体がゾクゾクした。ひーっ、もう我慢できない!止める気無いな!もう、本人だか怪異とかもう知らん!


「古川さん」静かに言った。

「ん、なあに?」

顔を上げて夕凪を見る古川は、見た事がない蕩けるような甘い笑顔だ。

オノレ、古川!残念なイケメンめ!


夕凪はにっこりした。

「夢なんだからいいよね?何しても」

「もちろん!何したい?」古川が期待に満ちた目で上半身を起こした。


夕凪は渾身の力を込めて息を吸った。


「出ていけー!!」

叫びながら胸から外へ、古川目掛けてこの前と同じように、押し出すイメージをして彼の力を放出した。


「えーっ!ずるい〜」

言い残して古川は飛ばされて窓から外へ出て行ってしまった。


夕凪は飛び起きた。激しい動悸で荒い息のまま辺りを見ると誰もいない。

取り敢えず古川の力のあまりの衝撃に驚いた。


窓は閉まったままだったが、四隅に付けっぱなしだった人型が全て落ちて割れていた。

人型が古川が入る時に割れたのか、出る時なのかわからない。


「何だったの、今の⁈窓を突き抜けたよね?やっぱり夢?それとも怪異?」

頭の中が混乱して?マークが一杯だ。

これは、本人に聞くべきなのか?藪蛇か?


朝まで、まんじりともしなかった。

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