第3話 迎撃!

夕凪は古川に寝姿&よだれを見られて、プライドをすっかり傷つけられて帰ってきた。


母親になんて言おうか迷ったが、

「小1の時のお世話係の6年生のお兄さんでホントにお世話になった人なの!引っ越ししてたんだけど、あの神社の神主さんのお手伝いをするのに戻って来たんだって!

でも、泊まる予定だったのに、来る日にち間違えてて神主さん達旅行に行っちゃって入れ違いになっちゃったって、困ってたんだ。

偶然合って、その話聞いたら放っとけなくて」

と、古川に言われたあらすじをほぼ採用した。

彼は嘘つきの天才すぎる。


母親は心から気の毒に思って、「今こそ恩を返すときね」と慌ててスーパーへおかずを追加するために出ていき、夕凪は客用布団に乾燥機をかけ、一応泊まり部屋として用意された夕凪の隣の部屋を片付けたり、掃除機をかけたりで忙しく過ごした。


そして、現れた古川は神職の普段着の白衣に薄い青緑色(浅葱色)の袴姿でやってきた。大きな白いずだ袋とスポーツバッグを下げていた。

「本当は皆さんにお見せするのに装束で来たかったのですが、先に送ってしまって無いんです」


夕凪は神職の格好の古川を見たのが初めてだったので、つい見惚れてしまった。見目麗しい日本人顔の古川にそれはとても似合っていた。


夕凪は古川をまず部屋に案内しようとしたが、古川はそれを止めてリビングへ連れて行くよう言った。

お茶欲しいのかな?と連れて行くと、おもむろに荷物を下ろした。ずだ袋を開けると通称お祓い棒、大麻おおぬさが出てきた。


「取り敢えず、一宿一飯のお礼に、お祓いさせて下さい」

夕凪の母親は感激して、古川の前に二人して並ぶとお祓いを受けた。

その後夕凪に部屋まで案内させた。


「夕凪のお母さん、良い人だね」古川はいつにも増してニコニコして言った。

「それは、お人好しで騙されやすいって事?」

夕凪は裏をかいて言った。

「自分の親をそんな風に言っちゃダメだよ。今時貴重な人だよ」

古川がそんなことを言うのが意外だった。


「夕凪もお人よしと騙されやすいのを受け継いでるけど」

同じ笑顔で言った。

やっぱり。


2階に上がり、古川のための部屋を開けると

「ここは夕凪の部屋じゃ無いね?」と言った。

「そりゃそうでしょ?同じ部屋には泊められない」

「同じ部屋でいい。どうせ寝られない。こっちは窓がない」


ポイっと大麻の入ったずだ袋を投げ入れてドアを閉めた。

「え、あれ良いの?置いといて」

「あんなのただの棒だよ、荷物になる」

古川はまた失礼な発言をする。

「こっちのバッグ、夕凪の部屋に入れといてね」

「着替えとかはこちらでどうぞ」と夕凪は指差したが

「他の大事なものが入ってるから置いといて!」と強引に押し付けた。


下に降りて三人で夕飯を食べた。

古川は相変わらず出鱈目な夕凪の一年生の時の話をするのだが、夕凪本人すら忘れていた担任の先生の名前や本当のエピソードも織り交ぜるので、怖くなって引き攣った笑いを浮かべていた。


古川が頼んだ通り、洗濯乾燥機を使わせ、お風呂も用意した。彼は「至れり尽せりだね、ありがとう」と意味深な笑いを浮かべて一番風呂に入っていった。

夕凪は母親が風呂に入った隙におにぎりを握って、お茶とお菓子とポットと一緒に持って上がった。


精神的に疲れた…部屋に入った途端がっくりして座り込んだ。こんなので、今夜乗り切れるのだろうか?

古川のやり方は絶対夕凪を巻き添えにする。分かってるだけに気を抜けないのに。


「お風呂入りなさーい」下から夕凪の母親の声がした。

はーいと返事して着替えを持って下に降りようと部屋の外に出たら古川がいた。


紺色の作務衣に着替えている。

普段の青白い顔が上気して頬がほんのり赤く染まっている。

濡れた前髪をあげたスタイルも、妖艶で腹が立つほど美形だ。

母が最初に会った時妙にはしゃいでいたのも、その後もニマニマしていたのも納得だ。


「お風呂、先に頂いたよ。部屋で待ってる」

字面だけ追えば、なんか誤解しそう…


この後待っている災厄に、憂鬱になって長風呂した。

風呂から上がると母親が下でテレビを見ていた。

「祥一郎君、疲れたから先に休みますって。隣で騒いじゃダメよ」

はーい、と生返事してオレンジジュースを飲んだ。

母め、いつの間に下の名前で呼んでるんだ。古川の社交術は存分に発揮されている。


「部屋で宿題して、終わったら寝るから」

と言い残して、歯磨きして、髪を乾かし、戻りたくないが部屋へ上がった。


中に入ると古川が夕凪のベッドに転がって

寝ていた。


近付いて見たが、本当に寝ている。

『まつ毛長っ」静かに寝息を立てる古川を、しばらく息を殺すように眺めていた。

『朝が早いって言ってたもんね』


夕凪は机に向かうと宿題をし始めたが、どこか上の空で古川も気になって、ちっとも身に入らない。


まだ、奴等がやってくるまで時間がある。それまで寝かせてあげた方がいいかな?


静かな時間が流れる。ようやく宿題を終え、カバンにしまう時に今日貰った護符のことを思い出した。

出して広げてみて「これが一万円かー」と電灯の明かりに透かして見ていた。


妙に字が薄い。

ハッとして下にして見た。今日貰ったものだ。古川祥一郎の周り四隅に梵語が書かれているから間違いない。


自然に身体が震えてきた。

遠くからこっちに目掛けて何かが沢山やって来る。そう確信した。


「早いね」「きゃっ」

寝ていたと思った古川の声に、必要以上に驚いてしまった。

「護符の字が消えそうなんだけど」古川に見せると頷いた。

「前渡したのより強力にしといたのに」

古川はベッドから起き上がると、ため息をついて窓を開けた。


「あ、開けちゃっていいの?」

「取り敢えずウォーミングアップに第一陣を排除する。ドアにそれ貼って。そっちに来るやつザコだから十分効く」

夕凪は慌ててセロテープでドアの真ん中に護符を貼り付けた。何となくドア全体が金色に光ったように見えた。


「来た!僕の真後ろに居て!」

古川の後ろからこっそり覗いて後悔した。


人間や動物の手足がてんでバラバラに生えた、ぐちゃぐちゃした黒い何かが合わさって横一直線に並んでこっちに飛んできている。


古川は横に広げた両手をパァンと打った。

金色の大きな手のようなモノが、左右から黒いものを挟み、一瞬で丸くした。

両手をそれぞれ反対の方向へ押し付けあった。

「逝ね!」と低い声で言うと、あっという間に散り散りになってしまった。


夕凪は呆然とそれを見ていた。

「嘘でしょ、あんな簡単に掃除できるの?」

「集める手間が省けたからね」

古川は振り返ってにこやかに夕凪を見た。


「あ、ザコが去って行く」

すると白い半透明な壁が家を覆うように出現し、小さな黒いモノがそれに当たると消えていく。

「ふふふ、次が本命!」古川は窓を閉めた。

「窓閉めちゃうの?」

「引き付けて殺る。窓は壊れない、と思う」


古川はスポーツバッグの中から手のひらほどの木でできた人型を4体取り出し、窓の四隅に固定した。ただし、バッグにあったトンカチを叩いて釘で止めたのでバレたらどうしようと別の不安が出てきた。

「カーテンで隠れる位置に打っといたから。もしくはそのまま付けとくか」

「付けとくのはちょっと」


身体に怖気が走った。さっきとは桁違いのモノが来る!

「もう、来るからね。窓の真ん中に出て来るから、これ突き刺して」

先の尖った木の棒を渡された。

「え、私が⁈」

「君が招いたんだから心から拒絶しないと」

「やっぱり私に振るんだ〜」半泣きになった。


「これでやっつけたら当分来なくなるから」

「イレテ」

「次は君だけでできるようにしてね」

「イレテ」

「なんか言われてますけど⁈」

「どうぞって言うんだ。入ってきたら頼むね」

心臓が痛いほどドキドキする。


「い、言うよ、『どうぞ』」


「夕凪、帰ったぞー、友達泊まってるんだって?会いたいんだが」

ドアを叩く音がした。

「え、父さん?」思わず振り返った。


「夕凪、そいつは違う!こっちに集中して!痛っ」

古川の方を見て驚愕した。閉めたはずの窓の真ん中から黒いモノが突き出ていて古川の腹を貫通している。

前へ回ると古川がそれを掴んで苦しげに黒い血を吐いていた。


「古川さんっ!どうしたら」

古川を見ると「早く」と言ってるのが口の形で分かり、夕凪は木の棒を持って、泣きながら思い切り黒いモノを突き刺した。


「帰れー!!」絶叫した。

突き刺したところから光が漏れる。

更に夕凪の身体から白い光が四方八方から出てきた。

それらは黒いモノへと飛んで、グサグサと槍のように次々と貫いて行く。 


古川も腹に刺さったまま先を掴んだまま潰していく。


黒いモノが霧になって霧散していく。

それを見ると、ふうっと気が遠くなって倒れそうになった時、古川が後ろから支えた。

へなへなと二人で座り込む。


「よし、逝った」

古川がポツリと呟いた。

「夕凪、消えたよ」


ふらふらと頭を起こして、古川に持たれているのに気付いた夕凪は慌てて飛び退いた。

「古川さん!怪我は?」

「実際に傷ついたんじゃなくて、穢れを入れられただけだから大丈夫」

古川は腹を押さえて荒い息をしている。


「それもダメじゃない!ごめんなさい!ごめんなさい!私が気を取られちゃったから、古川さんが、どうすればいいの〜」涙がボロボロ溢れてくる。


「じゃあ、ちょっと力借りたいんだけど?」

「何でも貸します、貸しますから!」


「最後に思い切り抱きしめてくれないかな」

古川は両手を夕凪の方へ伸ばした。

夕凪は泣きながら古川を必死で抱きしめた。

「古川さん、死なないで!お願い!」


古川が、ふうっと息を吐いた。


「死んじゃやだっ!古川さん!」


「女の子って柔らかいんだな」

呑気な声が上からした。


「え?」夕凪は急いで身体を離した。

がまた抱きしめられた。

「女の子に抱きしめられるなんて機会、もう二度とないだろうな。あー、この世界去りたくないな」


「古川さん?穢れは?」

「君の力借りて浄化した」

「死ぬんじゃなかったの?」

「そんなの一言も言ってないよ。夕凪が勝手に僕を死ぬ死ぬ言ってただけ。まあ、刺されて痛かったけど」


のんびり言いながら夕凪の頭と背中を撫でている。

「この髪のコンディショナーの匂い、風呂場に残っててドキドキしたよ」と顔を首に押し付けて匂いまで嗅いでいる。


夕凪は、はあーっと長いため息をついた。この人は例え死んでもこんな感じかもしれない。

「今回は私のミスです」

「そうだね、でも上手くやれた方だよ」顔を起こして鼻が擦れるまで近づいた。

「もし、夕凪が刺されてたらと思うとゾッとするよ」

古川がそのまま啄むようにキスして離れた。


「えっ?」古川は夕凪の口を押さえた。

「夜中だよ、静かに」

「ななななな、何?今?キスした?えっ、ファーストキスだったのに」

と言うがモゴモゴとしか聞こえない。


「僕もファーストキスだから、安心して。もっとすごいことする?」

夕凪は首を横にぶんぶん振った。

それは、古川のファーストキスが初めては嘘で、もっとすごいことはしたくない、と言う二重の否定だった。


ん?何か引っ掛かる。古川の家での事だ。

夕凪は何とか手を外した。

「もしかして、私が寝てる間に、キ、キスしてませんでした?」

「おや、バレてた?催眠久々だったから弱かったか。でも夕凪嫌がらなかったし」


夕凪は恥ずかしくてプルプル身体が震えてきた。

「そんな時嫌がるとかそう言う問題では無いと思いますが?そこまでして」

「あれは、君を守るのと、いざという時の戦略として僕の力を移すのに必要だったから、しょうがないよ。素では嫌がると思ったし」


夕凪は顔を真っ赤にした。

「そんな理由だったら、別に大丈夫、だったのに」段々声は小さくなった。「多分」


古川はにっこり笑った。

「じゃ、次からは目が覚めてる時にするよ」

「必要な時だけですよ!」人型のように釘を刺した。あ、どうしようか、あれ。


「もう3時か、一眠りするか」古川は夕凪の手を繋いだ。

「?」

「一緒に寝て?」

「へ?何で?」

「僕が寂しいからと、廊下の奴がまだ幾つかいるから消すのに君の中の力が要る。その後結界張る力があまり無いから、僕たちの周りだけ張って寝る」


「最初の理由は何%ですか?」

「寂しいからが80%」「やっぱり」

「この世界に来たばかりで、その上26歳までに違う世界に飛ばされる。知り合いすらあまり作れない。故にいつも寂しい」

古川は微笑んで言った。

「信じなくていいよ、嘘だから」


「古川さんが嘘だって言う時は、真実だと思う」

夕凪は真面目な顔で言って、古川の手を引っ張った。

「行きましょう!ザコはお願いします。特に父さんを騙った奴はボコボコにして下さい」


「君はお人よしだね」

「遺伝ですから」


古川は頼まれた通り、他のは一瞬だったが、一匹だけ素手で10回位殴ってから消した。

「これでいい?」

とにこやかに言った。

「そこまでしなくても」

と夕凪は思い切り引いていた。

それから古川の泊まる部屋へ行って、一つの布団で二人で寝た。


手を繋いでいれば良いのだが、そんな事は古川は勿論言わずに夕凪を抱きしめて離さなかった。仕方なくそのままいたらすぐ寝てしまった。

古川の力が残っているのか胸がぽかぽかして、結界も近いせいか、安心したのかもしれない。


夕凪はやっと夜眠れるようになった。


ちなみに古川は5時に起きて、夕凪の握ったおにぎりを全部食べて、朝食も食べ、夕凪の母親から弁当を作ってもらった上、饅頭は持って帰った。

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