第27話 肉じゃが
「ごめん。哲夫がずっと舞さん家に行ってなかったとき、哲夫はどうしたのかって聞かれて。そいで、その……話しちゃったの。哲夫に離婚を切り出したこととか」
今度は哲夫のほうが頭を抱えてイスに座り直し、テーブルに両ひじをついた。
「だって、舞さんはシングルマザーだって思い込んでたし。哲夫と舞さんと双子ちゃんが一緒にいるのを見てたら、なんか、哲夫と舞さんが結婚するのが一番自然で幸せなんじゃないかって、思ったんだよ」
哲夫が、腐ったものをうっかり食べてしまったみたいな顔をしている。
「舞さん、その話をした時は、ただ『理解できない』っていう感じだったんだけど。まあ、ふつうに、引くよね」
哲夫は、頭をグシャグシャと両手でかき、鼻からふーっと大きく息を吐いた。
「ふつうに、俺だって引いてるぞ。美波って、なんていうか、時々どうしようもないな。俺をなんだと思ってるんだよ」
私は哲夫のとなりのイスに移動して、哲夫を横からぎゅっと抱きしめた。
「哲夫は誰よりも大切な人だよ。自分でも、常識外れだとは思ったんだけど、哲夫や舞さんを傷つけたかったわけじゃないんだ」
「それは……、わかってるけどさ」
舞さんは、私が「哲夫と結婚してくれない?」なんて突飛な話をした後も、哲夫と私が双子ちゃんの様子を見に行くと、喜んで迎え入れてくれた。だから私は、あの件はただの冗談みたいな話として流してくれて、すっかり元どおりになったのだと思い込んでいた。
でも、舞さんの心中はあれからずっと複雑だったのかもしれない。
哲夫は悲しそうな目でまたテレビを眺めた。
「美波は悪くないよ」
「いや、どう考えても私のせいでしょ」
「違うんだ。美波に、そんなふうに思わせたのが悪いんじゃないのか。たぶん今までが異常だったんだよ。自分の子どもでもないのに馴れ馴れしくして」
哲夫が、どこか打たれたみたいに痛そうにしている。こんなことってあるだろうか。哲夫は、心から双子ちゃんを愛しているのに。
「舞さんと、ちゃんと話し合ったほうがいいな。週末にお菓子でも持って行くか」
哲夫がそんなことを言うので、急に胃液がせり上がるような感覚を覚えたけど、
「……うん。そうだね」
と、とりあえず同意した。ちゃんと話し合って、何がどうなるっていうんだろう。
夫婦が「ちゃんと」話し合い過ぎると、離婚になるって、誰かが言ってたな。これも、そういう案件なんじゃないのかな。舞さんとちゃんと話し合って、「ちゃんと」「ちゃんと」って正しさを突き詰めていくと、私たちはバラバラになって、誰も幸せにならないんじゃないかな。
哲夫と舞さんと双子の赤ちゃん、それから私。「ふつう」ではなかったかも知れないけど、みんなで力を合わせてうまくやってきたじゃないか。大変だったけど、みんないつも笑顔だった。あのままでいられればよかったのに。
私が余計なことを言わなければ。舞さんに、子どものできない私の身代わりになってもらおうなんて、身勝手で失礼なことを願わなければ。なんてバカで傲慢だったんだろう。
「美波」
哲夫が私のほおを軽くつねって、我に返った。
「すごい顔してるぞ」
「え? 顔? 私?」
「あんまり思い詰めるなよ。大丈夫だから。なるようになるさ」
思い詰めるなと言う彼が、青白い顔をしている。哲夫がちゃんと話し合いたい相手は、本当は私なのだ。何かが決定的に壊れているのに、二人して必死になんでもないふりをし続けている。そうしていないと、今にも世界が反転しそうだ。
哲夫のことが不憫で、私はもう一度彼を抱きしめた。世界で一番大切な人。私は彼を不幸にしたくない。
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