第15話 チョコレートパフェ

 週末、家族でお花見に行くことになった。近くの河原の桜が八分咲きらしい。いつの間にか、ユナちゃん一家も一緒に、という話になっていた。


 さくらとユナちゃんは、ますます仲良しになっているようだ。優希ゆうきは朝から気合いを入れて弁当を作っていた。


「なに?」

 僕の視線に気づいた優希が怪訝な顔をする。


「今日、やけにきれいにしてない?」

 優希の顔がサッと赤くなった。


「え? 派手かな? 若作りすぎる?」

「そんなことはないけど」


 黄色のチェックのシャツワンピースは、新しく買ったのだろう。初めて目にする。外した第一ボタンから見える鎖骨の上に、華奢なチェーンのネックレスが輝いている。こちらは、さくらが生まれる前、誕生日にねだられて買ったものだ。


 化粧もいつもより念入りな気がする。テカテカと光るくちびるが艶かしい。

「原田さんの奥さんって、すごい美人でおしゃれなの。だから、触発されちゃって」

 いたずらが見つかった子どものような顔で、優希は笑った。


 そのとき、ブーンと優希のスマホが振動した。ラインのメッセージのようだ。スマホを見る優希の顔から笑顔が消えて、真剣な顔になる。


「ねえ、貴志たかしくん」

 優希が小声でささやく。

「ユナちゃんのママ、今日来れないって。また具合が悪くなったんだって」


「そうか」

「なんか、ずっと調子悪そうなんだよね。本人も、原因がよくわからないって言ってたんだけど」

 優希が心配そうな顔で、さくらのほうをチラっと見た。


「たいへんだよね、ユナちゃんまだ小さいのに」

 たいへんだというのは、つまり、ユナちゃんのパパがたいへんだということだろうか。あの金持ちそうなイケメンに、優希が妙に肩入れしている気がしてならない。


「だから、今日はユナちゃんとパパだけで来るって」

「病気の奥さんを置いて?」

 険のある言いかたになってしまい、優希がムッとふくれる。


「しょうがないじゃない。ユナちゃんを一日中家に閉じ込めとくわけにもいかないし。具合悪いときって、子どもの面倒みててくれるだけでも、大助かりなんだよ」


 自分でも子どもじみているとは思うが、優希が原田の旦那さんにばかり味方しているようで面白くない。


「さくらの支度とか、お願いね」

 優希は弁当の仕上げにかかった。小さく鼻歌を歌っている。ママ友の具合が悪いというのに、浮かれすぎじゃないか。


 雨が降ればいいのにな。窓からのぞく青空を見ながら思った。



 河原は人でごった返していた。桜の鮮やかなピンクが目にまぶしい。絵本に出てきそうな羊雲がふわふわと浮いていて、雨なんて一粒も降りそうにない。ポカポカと暖かく、花見をするには絶好の天気だ。


「ユナちゃん!」

 ユナちゃんを見つけたさくらが走って行く。


 ピンク色のワンピースを着たユナちゃんと一緒に、ジーンズにTシャツ姿の原田さんがニコニコしている。仕事帰りの格好とは違い、カジュアルな格好の原田さんはとても若々しく見える。


 さくらがユナちゃんのところに駆け寄るなり、原田さんは両腕で力こぶを作った。ジムにでも通っていそうな立派な上腕筋がむくりと現れる。

「きゃー!」とさくらとユナちゃんは歓声を上げて、原田さんの腕にぶら下がった。


「ぬおおおおおお」

 大きな声を出しながら、原田さんが二人をぶら下げたまま走り出した。

 呆気に取られている僕の横で、優希が口に手を当てて笑っている。ああ、そうか。幼稚園のお迎えのとき、原田さんはいつもこうやって遊んでくれているのだろう。


 人と人の間をぬって、なんとか河原に座れる場所を見つけた。ピクニックシートをひいて、さっそく弁当を広げる。


 優希の作った弁当は、三種類のおにぎり、唐揚げ、ポテトサラダ、卵焼き。さくらも僕も好きな定番のメニューだ。


「うわー、おいしそうですねぇ」

 白い歯を見せながら、原田さんが大げさに褒める。それから、自分の弁当も広げはじめた。


 大きめの箱に入ったカツサンド。別の容器には、キュウリとチーズとミニトマトを楊枝で刺したものが入っている。それから、カラフルなフルーツサラダ。


「奥さん、ご病気なんじゃないんですか?」

 豪華な弁当を目の前にして、つい聞いてしまった。


「ふふ。この弁当は、僕が作りました。妻は実はあんまり料理が好きじゃなくて。我が家のシェフは僕なんです」

 隣の優希が、意味深な視線を僕へ向けている。このヤロー、と理不尽な怒りを原田さんに対して覚えてしまう。彼に落ち度がないのはわかっているが、嫌味なヤツだ。


「僕、凝り性なんですよ。今はカツサンドに凝っていて。いろんなとこで買って、家で味を再現するのが趣味なんです」


「へえ〜。ちなみに、今日のはどこのカツサンドを再現してるんですか?」

 優希が笑いながら聞いている。笑うとき、いちいち口に手を当てる仕草が気に入らない。僕の前で笑うときは、奥の銀歯が見えるくらい大口をあけるのに。

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