第13話 チョコレートパフェ

「またママの負け!」

「もうやだあ」

「もう一回やろ?」


 優希ゆうきとさくら、それから知らない女の子が三人で、崩れたジェンガを囲んでカーペットに座っている。


「あ、おかえり」

 僕に気づいた優希が立ち上がった。


「ママ、もう一回! もう一回やろ?」

「ダメ。もうすぐユナちゃんお迎えだから、お片づけ」

「え〜!」

 さくらと、ユナちゃんであろう四歳くらいの女の子が同時にブーイングした。


「さくら、パパにおかえりなさいは?」

「パパ、おかえり」

 さくらは僕のほうをチラッと見ただけで、次の瞬間にはユナちゃんとクスクス笑いながらジェンガを積みはじめている。さくらがこんなふうに同い年の子どもに打ち解けているのを、初めて見た。


「もう。最後の一回ね? ママは抜けるから、二人でやってね」

「はーい」

 女の子二人の声がきれいにそろって、それがおかしかったのか、二人はまたケタケタと笑った。


「今日はカレーだよ」

 キッチンへ行き、鍋に火をつけながら優希が言った。

 優希が手早く装ってくれたカレーは、にんじんが星型にくり抜かれている。

 チリフレークがカレーの横に添えられていた。


「今日のカレー、お姫様仕様だから。チリフレークたっぷりめで丁度いいと思う」

「おう。ありがとう」


 優希は冷蔵庫からビールを取り出すと、グラスと一緒にテーブルへ持ってきた。

 僕がカレーを食べている前で、缶ビールをグラスへ注ぎ、一口飲んで「あ〜、生きかえる」とおじさんくさいセリフを言う。


 優希はよく酒を飲むが、僕は下戸なので飲まない。

「あの、ユナちゃんだっけ? どうしたの?」

 本人に聞こえないくらいの小声で聞いた。


「うん。今年の初めに引っ越して来た子なんだけど。さくらとすごく仲良くしてくれてね。ユナちゃんのおかげで、さくらも最近は幼稚園に行く日が増えたのよ。今日、急にママの具合が悪くなっちゃったらしくて。パパから頼まれて今日は幼稚園のあとに預かることにしたの。もうすぐ迎えに来るよ」


 今日の優希は薄く化粧をしていて、桜色のニットを着ている。僕が帰宅する前には化粧を落として部屋着でいることが多いので、平日にこんな優希をみるのは珍しい。


 僕と同い年の三十五歳で、自分のことをたまに「おばさん」と呼んだりしているが、こうやってきれいな格好をしている優希は、大学で出会った頃とあまり印象が変わらない。


 ピンポーン。玄関のチャイムの音がして、優希がすぐに腰を上げた。

「ユナちゃーん、パパじゃないかな?」

 リビングへ向かって声をかけながら、パタパタと玄関へ向かう。


「すみません。遅くなりまして」

 玄関のほうから、男の声がした。

 家に通されて「こんばんは」と僕にあいさつをしたユナちゃんの父親は、高価そうなトレンチコートを着ていた。髪に白いものが混じっているが、老けた感じがしない。いかにも仕事のできそうな、大人な紳士に見える。


「パパ!」

 ユナちゃんが彼を見るなり駆け寄ってきて抱きついた。

「ユナちゃんパパ!」

 さくらがユナちゃんに続き、ユナちゃんの父親に抱きつく。自分の祖父にさえ、なかなか抱きつこうとしない内気なさくらが、他人の男性にそうしたのは驚きだった。


 ユナちゃんの父親は、二人の女の子を左右の腕で抱きかかえると、「うおおおお」と声を出して、くるくると回る。宙に浮いたままグルグル回されるユナちゃんとさくらは、きゃあきゃあと大声を出してはしゃいだ。


 もう一回、もう一回、とせがむ二人を制しながら、男は僕に近づいてくると「すみません。ユナの父親の原田といいます。今日は、どうもありがとうございました」と頭を下げた。


「あ、いえ」

 僕の心臓が、ドキドキと脈を打ちはじめて、挙動不審になってしまう。こういうとき、なんて言うんだっけ。こんな年になっても僕は初対面のあいさつが苦手だ。


「カレーですか」

 原田さんは、僕の食べかけの皿を見ながら気さくに話しかけた。人とのコミュニケーションが得意なのだろう。僕のように無口な人でも、会話に入れるように気を使ってくれるタイプだ。


「あのね、ニンジンがね、おほしさまなの」

 さくらが得意そうに言うと、「おひめさまカレーなの」とユナちゃんが続けた。

「えー!」と原田さんがおどけて大きな声を出すと、二人はまたきゃあきゃあと笑った。


「原田さんも、いかがですか? お子様仕様ですけど。お夕飯食べられました?」

 優希が原田さんに勧めた。口調に笑い声がにじんでいる。


「いやいや、もう遅いですから。ユナを連れて帰ります。今日は本当に助かりました。ユナ、うるさかったでしょう? たいへんご迷惑をおかけしました」

「全然そんなことないですよ。ユナちゃんのおかげで、私もさくらも楽しかったです」


 優希が口に手を当てて笑っている。トクトクトク、と心臓が速く動いて、胸に少し痛みを覚える。おかしいな、と思っていたらしばらくして痛みは消えた。


 原田さんがユナちゃんを連れて帰ると、家が急に静かになった。残されたさくらが寂しそうに優希にしがみつく。心なしか、優希も寂しそうに見えた。

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