第6話 煮込みうどん
掃除と買い出しを終え、台所で野菜を切っていたら、さっきまで
「その爪で、器用にやるよねぇ」
新築のカウンターキッチンの向こう側から、私の手元をのぞきこむようにして美由紀が言った。
「あれ? 木華ちゃんは?」
「そこ」
リビングの床に円形のマットが敷いてあり、木華ちゃんはその上に寝かされていた。マットの上をまたぐようにアーチ状の枠が置いてあり、そこからぶら下がっているおもちゃを、木華ちゃんは一心に揺らしたり叩いたりしている。
「ネイルサロンとか、もう何年も行ってないわ」
美由紀が短く切りそろえられた自分の爪を見ながらため息をついた。
「ケンさんが嫌いなんでしょ、ゴテゴテしたネイル」
「千遥のは、ゴテゴテしてないもん。ケンさんもそういうのなら好きな気がする」
美由紀の旦那さんは美由紀より四つ年上で、木ノ下健一郎さんという。美由紀がケンさんと呼ぶので、私もなんとなくそう呼ぶようになった。
「そう? ただのフレンチネイルだけど」
「なんかさ、千遥の手がもう、全体的にすごいきれい。セクシー」
「はあ?」
褒めちぎられて、お尻のあたりがモゾモゾするので、包丁をせっせと動かした。昨日、リスさんに食べさせてもらった豚汁の煮込みうどんを作っている。
広くて新しいキッチンは、自分のアパートの小さなキッチンとは比べものにならないくらい使いやすく、高価そうな包丁も良く切れる。
「千遥って、昔から女子力高くて、爪の先まで抜かりないよね。スラーっとして、いつもキレイにしてて。肌もツヤツヤだし」
大鍋に油をひいて、豚肉を炒める。ジャーっと豪快な音がして、美由紀の言葉が一瞬、聞こえなくなった。大鍋は私のキッチンには入らない大きさで、木ベラも職人さんが作ったような上質なものだ。
「私、妊娠して二十キロも太っちゃってさ、今でもまだ妊娠前より十五キロも重いんだ。ハラとかすごいよ、マジで。妊娠前の服とかまだイッコも入んないし」
コンロも最新式で、火力が強く火加減の調節がしやすい。
大根、人参、ごぼう、とどんどん炒める。野菜を追加するたびに、炒める音が大きくなって、美由紀の言葉をさえぎる。
「化粧だって、もう何週間もしてないし。美容院に行く暇もなくて。いや、もっとキレイにしてるママだっているんだよ。私の努力が足りないのはわかってんだけどさ」
それなのに、美由紀の言葉が止まらない。ジュージュー音を立てて料理をしている上から無理やり話しかけてくる。
「千遥って、すごいよね。仕事も二十代から店長とかやってて。ジムもエステも続けてるしさ。ほんと、同じ私が千遥と同じオンナだとは思えないよ」
いい加減、うるさいな。さっきから、相づち打たなくなったの、美由紀は気づいてないのかな。
いらないんだよ、そういう気づかい。女同士の、相手を思いやる褒めあいみたいなやつ、気持ち悪いんだよ。
こんにゃくも油揚げも鍋に入れて、昆布と鰹節で取った出汁を大鍋に入れた。ジュワーっと大きな音がして、その勢いで出汁の入っていた鍋を乱暴に置いたら、ガシャンと派手な音をたてた。
美由紀がハッとして私の顔を見る。
うらやましい。
新築の新居。優しい旦那さん。安定した生活。生まれたばかりの赤ちゃん。みんなみんな、私が持っていないもの。もしかしたら、一生手に入らないかもしれないもの。
美由紀の私を見る目の中に、憐れみの色が浮かんでいる気がする。今の私は、五年前の美由紀が最も恐れていた未来だ。夫も子どももいない独身女。頼れる人も、頼ってくる人もいない、孤独で不安定な人生。
美由紀は、そうなるのが絶対に嫌だったから、どんなに辛い思いを繰り返しても、諦めずに婚活と妊活を続けたのだ。美由紀が持っているものは、美由紀が努力して手に入れたものだ。
「きれいにしててもさ、あんま意味ないじゃんって思う。いまだに独身だし」
そんなことを言ったら、美由紀が反応に困るのはわかっている。それなのに言ってしまったのは、意地悪な気持ちになっているからだ。美由紀を少し傷つけてやりたい気分になっている。いけない。
「ねえ、千遥は、魅力がないから選んでもらえなかったとか、そういうふうに思っちゃダメだからね。そんなことはないから。本当に、そんなことはないんだよ。むしろ、逆っていうかさ……」
男選びを間違えたって言いたいんだろう。今までも散々言われてきた。
女というのは、結婚したとたん、なんとなく上から目線になる気がする。
「
「え……?」
美由紀の顔色が変わった。
「言ったんでしょ?」
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