それも、SFらしいじゃないか

お題:(記録ミスにより不明) 制限時間:(記録ミスにより不明)


必死にキーボードを叩く。こんなにも生き生きと文章を書くのはいつぶりだろう?

「拝啓、田中棚次郎様、今回の作品にとても感動いたしました――

この田中という男。いや、男か女かは分からないが。そんなことはどうでもいい。この男の書く漫画に完全に敗北したのだ。こんな漫画を読んだのは初めてだった。いや、久しぶりと言ったほうが良いかも知れなかった。田中の漫画に圧倒されてしまっていた。表紙の白黒に印刷された、お世辞にも金を掛けたとは思えない装丁の同人誌を片手に。


一ヶ月前の話だ。俺は地方都市の同人誌即売会に来ていた。目当ては出張編集部だった。都心から大きく離れたこの町でプロの編集者に自分の原稿を見て、直接指導してもらえる最高の機会だ。

「つまり、あなたの原稿は十分な能力が伺えますが、現代の漫画雑誌ではウケる要素に欠けています。絵柄、構成、どちらも申し分ないですが根本的な物語の題材、主人公や切り取られる人物の心情に決定的な共感が欠けているんです。SFはいつの時代ももてはやされますがディストピアとしての世界を読者が見たときに共感が欠けるんです」

サラリーマンをしながら必死に仕上げた原稿。仕事と自宅を往復しながら、休みは創作に充て続けて描き上げた原稿。高校生時代に青春を根こそぎにされたSFに引きずられて描いた原稿。十年以上の人生を注いだ原稿。

「一応、新人賞に出すことも勧められますが、これで受賞は難しいでしょう」

俺の原稿は新しさが足りなかった。

「原稿、お返しします。この描写力ならサスペンスやホラーを私は推したいですね、また作品を作られたら持ち込みをお勧めします」

頭はこんなにもSFで一杯なのに。この世界の歪んだ未来や、ありえた世界の疑史までもあるのに。

「原稿を、お返ししますね」

これで八作目。いつもそうだ。雑誌に載る努力はしてきたのに。そのためにまた八つ目の世界を作ったのに。

「ありがとうございました」

一言だけ残して席を立った。

即売会で、昔なじみの同人誌と、その昔なじみの勧めるサークルの作品を幾つか買って帰った。

サラリーマンだ、帰りにやさぐれて飲む酒代くらいはある。少しのSF作品を買うくらいにしか使わない給料。そんな価値すら色あせた通帳の数字。


自室で、ワインを開けながら同人誌をめくった。勧められて買った田中という作家の作品だった。絵は荒削り、同人誌を作ることへの不慣れさも感じる仕上がり。期待を少し、萎ませた。

幼く、力強い同人誌だった。

同人誌を閉じたとき、私はPCのメールアプリを立ち上げていた。

――そこで、どうにかして先生の支援を出来ないでしょうか。在庫がある場合は全て買い取らせてください」

SFを、彼に追いかけて欲しいと思った。雑誌に載らなくても、俺はこの世界に居たいと思った。心から。

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