エピローグ 独りにしない

 瞼を開いき、手首から流れ出した貴女とは違うどす黒い赤を、そっとバスタブにけた。


 痛いねえ、やっぱり。


 まぁ、貴女の苦しみに比べたらこれぐらいどうってことない。


 どうせ貴女なしでは生きていけないから。


 貴女を忘れて生きていくことなんて、歩いていくなんてできやしないから。


 涙でぼやける視界を、濡れた服の袖で強引に拭う。


 最期に貴女の顔を目に焼き付けたかったから。


 そっと頬を撫でていたら、ふと遺書の内容を思い出した。


 そういえばさ、貴女は書かなかったね。


 私に「幸せになってね」とか「生きてね」とか。


 貴女の苦しみに気づけなかった私だけど、わかるよ。


 独りぼっちであの世に逝くのが怖いんだよね。


 強がりな貴女は書けやしなかったけれど。


 後を追ってほしい、だなんて。


 書かないことで、漸く私に弱みを見せてくれたんだよね。


 だから、今から追いかけるよ。


 ちょっとした時差だからすぐに追いつけるよね。


 日向の冷たい手を握ると、貴女と私の血が混じり合って。


 貴女と同じように私の命も流れ出す。


 その光景を目に焼きつけながら、再びゆっくりと瞼を閉じる。


 もう二度と寂しい思いも、苦しみも感じさせないよ。


 全部分かち合って逝こう。


 握った手に力を込めた瞬間、瞼の裏で、貴女が笑ったような気がした。

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独りになんてしない 佐久間清美 @kiyomi_sakuma

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