第1話 鮮やかな

「ただいまあ……って、お風呂か」


 基本的に私よりも仕事が終わるのが早い日向ひなたは、いつも玄関のドアを開けると同時に「お帰りなさい!」って元気よく出迎えてくれる。


 それが今日は、ない。


 お風呂から水の音が聞こえてくるから、多分お風呂に入ってるんだろう。


 こんな時間に?


 スマホで時間を確認する。


 午後21時。


 いや、別に変な時間じゃないんだけど……あの子は寝る直前に入るタイプなのに。


 変なの。


 まぁいいや。


 お腹空いたし、日向が上がってきたらご飯を食べよう。


 そう思ってリビングに入った私の目に飛び込んできたのは、


「なにこれ」


 優姫ゆうひへ、と書かれた白い封筒。


 ほんの一瞬、ヒヤッとした。


 まるで、


「遺書みたいじゃん」


 ドラマとか映画とかでよく見るやつ。


「なに考えてんだか」


 きっと私を驚かせようとして、こんなことしたんだろう。


 ドラマ好きの私のために。


「全く……」


 ため息をつきながらも、口角が上がってしまう。


 こういうお茶目なところが可愛くて好きなんだよなあ。


 心の中で惚気のろけながら封筒を開ける。


「さてさて、なにが書いて――」


 それ以上は言葉が出てこなかった。


 読み進めるごとに頭が真っ白になっていく。


 手紙を持つてが震え出して、思わず口を覆う。


 遺書みたい、なんかじゃない。


 これは遺書だ。


 動揺している間にも聞こえ続ける水の音。


 冷たい汗が背中を伝う。


 手紙を握り締めて、もつれそうになる足を動かして、お風呂場に向かった。


 どうか、どうか間に合って。


 祈りながら勢いよく開けたお風呂場のドア。


 私の目に飛び込んできたのは、蛇口から流れ続ける水。


 バスタブからあふれ出る水。


 その中に身を沈めた、日向。


 彼女の手首から流れ出す、鮮やかな血だった。

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