第2話 流れ出す命
呼吸も
とても、とても安らかな顔をしていた。
まるで川の流れに身を任せる草花のように。
眠るときのように。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――」
そんな光景を目の当たりにし、口から獣のような叫び声が出たのとは対照的に、カラダから力が抜けて膝から崩れ落ちた。
痛いけど、膝の痛みなんてどうでもいい。
握り締めていた遺書が床に散らばる。
なんとか腕を動かして、濡れないようにぐしゃっと掴んで背後へ放った。
そのまま震える腕でお風呂場に四つん這いで入る。
自分のカラダが濡れることもどうでもいい。
血に染まることもどうでもいい。
まだ生きているんじゃないか。
微かな希望にすがりついて、なんとか彼女の傍に辿り着いた。
けれど、わかってしまった。
触れるまでもなく。
彼女はもう息をしていない。
バスタブからあふれ出す命が、もう手遅れだと、私に知らせているから。
今すぐ救急車なり警察なりに連絡すべきだってことはわかってる。
それでも私は、スマホを取りにリビングに戻らない。
この空間に第三者を立ち入れさせたくない。
おとぎ話の眠り姫のように瞼を閉じた、美しい日向を誰にも見せたくないから。
死んだ貴女を「美しい」と思うだなんて、頭がイカれてるってわかってるよ。
わかってる。わかってる。わかってる。
でも、綺麗なんだ。
血に染まった貴女の頬に手を伸ばす。
水と同じくらい冷たい貴女の頬。
苦しみに耐えたあなたにとって、この水は冷たくて気持ちいいのかな。
自分の頬を伝う熱い涙を感じながら両手で貴女のカラダを抱きしめる。
貴女が会社でどんな仕打ちを受けているか知らずにいた私は、恋人失格だ。
流れ続ける水をそのままに、少しの間私の体温を彼女に分け与えた。
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