第16話 揺り籠

 ドロシーは病室の窓から見える兎の国を眺めながら話の続きをしゃべり始めた。


「見てみな!」


 ドロシーが窓の外へ目線を送ってヴェルを誘導すると中央広場にわらわらと兎達が集まっている、中央広場には舞台があり、何かのリハーサルを始めているのが見えた。


「何かステージでも始まるのか?」

「まあね、そんなもんだよ。アンタ運がいいよ。今日は年に一度のサンタ祭りさ!あと、三時間程で始まるよ。まあ、行けばわかるさ」

「おいおい!突然だな?」

「これで、知ってる事の全てさ。あとはあんた次第だ!行きたいんだろ?夕日の街へ?だったらつべこべ言わずさっさと行ってきな!」

「わかったよ。やれやれだな」

「‥ヴェル、それと――」


 ドロシーが言いにくそうにモジモジした。


「ロンド頼むよ。あいつは馬鹿だがいいやつなんだ!あいつを見捨てないでほしいんだ?きっとあんた等の目的に役立つからさ。あたいには解らないけど‥、あいつにロマンってやつを見せてやってほしんだ!この通りだ!」


 ドロシーは頭を下げる。長い耳も一緒に垂れて地面にこすりつきそうになった。


「ああ‥は善処する。でも、いいのかい?ドロシー、君はロンド船長の事を好いているのでは?」

「ぶわ‥ば、馬鹿!何言ってんだい!」

「すまない。気のせいだったなか?」


 ドロシーは足をバタバタさせて耳の先まで赤く茹で上がった。自慢の白い毛は逆立って目が左右に泳ぎ始める。丸い尻尾はぴょこぴょこと上下した。


「あ~もう、気のせいじゃないよ。そうだよ!認めるよ。だけど、絶対この事はアイツに言わないでおくれよ?」

「何故?」

「あいつの夢の邪魔したくないんだよ。わかるだろ?」

「ふむ。ドロシーがそれでいいなら構わんさ」

「もう、ほら。行ってきな!サンタが現れるのは夜になってからさ。あれはその前夜祭さ」

「‥夜か。情報ありがとう。助かったよ。ドロシー」

「いいってことさね。こっちも助かったしね」


 ヴェルは街へと飛んで行った。


「‥あたいって、そんなにわかりやすい?」


 病室の壁に寄りかかって今までの話を聞いていたロンド船長は天井を見上げてに廊下の奥へと歩き出した。

 

 町を一望出来る石段を駆け下り迷路のような商店街を、リリーは人込みを避けながらジグザグと走りぬける。月姫は息を切らしてリリーを追いかけた。


「リリー待って下さい!」

「や!」

「ヴェル様の気持ちもわかってあげ下さい!」

「や!」

「ロンドさんだってわかってくれます!」

「知らない!ヴェルの馬鹿!」

「お願い、ヴェル様を悪く言わないで!」

「馬鹿!馬鹿!馬鹿!ヴェルの馬鹿!」

「もう!」


 月姫は黒龍に変身してリリーを追いかける。周囲の兎達はパニックになって逃げ回った。

 兎同士はぶつかり合い商店街で売られている人参は地面に転がった。

 これ幸いと兎達は目の色を変えて人参を懐に忍ばせて一目散に散って行った。

 一瞬の出来事だった。その様子を見ているだけだった店主は発狂して、月姫に八つ当たりするしかなかった。思わず人参を月姫に投げつけた。


「馬鹿野郎!弁償しやがれ!」

「ひ~、ごめんなさ~い!」


 月姫は逃げるリリーを口に銜えて上空に飛んで行く。

 

「離して!」

「駄目です!」

「嫌い!月姫も大っ嫌い!」

「嫌いで結構です!」

「馬鹿、馬鹿!離して!」

「もう、逃げませんか?」

「‥」

「じゃあ駄目です。お仕置きに暫くこのままです」

「‥」

 

 暫く、二人は無言になった。

 冷たい風がリリーの肌をかすめると、段々気持ちが落ち着いてきて冷静さを取り戻して来たのだが、それでもやっぱりヴェルが許せない。

 だが、その気持ちに月姫は関係ない。むしろ、心配して追ってきてくれた。

 その月姫に向かって大っ嫌いなどと声高らかに言ってしまった。

 そう思うと急に恥ずかしさと申し訳なさが入り混じって自身が情けなくなった。リリーは頬をポリポリとかいた。


「‥ごめん」

 

 リリーは小声で謝ったが、月姫は無言だった。


「ごめんなさい!」


 リリーは大声で精一杯の誠意を伝えた。その気持ちに答えた月姫はリリーを上に放り投げると、頭の上に乗せた。

 リリーは飛ばされない様に二本の角をしっかり掴んで馬乗りになった。キラキラと光る黒い毛はフサフサして柔らかく気持ちよかった。

 暖かい陽だまりの香りは、伽羅の香りがしてリリーを安心させた。


「これで仲直りですね!」

「うん、ごめんね。月姫」

「私の方こそ御免なさい。寒かったでしょう。大丈夫でした?」

「‥うん」

「よかった。じゃあ戻りましょう」

「それは、や!」

「え~!」

「‥ねえ、月姫?もう少しこのままがいいの。駄目?」

「‥少しだけですよ?」

「うん!」


 少しだけ親バカになるヴェルの気持ちが解った月姫だった。

 リリーは揺り籠で寝る赤子の様に月姫の頭に抱き着いた。

 

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