第15話 サンタクロース

 月姫とロンド船長の傷が回復するまで、ヴェルとリリーはドロシーの家でお世話になる事になった。

 ドロシーにこっちだよと案内された先は、陽射しが届かない薄暗い裏路地だった。

 幾重にも曲がり角が交差する路地裏迷宮を進んで行く。

 道中、ガリガリの体で身を震わせている盲目の老人兎を見かける。ドロシーは立ち止まって懐から人参を一本取り出して分け与えた。


「爺さん。これ、よかったら、食べておくれ!」

「‥その声は?ああ、帰ってきてくれたのか!」

「知り合いが怪我してね。ちょっと寄っただけさ。すぐ、月に帰るつもりだよ」

「我々はあんたを待ってるんだよ!」

「よしてくれ。あたいは只の餅つき屋さ。じゃあ行くからね。元気にするんだよ」

「ああ、ありがとう」


 老人は白い眼球から涙をながしながら頭を地面にこすり付けてドロシーを拝んだ。


「時間を取ってすまないね。さあ、こっちだよ」

「いや、構わんよ。‥ドロシー。君は何者なんだ?ただの餅つき屋ではないだろう?」


 ヴェルはドロシーに尋ねた。がドロシーは涼しい顔で笑うだけでヴェルの質問に答えよとしなかった。

 なのでヴェルはそれ以上、突っ込んだ質問は出来なくなった。あの笑顔をこれ以上喋る事はない。

 そう言う意味なのだろうと意図を汲んだ。

 裏路地をジグザクと進む。もうすでに自分達が何処にいるか解らなくなってしまった。暫く、暗い道を進んでいると地を這う虫になった様で体中に不快感が纏わり付いた。

 やっと着いたドロシーの家は裏路地の中でも一層暗くひっそりとした場所にあった。ドロシーは階段を降りて地下一階の出入り口の扉を開けた。

 ドロシーの後をヴェルとリリーも続いた。ヒヤリと冷たい空気が玄関の周りに充満して少しカビ臭かった。

 中に入ると必要最小限な物しかなくテーブルと椅子があるだけだった。


「直ぐに食事の用意するからそこら辺でくつろいでな」

「う、うむ」


 ヴェルとリリーは座り心地の悪いガタガタした木製の椅子に座って時間を潰した。

 ドロシーは鼻歌を歌いながら食事の用意をしてくれた。質素な夕食ではあったが、今出来る最高の食事をおもてなした。

 テーブルの上に出されたのは、人参スープに人参の刺身、人参混ぜご飯に人参ジュース。デザートは勿論、人参ケーキだった。テーブルの上は全て赤く染まって目がチカチカした。


「さあ、温かいうちにお食べよ」

「うわ〜真っ赤っか!いただきます!」


 リリーが食べ始めたのでヴェルも手を合わせて食べた。

 不味くはない。いや、一品一品は美味しかった。そう、美味しかった。

 最初の一口二口は舌が唸る美味しさだったのだか、しかし、どんなにバリエーションが多くても最後は結局、全部人参の味で終わるので、次第にヴェルとリリーは味に飽きてきた。


「どうだい?美味しいだろ!今日は腕によりをかけて作ったんだ!普段は出回らない最高級の人参を使ったんだ。フフッ‥」

「そ、そうか!なるほど、道理で!‥なあ、リリー?」

「え”?‥あ‥う、うん!すご~く、美味しい‥よ!」


 普通の人参と最高級の人参の味が解らない二人は取りあえず驚いたフリをして笑顔で乗り切った。

 そして、翌日、月姫は一日寝たら回復したと知らせが来た。

 ヴェルとリリーは急いで病院へ向かった。

 月姫はベットから半身を起き上がらせてヴェルとリリーを出迎えた。


「おはようございます」

「もう、大丈夫なのか?」

「ええ、幸いここは月に近いので回復が早く助かりました」

「月が近いと回復速いの?」


 リリーは不思議そうに質問した。


「ええ、私のご本霊は夜姫ですから。夜と月は密接なんです。とは言え、すみません。一日を無駄にしてしまって」

「いや、いいんだ。月姫が無事でよかった」

「‥勿体ないお言葉です」


 月姫は俯いて顔を赤くした。ヴェルはそっと月姫のおでこに手を当てた。


「顔が赤いぞ?まだ、万全じゃあないのか?」

「ひゃ!ち、違います!だ、大丈夫です!」

「そうか?ならいいが‥無理はするなよ」

「あ、はい。問題ありません」


 ――ビックリしました!いきなりは卑怯です。ホントにもう!


 月姫は胸に手を当てて一呼吸した。


「そう言えば、ロンドさんは?」

「ああ、さっき担当医に聞いてきたが命に別状はないが退院に半月ほどかかるそうだ」

「そうですか。大事にならなくてよかったです」

「ああ、ホントによかったよ。だが、しかし、時間がない。ロンド船長には申し訳ないが手がかりを聞いて先に行くしかない」

「そうなんですか?折角仲良くなれたのに‥残念です」

「え~猫ちゃんとお別れ?」

「そう、なるかもしれないな」

「やだ‥。猫ちゃんと一緒に行きたい!」

「我々も気持ちは同じだよ。だが、仕方がない」

「おいおい!勝手に終わらすな!」

「あ!猫ちゃん!」


 ロンド船長が腹に包帯をグルグルに巻いた姿で松葉杖を突いて病室に入ってきた。


「俺様も行くぞ!ロマンが俺を突き動かすぜ!」

「ロンド船長‥悪いがその怪我じゃあ無理だ」

「え~!一緒に行こうよ!」


 リリーはロンド船長に抱き着いて、モフモフする毛並みに顔を埋めて駄々をこねるが、流石のヴェルもリリーの我儘でロンド船長の命を危険にさらす訳にもいかず、心を鬼にしてリリーを睨んだ。


「駄目だ。リリー我儘を言うんじゃない!」

「でも、でも!」

「リリー‥。私も一緒に行きたいです。でも、流石にその怪我では危険です」

「う‥う‥ケチ!馬鹿!もう知らない!」

 

 リリーは走って外に出て行った。


「リリー、待ってください!」


 月姫はベットから出てリリーを追いかける。


「月姫、起きて大丈夫なのか?」

「ええ、もう殆ど回復してます。今はリリーが心配です」

「そうか、すまない。リリーを任せていいか?」

「ええ、勿論です。では行って参ります!」


 月姫は律儀にお辞儀をして走り去った。


「全く‥」

「あんたは追わなくていいのかい?」

「構わんよ。リリーは頭の良い子だ。頭が冷えたら戻ってくるさ」

「信頼してんだな」

「ああ、この世の誰よりも。‥すまないがロンド船長」

「どうしてもか?」

「ああ。回復に専念してくれ」

「う‥うえ~ん、嫌じゃ~!吾輩も行くんじゃ!絶対、行くんじゃ!」


 ロンド船長は地面に転がって手足をバタバタさせてリリー以上に駄々をこね始めたのだが、ふと見上げるとそこには、額に青筋を立てたドロシーがロンド船長を見下ろして立っていた。


「げ!」

「アタイの名前はドロシーであって『げっ』じゃあないよ?」

「いや~その‥あ!いたたた~お腹の傷が!開いたかも?これはいけない。さ~て病室に戻るかな?」

「ああ、そうかい!担当医呼ぶかい?」

「いや、結構。自分で帰れるぜ。ではヴェル君また後で!」


 ロンド船長は敬礼して、スタコラサッサと病室を出て行った。


「ホント、子供で困るよ。全く」

「仲いいんだな」

「ふん。腐れ縁さね。で‥お仲間は?」

「ちょっとな‥。まあ、すぐ、戻って来るさ」

「そうかい。まあいいか。それで、約束通り夕日の街の生き方だったか?教えてやるよ」

「おお、助かる!」

「サンタに会いな」

「サンタ?」

「ああ、年に一度、兎の国に赤いサンタと黒サンタがやって来る。そいつに連れて行ってもらえば行けるはずだよ」

「そのサンタにどうすれば会える?」

「な~に簡単さ。赤サンタは毎年一人だけ。いい子にしている家に訪れる。たから、いい子にしていれぼいいのさ」

「そんな悠長に待ってられないぞ。何なら、強引に!」

「止めときな!ルールを破ればサンタ協会が黙ってないよ。罰として一年間サンタの仕事を手伝う配送助手をやらされるんだからね!」

「地味な罰たが、確かに嫌だな‥」


 ドロシーはニヤリと笑った。何処か、ロンド船長と似ているドロシーだった。

 

 

  

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