第14話 兎の国

 気を失っていたヴェルが目を覚めるとリリーが小躍りしてはしゃいでいる姿が目に入った。

 ヴェルは鉛の様に重く感じる体を奮い立たせて急いでリリーの元に駆け寄ると口から泡を吹いて捕まっているトンビを見て安堵した。


「見て見て!ヴェル捕まえた!凄いでしょう!」

「あ‥ああ、凄い」


 しかし、次第に元の大きさに戻っていくトンビの体を見てリリーは冷めていった。

 リリーは可愛くないと言ってポイっと捨てた。ピクピク痙攣するトンビは口から泡を吹いていた。


「後は急いで月姫達の手当を」

「あ、いけない!忘れてた、急ごう!」


 ロンド船長と月姫はかなりの深手を負っていた。他にも怪我をしている兎を見てドロシーは悩んでいた。


「参ったね。月面じゃ大した手当が出来ないよ。ハア‥仕方ないね。兎の国へ行くよ。そこなら十分は手当がてきる」

「すまない。ドロシー助かる」

「いいんだよ」


 頭を下げるヴェルに対してドロシーは爽やかな笑顔で答えた。しかし、ヴェルを背にして、振り向き様に見せた、ドロシーの表情は暗く苦悶に満ちた顔だった。

 ドロシーの案内で兎の国へ運んでもう事になった。

 兎の国は月面より少し離れたプカプカと浮いぶ大地に建設されている。

 兎の国へ行く為には定期便の月船つきふねに乗らなくてはいけないのだが、緊急の為、救急船を呼んでもらった。

 本来は餅つきで事故が起きた時用と餅を運搬する時に怪我した兎を運ぶ為の船らしい。

 救急船が月面に到着すると赤い十字の入ったヘルメットをかぶった救急隊兎がタンカを持って船から降りて走ってきた。


「よし、乗せるぞ!1、2、3‥重っ!」

「隊長!この猫重いであります!」

「くっ馬鹿者!俺達が諦めたら誰がコイツ等を助けるんだ!救急隊兎の心得、其の壱を言ってみろ!」

「はい!救急隊兎の心得、其の壱!慢心は亀より劣る!」

「そうだ!あの時の悔しさを思い出せ!ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ寝るつもりが、慢心のせいで鈍足な亀に負けたんだ!悔しくないか?悔しいだろ!」

「はい!悔しいです!」

「なら、この程度の試練乗り越えなくてどうする!もう一度だ!1,2,3重いわ!」

「隊長~諦めないで下さい!」

「いいから早く運びなさい」

「あ、はい」


 三文芝居に若干苛立ちを覚えたヴェルがたまらず口を挟んだ。

 迅速且つ丁寧に、月姫とロンド船長他怪我をした兎をタンカに乗せて月船に乗せた。

 勿論、ヴェルとリリーも付き添いで乗り込んだ。

 残念ながら今回の事で亡くなった兎はその場で埋葬となった。

 何でも月面で働く兎の埋葬は兎の国ではやらないとの事。その様に最近になって法律が変わったのだと、ドロシーが教えてくれた。


「俺は‥とうしたらいい?」


 トンビは戸惑っていた。それもそのはず、光の一族に操られていたとはいえ、月で起こした暴力事件はなかった事には出来ない。

 このまま、兎の国に戻れば重罪は免れないだろう。


「俺‥どうしたらいい?」

「自分で決めなさい」


 ヴェルは冷たく言い放った。リリーはヴェルの袖を引っ張って訴えるような目でヴェルを見る。

 トンビの足は凍り付いた様に地面に張り付いて動けなかった。足先は震えて血の気が引いてきた。 

 トンビは未来を想像した。これから毎日不自由な暗い檻の中、満足な食べものもなく、白兎からの陰険なイジメに耐えなくてはいけない。


――無理だ!トンビは発作的に逃げた。


「ヴェル、いっちゃうよ?」

「いいんだ。彼が決めた事だ。それより彼等の方が心配だ。速く出発してくれ!」

「了解です。隊長!急ぎましょう!」

「よし、出発だ!あ‥途中寝ていい?」

「駄目っす!」


 メインマストの上で赤いランプを光らせて救急船は真っ直ぐ出発した。船内は静かで揺れなかった。兎の国に着くまでできる限りの応急処置を救急隊の兎達がやってくれた。

 兎の国に着くまでそれ程時間はかからなかった。

 港に着くと、救急隊兎は急いで町の中央にある病院に二人は運んだ。

 ヴェルとリリーは態度の悪い門番に止められたがドロシーが間に入ると門番の顔付きが変わって背筋をシャキッと伸ばして敬礼した。ドロシーは敬礼する門番に小声で事情を説明すると、すんなり通してくれた。


「顔が効くんだな?」

「まあね‥」


 ヴェルの質問にドロシーははぐらかす。町の至る所に煙がモクモクと立ち上がる。煙突が立ち並ぶ白い石作りの家が中央広場を中心に山の斜面にそって広がる。中央広場には、巨大は石臼に餅を突く兎の石像があった。

 玄関口から、真っ直ぐに行くとインド風の王宮らしき建物が見える。

 町の港は多くの船が出入りしている。商人兎達のお陰で港には色々な物資が行き交って活気があった。

 

「さあ。こっちだ。ついてきな」


 ドロシーは楽しいそうに自宅に案内した。


「アンタ等のお陰で助かったよ。ホントありがとう」

「でも、トンビ逃げちゃった‥折角、捕まえたのに‥」

「いいんだよ、あれで‥。町に戻ったらどうなるかなんて決まってる。トンビはずっと一人だったんだ。一人は慣れてるさ。きっと元気でやってるよ!」

「泣いてるの?」


 涙こそでていなかったがドロシーの無念極まりない顔がでてしまった。

 リリーが不思議そうにドロシーの顔を覗く。


「あ~あ、ホント馬鹿だよ!結局、アイツの支えになってやれなかったよ。アタイも他の白兎と同じさ。トンビに寄り添ってあげれなかった。距離を置いて見守るしか出来なった」


 ヴェルとリリーは答えが見つからず無言になった。


「ああ、ごめんよ!暗くなったね?もう直ぐ家に着くから奥さんと馬鹿が退院するまで止まっていきな。歓迎するよ!」

「奥さん?いや、月姫は‥」

「しかし、えらく別嬪べっぴんな奥さんじゃないかい!このスケヴェル!」

「アハハハハ!スケヴェル!」


 言い返す気力が根こそぎ刈り取られたヴェルは溜息が漏れた。

 それに何故だろうか。月姫は妻ではないと断言もしたくなかったので言葉を飲み込んでしまった。

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