第11話 光の救世主

 月姫は気を失って月面へと落下していく。


「危ない!」


 ヴェルは月姫を抱っこして落下を防いだ。

 少しずつ意識を取り戻した月姫だったが何が起こっているのか、現状を理解するのに時間がかかった。


「ヴェル‥様?あれ?‥あ‥ん?」

「良かった。正気に戻って‥」


 やっと、現状に理解した月姫は動揺を隠したかったが無理だった。

 まともにヴェルの顔が見れず思わず顔を伏せた。駄目!顔が赤くなっている事を悟られるわけにはいかない。


「大丈夫か月姫!怪我でもしたか!」

「い、いえ!だ、大丈夫!大丈夫です!」

「そうか?ならいいが?」

 

 ああ、私は夜姫の想い人を‥。ヴェル様は夜姫のもの。月姫、貴方ではないのよ。私にはヴェル様から貰った名前がある。月姫‥そう、これだけでも十分じゃない。それで十分幸せ。そう、幸せです。

 ゆっくりと月面に降りたヴェルと月姫の元にリリーとロンド船長が集まってくる。


「大丈夫?月姫!」

「ええ、ありがとうリリー」

「ふ~流石に焦ったぜ!」


 元の猫の姿に戻ったロンド船長だが背中には未だに黄金の翼が生えている。


「その翼、綺麗ですね」

「だっろ!フフ‥かっこいい~よな!これ!」


 ロンド船長は一回転して黒い鼻を掻いて腹を突き出した。


「しかし、あの光は何だ?」


 ロンド船長は首を傾げると月姫は答えた。


「あれは光の一族。夜姫を太陽に閉じ込めた輩です。でもそれ以上の詳しい事は私にもわかりません。それはそうと‥あの~、ヴェル様?そろそろ‥もう‥もう大丈夫なので?」

「ん?ああ、すまない」

「いえ、ありがとうございました」


 ヴェルの温もりは指先まで敏感に感じる。

 ヴェルの胸から顔を離した月姫は、最後に残した指先を名残惜しむ様にヴェルの胸から離して腕から降りた。


「しかし、閉じ込められたとは?夜姫は太陽から産まれたのでは?」

「はい。先程、光の格子に囚われた時、断片的に思い出したのです。夜姫は太陽に幽閉されていました。夜姫本人は産まれたと思い込まされています」

「何故?」

「そこまで思い出せません。ただ、光の一族が関係しているはずです」

「ふむ‥なら一度、夜姫の元に帰るか?」

「いえ、どの道、解放するためには、夕焼けの鍵が必要です」

「そう‥だな」

「ヴェル!あれ見て!」


 月姫から出てきた光の玉は何かを見つけたらしく移動し始めた。


「ヴェル!玉が行っちゃうよ?追いかけよう!」

「ああ」


 一同は光の玉を追いかけた。そして、光の玉に追いつくと、その玉はトンビの周囲を凱旋していた。

 トンビは餅つききねを振り回し光の玉に攻撃するが軽やかに避けられていた。


「この野郎!ちょこまかと!」


 トンビは息を切らし始めた。普段の運動不足が祟った様で膝をガクガクと震わせた。

 

「ハアハア‥、さすがにサボるのは少し控えよう」

 

 などと、守れもしない約束を自分に誓う。

 疲労は溜まる。腕と足が重い。思う様に上がらない。自慢の耳はこころなしか元気がなく、頭の中はネガティブになって思考は鈍くなって下へと沈んでいく。


 あ~あ、何やってんだ!何か馬鹿馬鹿しくなってきた。


「やめ、やめ!下らねえ!とっとと逃げればいいじゃんか!あとは白兎共に押し付ければイイじゃん!ああ、そうだよ。あばよ!」


 トンビは脱兎の如く逃げていく。しかし、日頃の運動不足と疲労で光の玉は追いついてくる。光の玉はトンビを逃がさない。トンビに向かって真っ直ぐに飛んで来る。


「うわ~!来る来る!気持ちわりんだよ!」

「おい!大丈夫か!」


 遠くの方から声が響てきた。やっとロンド船長達が追い付いてきた。


「旦那!やっぱ旦那は最高だ!助けてくれ!」

「おう!今、行く!」


 ヴェルは駄目元で光の矢を飛ばすがやはり光の玉には効かなかった。

 

「猫ちゃん!」


 リリーが風を操りロンド船長の翼へ付与した。


「おお!何だこれ?翼に力が湧いてくる。これならいけるぜ!」


 ロンド船長は翼にブーストがかかった。

 黄金の煌めきを爆発させて一気に距離を縮める。

 あと少し、ロンド船長は爪先に力を溜める。

 光の玉にギリギリ追いついた。鋭い爪で光の玉を切り裂いた。そのまま、勢いが止まらず、ロンド船長は地面に転がった。


「ハアハア~。助かったぜ!サンキュー、旦那!」

「当たり前だ!」


 幸い、地面は餅なので大した怪我はなく、ロンド船長は自慢げに口元の髭を、撫でる。

 トンビはロンド船長の元に駆け寄ると地面から光の玉が出て来てトンビの口の中に入った。


「旦那、何か口の中に入って‥?」

「もう一匹いやがったのか!」

「いかん!ロンド船長離れろ!そこは危険だ!」


 ヴェルの声が響く。その声に反応したロンド船長はその場を離れようとした。


「待ってくれ‥旦那。なんかおかしいんだ!俺が俺じゃあなくなる感じがして怖い!一人にしないでくれ!」

「お、おい、トンビ!大丈夫か!」


 トンビの黒い毛は次第に白く輝き始める。

 トンビの目は太陽の様に熱く燃え始める。目的の為なら全てを燃やし尽くす灼熱の炎が瞳の奥に宿った。


「お、俺は‥俺‥?はれ?え~と‥ああ、そうか‥俺は光に選ばれたんだ。あははは!」

「何言ってんだ!トンビ!正気に戻れ!」

「旦那!今解ったぜ!俺様の使命が!なあ、夜はいらないって思わないか?だろ!夜って邪魔だよな。夜があるから朝が来る。朝は怖いよ。一日の始まりは絶望の始まりだ。夜なんてあるから闇が出来る。俺みたいな黒くて醜い兎は闇にしか生きられない。だったら闇をなくせばいい!この世を光で溢れさせればいいじゃん!何だ、簡単な事だったよ!さあ、全てに光を!ああ、気持ちいいなあ!人生で一番晴れやな気分だぜ!」


 トンビは全身を白く発光させて、光の翼を生やして広げた。

  



 


 

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