第8話 月姫
ドロシーは兎の休憩所に案内すると言ったがヴェルは一刻も早く夜姫を助けたかったので断った。
「すまないが急いでいるんだ。その餅月喰いの所へ案内してくれ!」
「そうかい?わかったよ。ついてきな!」
「ヴェル様、私が言うのもなんですが‥少し焦りすぎでは?」
「‥そうかな?そんなつもりはないが、しかし、時間がないのは事実!一刻も早く夜姫を助けなくては!」
「はい、お気持ちは嬉しいのですが‥」
夜の黒龍も一刻も早く夜姫を救いたい気持ちは一緒だが、急ぐと焦るは違う。
出来るならしっかりと準備してから餅月喰い討伐へと向かった方がいいのだが、夜姫を思うヴェルの横顔はぴりついていて、それ以上は口をはさめなかった。
その為、夜の黒龍は口を閉ざした。ロンド船長はリリーと目を合わせて肩をすくめる。良く解らないがリリーも真似をした。
そして、ドロシーの案内で月にぱっかりと空いた大穴の前に着いた。奥を覗くと真っ暗だった。
「しかし、俺様がいた時はこんな化け物いなかったろ?」
ロンド船長は不思議そうにドロシーを見る。
「あんたが月を出た直ぐに何処からともなく現れて月に住み着いたのさ。ホント迷惑してるよ。皆で作った月を喰い尽くしていくんだからね!」
「あの、何か弱点とかないのでしょうか?」
夜の黒龍がドロシーに伺った。
「さあね。解ってるのは光ってるってだけさ」
「か~情けねえ!ドロシーってあろう者が!」
「だったら、アンタが倒しなよ!そしたら‥」
「ああ?そしたら?」
ドロシーは顔を赤くして話題を反らした。
「き、気を付けな!この中はヤツの巣穴だ」
「そうか、案内ありがとう。それじゃあ行くか」
「おう!まかせな。俺様がその餅月喰いを退治してやるぜ!」
「ああ、頼んだよ!」
「冒険!冒険!ヴェル行こう!」
リリーはヴェルの手を取って歩き始めた。ヴェルは空いた手で光の玉を出して暗い穴の先を照らした。
その後ろで夜の黒龍はヴェルとリリーの二人を見て暖かい気持ちがこみ上げてきてなんだか、嬉しくなった。
ああ、この間に夜姫も入ればもっといい感じになるはず。速く、夜姫を解放しなくてはと改めて心に誓った。
「ああ、そうだ、夜の黒龍よ?」
ヴェルが何か思い付いたように振り返り、夜の黒龍の目を見た。
夜の黒龍はヴェルの真っ直ぐな瞳と目が合うとドキッとして心臓の鼓動が早まったのがわかった。
「な、なんでしょう?」
「時に‥その夜の黒龍という名は本名か?」
「いえ、夜の黒龍は私の名前ではありません。私に名はありませんので適当にそう呼んでいるだけです」
「やはりか‥。どうも、呼びにくいとは思っていたが‥しかし、それでは寂しいだろう。よければ、名を付けよう?」
「え?私にですか!」
「いやか?」
「いえ、まさか、分魂の私に名前をいただけるとは思っていなかったもので‥その、嬉しいです‥」
夜の黒龍は指先をモジモジさせた。
「‥夜から別れた分魂‥夜に浮かぶ月‥ふ~ん、そうだな。今、月にいるのも何かの縁。月姫はどうだろうか?」
「月姫?」
「うむ、夜と月は常に一緒。夜姫と月姫は未来永劫仲睦まじく過ごすと言う意味だが、気に入ってくれたか?」
「はい!とっても、気に入りました!ありがとうございます!ふふ‥私は月姫、私は月姫。ああ、知りませんでした。名前があるってこんなにも嬉しい事なのですね!」
「気に入ってくれて何よりだ」
「月姫!よろしくね!」
「はい、リリー!宜しくお願いします。フフ‥」
夜の黒龍、改め月姫はこの時、初めて心の底から笑った。
名がついた事で産まれ変わった感覚を味わった。と同時に言葉にしてはいけない感情も込み上げた。
それはヴェルを見ているだけでドキドキして幸せな気分にしてくれる不思議な感情だった。
たが、この感情は抑え込まなくてはいけない。ヴェル様と契を交わすのは夜姫なのだから。
「あれ?猫ちゃんは?」
「どうした、リリー?」
「んん、猫ちゃんがいないよ!」
リリーの言葉で始めてロンド船長がいない事に気付いた。
皆は周囲を見渡したが確かにロンド船長はいなかった。
「ロンド船長~!」
‥ヴェルが叫んだが返事はなかった。皆も一緒にロンド船長を呼ぶが返事がない。
「ど、どうする、ヴェル?」
「探そう!」
「はい。それがいいと思います」
「リリー、月姫、私から離れるな‥」
「はい、ヴェル様!
「ヴェル?なんか奥から来るよ?」
リリーが指差す方向から真っ白な光が迫って来るのが見えた。
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