第7話 餅月喰い 

 兎のドロシーは頭に鉢巻を撒いて餅を突く。その前で兎達は耳を揺らしながら列を作って並んでいた。突き終わった餅は一人一人に渡されると、兎達はヒョンヒョンと飛び跳ね移動し始める。

 所々に立つ誘導員の兎が、笛を吹きながら手を振って餅を持った兎を誘導する。誘導に従って進むと月が欠けているのが見えて来た。

 餅を持った兎は欠けた所に餅を塗り固めて補強した。その作業が一カ月続くと月は三日月、半月、満月となっていった。

 しかし、皆がいい汗をかいて一休みしていると、気が付いた時には、補強した餅は何者かに食われていて、満月だった月は新月に戻っていた。

 そして、また、兎達は月を満月にする為に、餅を突き続ける。そんな折、夜明けの海賊団の船が着いた。

 

「伝令です!猫共が返って来ました!ドロシーさん!どうします?」


 耳がいい兎達。伝令係の声は、月にいる兎達全員に聞こえた。

 ドロシーは耳を尖らせ餅を突く手を止めて、夜明けの海賊団の前に立ったのだか、二重顎でふくよかな体のドロシーは大きなため息が漏れた。


「おお、久しぶりだな!ドロシー!まだ、餅突いてんのか?」

「ったり前だよ!アホンダラ!アンタ等見たいなチャランポランな猫と一緒にしないでおくれよ!」


 ロンド船長の額に青筋がヒクヒクと動いた。


「何の用だい?ここには、もうアンタ等の住む場所はないはずだけど?‥それとも奪いに来たってんなら‥」

「ちげえよ!ったく‥相変わらず血の気が多い兎だぜ!もうこの土地に未練はねえよ。俺はロマンを求めて何処までも飛んで行くんだ!へへ」


 ロンド船長は自慢の黒い鼻を掻いてドヤ顔になった。

 しかし、ドロシーには全く響かなかった。何事にも堅実はドロシーは、あやふやなものが嫌いだった。

 その事でお互い喧嘩になり、その喧嘩は次第に個人から集団へと移り、猫対兎の全面対決へと移行した。


「ああ、そうかい!なら勝手にどこでも行けばいいさ!穀潰し共が!」

「ああ、言われなくてもいくさ!頭でっかちが!」


 ロンド船長とドロシーは背中を向けて別れようとしたがヴェルが止めに入った。


「ちょっと待ってくれ!話を聞いてくれ!」

「何だい?アンタ等!」


 話が一行に進まないのでヴェルが間に入って事情を説明した。


「‥まあ、話は解ったよ。その夜姫を助ける為に夕日の街に行きたいと‥」

「知っているのか?」


 ヴェルは思わず身を乗りだす。そして、希望が降りてきた。


「‥知ってる」

「では、教えてくれ!」

「私からもお願いします」


 ヴェルと夜の黒龍は頭を下げた。リリーも二人を見て遅れて頭を下げる。


「別にいいけど条件がある」

「何でも言ってくれ!」

「そこの穀潰し。ぶくぶく肥った猫が頭を下げたら教えてやる」


 一同、ロンド船長に注目が集まった。


「帰るぞ!」


 ロンド船長は月面を踏む事なく船に戻ろうとした。


「ロンド船長!頼む!」

「いやじゃ!なんで儂がこのカチカチ兎に謝らにゃあならんのだ!ふざけるな!儂は関係ないだろ!えっ!そうだろ?いやじゃあ~!コイツにだけは頭を下げたくないんじゃあ~!」

「あ~あ、いっちょ前にプライドだけは高いね!月にいた時だって何もせずにゴロゴロしてただけの癖に」

「だから、月を出てロマンを追ってんだろが!兎の分際で俺の生き方に口挟むんじゃねえ!」

「なんだって!ええ!月にいた時、誰が飯を食わせてた?言ってみな!」

「お‥お‥」


 返す言葉がない、ロンド船長は半べそをかき始めた。

 何だか周囲はいたたまれない感じになった。正論は時として人を傷付ける刃になる事をリリーは知った。 

 リリーは心底、親がヴェルで良かったと思った。ヴェルは優しいので大概は大目に見てくれて察してくれる。

 流石にやり過ぎたと、反省としたドロシーは耳を掻いて条件を変えた。


「ったく、直ぐ泣くんじゃないよ。みっともない。あんたはホント変わらないね。じゃあ条件を変えるよ。実は、こっちの方が深刻で困ってるんだけどね」

「だったら、初めっからそうしろよ!」

「五月蠅い!黙りな!話の腰を折るんじゃないよ!」


 ドロシーの一喝で黙ってしまったロンド船長。


「アンタ等に頼みがある。あたし等が突いた餅を食べる化け物、餅月喰いを退治してほしいんだ!」

「餅月喰い?‥わかった。引き受けよう」


 ヴェルが二つ返事で承諾すると、その時、月の中から雄叫びが響いた。

 月面が凄い勢いで窪んでいくのが見える。

 餅月喰いが内側から月を喰らっているようだ。自分達の努力が無駄に食われる悔しさに兎達の中では泣いている者もいた。


 


 


 



 

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