第5話 夜の黒龍

 ヴェルとリリーは船長室に呼ばれて会議が始まると、ロンド船長は葉巻に火を点けて煙を天井に向けて吹いた。

 ロンド船長は、他の猫達より大きいとは言え、ヴェルの腰よりやや低い。リリーと大体同じくらいの背丈だ。お腹は樽の様に出ている。

 足は短く、テクテクと部屋の中央にある机を挟んだ、ソファに腰をかけた。ソファは柔らかく上下に揺れた。

 ヴェルとリリーも向かい合って座った。同じくソファは上下に揺れた。あまりの気持ち良さにリリーは思わず横になりたくなったが我慢した。


「でだ!どうやって、夕日の街を見つけるかだが?」

「何か地図とかないのか?」

「ない!」

「呆れたよ。よく、そんなんで海雲を渡ってこれたものだ」

「まあ…それもロマンさ!」


 僅かに、ロンド船長の目が泳ぐ。


「とうやら、我々は泥舟に乗ったらしい」

「リリーは楽しいよ」

「猫に常識を求めるな、ガハハッ」


 頭を抱えるヴェルだったが、突然、目の前に煌めく流れ星が落ちると、星は夜姫に似た女性に姿を変えた。


「おいおい、誰だ!」


 ロンド船長は刀を抜いて目の前の女性に刃を向けた。だか、ヴェルはロンド船長の前に立って遮り、場を納めたのだが、驚いて思わず口を開いた。


「夜姫?何故!鎖は大丈夫なのか?」

「あ!夜姫だ!」

「なんだ?知り合いか?」

「いえ、私は夜姫であって夜姫ではありません。太陽の光を浴びて暴走した夜の黒龍でございます。その節は大変申し訳ありませんでした。お陰で正気を取り戻せました」


 よく見なくても確かに違った。顔は同じでも頭に龍の角が生えていた。そして、夜空の柄が入った和服を優雅に着こなしていた。一つ一つの所作が洗礼されていて美しく、夜の黒龍は深々と頭を下げた。


「頭を上げてくれないか。別に気にしていないよ」

「寛大なお心に感謝いたします。しかし、その左手、私の一部を‥ああ、何とお詫びしたらいいのでしょう」

「気にしないでくれ。ちょっと不格好だか、今まで通り左手として機能しているのだから」

「そう言っていただけると僅かばかり、心が軽くなります。感謝します」

「で?なんの様だ。人の船に突然乗り込んできやがって!」

「あまり、時間がなく、無礼な振る舞いお許し下さい。ですが至急、夜大陸にお越し頂きたく‥さあ、こちらへ!」


 夜の黒龍はヴェルとリリーの手を取った。


「おいおい、なんだよ?待ってくれ!俺も行くって!」


 ロンド船長も急いで夜の黒龍に捕まった。一同は流れ星となって一瞬で夜大陸の森の中に着いた。


「さあ、着きましたよ」

「もう?すごいな」

「夜姫すごい~!」

「‥いえ、私は夜姫の分魂。厳密に言うと同一人物ではありません。別人格を持った夜の黒龍でございます。いえいえ、いけません!そんなこと言ってる場合ではありませんでした。急ぎましょう!」


 急かされるがまま、真っ暗な森の中、夜姫は迷うことなく歩く。

 ロンド船長は周囲を見渡した。暗くて前が見えない。闇から聞こえる獣の声。湿った枯れ枝を踏む感触にワクワクしていた。


「く~これだよ!冒険ってヤツは!」

「猫ちゃん嬉しいそう?リリーも楽しい!」

「そうか!解るか!リリー!見た事もない土地ってワクワクするよな!ガハハハ!」


 ロンド船長とリリーは意気投合して手を繋いで歩く。気分が高揚したロンド船長はランプに灯りを点けると光を嫌う夜大陸に弾かれ飛ばされた。


「あ~~~~~!なんじゃ!」

「あ~あ、猫ちゃん行っちゃた!」

「急いでいるのに、全く‥」


 ヴェルは翼を広げる。首を左右に振るヴェルは頭が痛くなる思いだった。


「そう言う事は始めに言ってくれ!」

「すみません。急いでいたので失念してました‥」


 ヴェルに連れ戻されたロンド船長に謝る夜の黒龍。


「それでは改めて急ぎましょう」

「おう!」


 気合が空回りしているロンド船長は、皆より先に歩き始めて迷子になった。 

 今度はロンド船長が夜の黒龍に謝った。流石に苛立ちを隠せない夜の黒龍は笑顔が引きつった。


「急いでるんですけど?」

「いや~面目なく~ちょ~と、ロマンが‥俺を求めて‥な?」

「な?‥て?なにが、な?なのですか!」

 

 夜の黒龍の額に青筋が浮かんできた。


「夜の黒龍。せっかくの美人が台無しだぞ。さあ、もう、その辺で。急いでるのだろう?」

「あああもう!そうでした!この猫さんのせいで時間を無駄にしてしまいました!」

「そうだぞ、短気は損気!そう、気を立てるな!ガハハ」


 夜の黒龍とロンド船長は火花を散らしてにらみ合っていたら、遠くから夜姫の悲鳴が聞こえてきた。


「いけない!急ぎましょう!」


 一同は急いで走り出した。

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