第54話 相対

 どうやらリナがぶつかったのは、ブライトの兵だったようだ。

 にらみつけてくるブライト兵。

 その発した言葉を皮切りに周りにいた数人が立ち上がる。

 同じ鎧を着ているところを見ると、彼らも同じブライトの兵のようだ。


 さすがにここで暴れるのは気が引けるが、もし彼らを逃がしてしまってはこのあとブライトに攻めてこられる。

 ここで抑えないと。


 俺は軽くジャグラとイグナーツに目配せをする。

 すると、ジャグラは軽く頷いてくれたものの、イグナーツはぽかんとした表情を浮かべていた。

 しかし、すぐに何かを理解したようで突然ジャグラの方を向き、拳を向けていた。



「これは酒の席での余興ですね」



 イグナーツの言葉に俺は思わず頭を抱えてしまう。

 ただ、イグナーツの予想外の行動にブライト兵も困惑していた様子だった。

 その隙を突いて、シャロの側にいたマリナスが、さっとブライト兵に詰め寄って、耳元で呟いていた。



「ここで暴れるな。殺すぞ……」



 もちろんシャロには聞こえないように、低く小さな声で呟いたので、おびえてしまった兵士は何度もコクコクと頭を下げていた。



「それでいいんだ。それよりも騒ぎを起こしたんだ。注文はわかっているよな?」

「は、はい……。メニュー表の端から端までください……」



 ガックリとうなだれた兵は暗い表情を見せながら、マリナスに告げる。

 それを聞いたマリナスはにっこり微笑んで、シャロの方を向く。



「注文が入りましたよ」

「って、またそんなことをしたら駄目ですよ!! あなたもそんな無理をしてお金を使ったら駄目ですよ。明日から食べていけなくなりますよ」

「た、確かに財布の中にはもうほとんど金は残っていないが――」

「金がないならここで冒険者になれば良いじゃないか。仕事なら掲示板にあるぞ」



 マリナスが指さした掲示板。

 さすがに朝一番じゃないので、残っている依頼の量は少なめだった。



「し、しかし、魔族が支配する国の加担なんて……」

「なら、もうシャロちゃんの食事を食うことが出来なくなるけど良いのか?」

「うぐっ……」



 言葉を詰まらせるブライト兵。

 いや、悩むところはそこなのか? それにシャロも魔族なのに良いのだろうか?

 まぁ、心酔してくれるならそのまま仲間になってくれる可能性があるわけだし、様子を見るのも良いかもしれないな。

 兵力はいくらあっても良いわけだし。



「まぁ、おまえ自身が魔族をどうにかしたいって思っているわけじゃないんだろう?」

「……しかし、魔族は問答無用で人を襲ってくると聞いているぞ。放っておくと危ないだろう?」

「……あのな。それだと、おまえが魔族ってことにならないか? こちらの意見を聞かずに襲いかかろうとしていただろう? 一方のジャグラは冷静に対応してくれていたわけだからな。確かに見た目は人間みたいだが、姿くらい容易に変えられるわけだしな」

「そ、そんなことあるはずないだろ! そいつはどこからどうみても魔族じゃないか!」

「マリー、ジャグラの姿を変えてくれ!」



 マリナスなら容易に変えられるだろうと声をかける。

 しかし、マリナスは腕を組みながら答える。



「嫌だ! 面倒だ!」

「そんな、マリーさん、私からもお願いします」

「シャロちゃんの頼みならいいぞ」



 シャロが慌てて頼むとあっさり引き受けてくれる。

 そして、パチッと指を鳴らすとジャグラの角と尻尾が見えなくなる。



「まぁ、これでいいだろう」

「う、嘘だろ……。こんなことが可能なのか?」



 ブライト兵が驚きの声を上げていた。



「見ての通りだ。これだと魔族とは言えないよな?」

「あ、あぁ……」

「こうやって簡単に姿を変えられる以上、おまえが魔族ではないという証拠もないわけだ。魔族っぽい性格をしているしな」

「うっ……。お、俺は人間だ……」

「そうだな。そして、ジャグラも人間だよな? おまえが言う魔族像とは違うんだから……」

「わ、わかったよ。俺は何も見ていない。この国に魔族なんていない。それでいいんだな」

「あぁ、そういうことだ。あとは、冒険者登録もしていくんだよな? シャロ、後のことを任せて良いか?」

「そ、それはかまいませんけど、アルフ様……なんだか怖い顔をしていますよ……」



 シャロが少しおびえながら言ってくる。

 別に俺は普通の顔をしているのだけどな。



「あと、もしここにブライトが襲ってくるようなことがあったら、シャロの飯が食えなくなるぞ? そこまでして付き従うやつなのか?」

「ブライト様はしっかり領民のことを考えて、治めてくださっている。だからこそ、ブライト領の人間は安定した生活を送ることが出来るんだ」



 兵にここまで言わせるとは、この国を裏切った貴族にしては中々ちゃんとしているようだ。魔族嫌いなことを除けばだが……。



「そんな人間がなぜ、この国を裏切るようなまねをしたんだ?」

「それは……」



 兵が口をつぐんでしまう。

 しかし、覚悟を決めるとゆっくり話し出してくれる。

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