第50話 ブライト領からの使者

「もうすぐ王都だ! 全軍、気合いを入れて進め!」



 ブライト領からやってきた兵士たちが十日以上かかる距離を歩いて進み、ようやく王都にたどり着きそうになっていた。


 ただ、その道中は平穏そのもので、とても魔族が乗っ取っているように思えなかった。



「ブライト様も心配しすぎだな。魔族が紛れ込んでいたら、こんなのどかな雰囲気が漂っているはずがないだろう」



 兵士を率いている長が、小さく苦笑を浮かべていた。



「まぁ、一通り調べて、ブライト様に報告すればいいだけだもんな。下手に戦う可能性がない分、楽な仕事かもしれない」



 笑いながら歩いていく兵士たち。

 そして、長い旅路の末にようやく王都へとたどり着く。





「やはり、王都も平和そのものだな。噂は所詮噂……ということだな。そうなると、あとはアルフ様に挨拶だけして戻れば良さそうだな」



 魔族がいないと分かれば、ブライトも王子と敵対することはない。

 そうなると下手にことを荒立てる必要はなさそうだ。

 

 それならば、少しでも交友をしておくために、王子への挨拶は不可欠だろう。


 兵士長は安心したように、まっすぐ王城へと進んでいく。


 しかし、城の前で兵士らしい人物に止められてしまう。

 らしき……というのは、その装備が兵士と言い切るには貧相で、どちらかと言えば、軽装を好む冒険者や、盗賊たち……と言った方が近いかもしれない。


 はっきりとその人物が兵だと分かったのは、その男が声を発してからだった。



「この城に何用だ?」



 どうやら城を守っている兵だったようだ。

 まぁ、この国の財政を考えると、貧相な装備なのは仕方ないのかもしれない。

 それに急遽人を集めたからか、あまり口使いもよくない。


 これだと、どこかのチンピラのようにも見える。


 でも、王都がこうなってしまったのも、元々王に仕えていた貴族たちのせいだ。


 ブライトはほとんどお金に手をつけることはなかったが、他の貴族たちは出ていくときに、この王城に貯められていた金のほとんどを持っていってしまった。


 ろくに国を回せるだけの財源もなかっただろうからな。



「アルフ王子に挨拶がしたい。お目通りの許可を……」

「アルフ王子なら、今はミュッカ領へ出掛けられている。火急の用なら直接向かってくれ」



 直接……か。

 流石に途中で入れ違いになるのは避けたいな。



「ちなみにアルフ王子はどのくらい、そのミュッカ領に出かけると言っていたのですか?」

「日にちは特に仰ってなかったので、あまり長期の滞在ではないと思うぞ」

「かしこまりました。では、また日を改めさせていただきますね」



 軽く頭を下げた後に、今後どうするかを考えながら城から離れていく。





「兵士長、これからどうしますか? ミュッカ領まで出向かれるのですか?」

「いや、そこまで長居しないみたいだからな。今から向かっても入れ違いになってしまうだろう。王子様が帰ってくるまでここで待たせてもらう」

「かしこまりました。では、この人数が泊まれる宿を探してきますね」



 兵士の一人が離れていく。

 その間に改めて町の様子を見る。


 とてものどかな町並み。

 のんびりとした住人がまばらに大通りを歩いている。


 こんな国を作る王子が悪い人物のはずがないよな。


 兵士長は頬を緩めていた。


 貧乏とはいえ、平和そのものの町並み。

 こんなところだと魔王すらものんびりと歩くんだな……。


 大通りを歩く魔王を見て、思わず微笑んでしまう。

 ただ、その笑みのまま動きが固まる。



「えっ、魔王……?」



 見間違いかと思い、目を擦ってから改めて確認する。

 すると、改めて見たときには魔王の姿はそこにはなかった。



「なんだ、やはり気のせいか。アルフ王子が魔族と手を組んだという前情報が今みたいな幻覚に繋がったんだろうな。そもそもこんな人間の国に魔族ならともかく、魔王がいるはずないよな」



 兵士長は苦笑を浮かべる。

 すると兵士が大きく手を振って呼んでくる。



「兵士長、宿を取ることができました! こちらです!」

「あぁ、今行く」



 兵士長がゆっくり立ち去っていく。

 そして、その後にすぐ側にあった建物から声が聞こえて来る。



「もう、お父様! また仕事を抜け出してきたのですね!」

「がははっ、シャロの飯を食うためなら仕事くらい抜け出しても問題なかろう」

「そんなことをするなら、お父様の分は作りませんよ! ちゃんと仕事をしてからきてください!」

「あ、あぁ、わ、わかった……。だ、だから、おたまで叩くのはやめてくれ……。痛くはないが気になるぞ……」

「このくらいしないと、お父様は気づきもしてくれないからですよ!」

「す、すまなかった……。次からちゃんと気づくようにする……」

「そ、そっちじゃないですよ!? ちゃんとお仕事もしてください!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る