第51話 シャロとブライト兵士

「全く、お父様は……。私のためにかなり魔力を使ってこの酒場に来るなんて……」

「怒ってる割には、嬉しそうだな」



 荷物を運んでいたハーグに指摘されて、初めて自分が笑みを浮かべていたことに気づく。



「そ、そんなことないですよ。お父様も忙しいのですから、もっと自分のために時間を使ってほしいのですよ。もう私も一人でやっていけますから……」

「……自分のために使った結果が今なんじゃないのか?」



 ハーグが苦笑を浮かべる。

 すると、冒険者ギルドに客が入ってくる。



「いらっしゃいませ!」



 シャロが笑みを見せながら、入ってきた人物たちの方へと駆け寄っていく。



「ここは酒場……でいいんだよな? 冒険者ギルドもかねているみたいだけど」

「はい、酒場兼冒険者ギルドですよ」



 ぞろぞろと入ってくる数人の男の人たち。


(わざわざ酒場かどうかを聞いてくるところを見ると、この町に来たのも初めての人たちかな? こんなところに一体何をしに来たのだろう?)


 わざわざ用事がないと訪れないような地にやってきた知らない人に首をかしげながらも、空いている席に案内する。



「では、ごゆっくりどうぞ」



 シャロが頭を下げて、いつものカウンターへと戻る。

 すると、男たちの会話がシャロの耳まで聞こえてくる。



「やっぱり、貧相な店しかないな。早く領地に帰りたいな」

「言うな。下手に戦闘にならないだけましだろう?」

「あぁ、それは言えてるな。本当にこの地に魔族がいなくてよかった」



 笑い声を上げる男たちの言葉に、思わずシャロが反応してしまう。


 パリーン!!


 手元にあったコップを落としてしまい、派手な音を鳴らしていた。

 するとギルド内にいた人たちの視線を集めてしまい、シャロは顔を真っ赤にしていた。



「も、もうしわけありません……」



 慌ててコップを拾っていくシャロ。

 ただ、そのときに割れた破片が手に刺さる。



「痛っ……」

「だ、大丈夫、シャロちゃん?」



 シャロの手から血が流れる。

 すると、心配そうな表情のマリナスが慌てて駆け寄ってきた。



「はい、大丈夫です。ちょっと手を切っただけで……」

「そ、それは大問題ね。ちょっと待っててね」



 マリナスが急いで回復魔法を使う。



「ありがとうございます……。でも、さすがにそれは大げさですよ……」



 完治した指を見ながら、シャロは苦笑を浮かべる。



「お、おい、今の魔法、見たか?」

「あ、あぁ……。あれは賢者マリナスの……」



 魔法を見て、男たちがヒソヒソと話し合っていた。

 すると、それを聞いたマリナスがゆっくりその男たちの下へと近づいていく。



「なんだ? 私のことを話しているのか?」

「ま、マリーさん!? お客さんにけんかを売ったらだめですよ!!」

「別にけんかじゃないぞ? 注文を取りに来ただけだからな」



 顔は微笑みながら、注文をとるペンを握りつぶしながら視線を男たちに向けていた。



「それで私がどうかしたのか?」

「い、いえ、何でもないです。そ、それよりもエールをくれ……」

「お、俺も同じものを……」

「それだけか?」



 マリナスとしては普通に聞いたつもりだったのだが、男たちは肩をふるわせて、メニューを必死に見て適当に指さしていく。



「こ、ここからここまでを全部……ください……」



 今にも消えそうな声で注文をする男たち。

 結局メニューに載っているほとんどの料理を注文していた。



「シャロちゃん、しっかり注文をとってきたぞ!」



 うれしそうに笑顔で戻ってくるマリナス。

 それを見て、シャロは心配そうな表情をする。



「えっと、本当に大丈夫なのでしょうか?」

「自分で注文したのだから大丈夫じゃないのか?」

「わ、私、もう一度聞いてきますね」



 マリナスは当然のように答えていたが、シャロは不安になり、先ほどの男たちの下へと向かっていった。



「あっ、その……、ご注文なんですけど、……本当によろしいのですか? 物凄い量ですけど……」

「あんたは……給仕の……。いや、何も問題ない……。ちょうど腹が減ってたからな……」

「あ、あぁ、明日からの食事をどうしよう……なんて、これっぽっちも考えていないぞ……」

「……わかりました。お料理の量を少しずつ減らして、その分値段を抑えさせていただきますね。あと、私は給仕ではないんですよ」

「それは助かる……。ってえっ? 給仕じゃないのか!? それじゃあ一体……?」

「こう見えて、私はここのギルドマスターなんですよ。では、すぐに料理をお待ちいたしますね」



 にっこり微笑むシャロを見て、男たちは顔を赤らめて惚けていた。



「お、おれ、明日もこの店に来ようかな」

「ぬ、抜け駆けはなしだぞ。俺も一緒に来るからな!」



 こうして、シャロの知らないところで、また常連が増えるのだった。

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