第49話 ドブの浄化

 畑に行くと、なぜかジャグラの背中には小さな少女がいた。

 それを見た俺はジャグラのことを訝しんで、見てしまう。



「ジャグラ……、まさかお前……」

「い、いや、俺は別に誘拐とかしてきたわけじゃないぞ! ただ、こいつが離れようとしないだけで……」

「ん……、どうしたの……?」



 眠たそうに瞼をこすりながら、目を覚ます少女。



「一体その子をどうしたんだ?」

「いや、こいつは単に食いっぱぐれていたから……」

「一緒の宿に泊まってたの」



 一瞬場が固まり、ジャグラが顔色を青くしていた。



「べ、別にやましいことをしたわけじゃないぞ。ただ、食事すらないと言っていたから、宿を取っただけだ」

「……まぁ、ジャグラならかわいそうな子を助けるよな。それよりも今日は相談事があるんだが……」

「いや、その認識もちょっとな……。それで相談事って?」

「あぁ、ドブ掃除を手伝ってくれ」

「……はぁ? 何で俺が――」

「この町の人が困ってるみたいなんだ。ジャグラもこの町の溝は気になったことがないか?」

「た、たしかにいやな匂いが漂ってくることはあるが……。でも、そんなもの、浄化魔法で……はっ!?」



 ジャグラが目を大きく見開いて、少女のほうを見る。

 そして、ニヤリと微笑んだ。



「せっかくだ。こいつ……、リナを雇う気はないか? こいつは現在聖女と呼ばれている浄化魔法のスペシャリストだ」

「そ、その……わ、私は……」



 あたふたと慌てる少女。

 さすがに、こんな小さな少女が聖女だと言われてもな……。

 しかも、現聖女はかなりの高齢だったはず。


 その聖女が亡くなって、新しい人物に変わったのか?

 いや、それならどうしてこんなところに一人でいるんだ?

 この子が本当に聖女なら、もっとしっかりとした護衛がつけられるんじゃないだろうか?



「本当に聖女なのか?」

「も、もちろんです!」



 ジャグラに聞いたつもりだったが、少女のほうが答えてくる。



「そうか……。それならちょっと試してもらいたいことがあるんだが――」

「な、なんでしょうか……?」



 不安そうな表情を見せる少女が、ジャグラの後ろに隠れ、顔だけ覗かせてくる。


 いや、どちらかと言えば、ジャグラのほうが見た目は怖いと思うんだが?

 俺は苦笑を浮かべながら言う。



「この町のドブに浄化魔法をかけてくれないか?」

「そ、そのくらいでしたら……」



 少女が即答してくれる。



「……なんで、俺の後ろに隠れているんだ?」

「そ、その……、襲われるかと思って――」

「いや、別に襲ったりはしないぞ……。それよりも近くのドブに移動するから付いてきてくれ」



 どうやら人見知りの少女のようなので、それ以上近づくことなく、ゆっくりとドブのほうへと移動する。

 すると、そこにはすでにドブ掃除を開始して、泥で汚れていたイグナーツの姿があった。



「アルフ様、先に始めておりますぞ! ただ、この量と考えると時間はかかりそうですな」



 高笑いをしてみせるイグナーツに、再び少女は怯えて、ジャグラの後ろに隠れてしまう。

 まぁ、今のはイグナーツが悪いだろう。

 泥で汚れるのを見越してか、上の服は脱いでいた。


 いきなり強面の男が裸で親しげに話してくる……。


 恐怖以外何物でもない光景だな。



「あいつは俺の部下だ。悪いやつじゃないから大丈夫だ」

「えっ……?」



 少女は俺の顔を見て、更にイグナーツの顔も見て、さっとジャグラの後ろに隠れてしまった。



「おいっ、俺はイグナーツとは違うぞ」

「アルフ様、私も普通ですよ?」



 イグナーツが泥溝から出てきて、反論してくる。

 すると、その様子を見て、ジャグラが笑い声を上げていた。



「くっくっくっ、さすが筋肉馬鹿はやることが違うな」

「なんだと! やるのか?」



 イグナーツが手を回しながらジャグラに近づいていく。

 すると、ジャグラを守ろうと少女が前に立ち塞がる。



「だ、ダメ! ジャグラさんを襲うなら私が相手になるの!」



 両手に魔力を込めて、そのまま魔法を放ってくる。

 しかし、狙いがそれたのか、イグナーツのすぐ側を通り過ぎて、そのまま泥溝に当たる。


 すると、泥まみれで汚れていた溝はあっという間にきれいな清んだ水に変わっていた。



「ほ、本当にきれいになるんだな……」



 そのあまりの効果に俺は驚きを隠しきれなかった。

 掃除をするよりマシ……位に思っていたのだが、まさか目に見える範囲のドブが全部きれいになるとは……。

 一体どこまできれいになっているのだろうか?


 俺は感心してドブのほうを眺めていたが、少女とイグナーツの対立はまだ続いていた。



「ジャグラさんは私が守ります!」

「そうか……、わかったよ。でも、どうしてジャグラを守るんだ?」

「わ、私はジャグラさんに助けられましたから――」

「そうか……」



 それだけ言うとイグナーツは少女に背を向けていた。


 対立が終わったタイミングで、俺はジャグラに質問をする。



「そういえば、その少女を雇ってくれってことだったよな?」

「あぁ、そうだ」



 ジャグラは頷いていたが、少女は必死に首を横に振っていた。

 どうやらジャグラからは離れたくないようだな。

 それなら――。



「わかった。それなら、この領地にいる間は、ジャグラと一緒にできる仕事を斡旋してもらえるようにポポルに伝えておく。これでどうだ?」

「あ、ありがとうございます……」



 少女が嬉しそうに笑みを浮かべると、俺に対して頭を下げてきた。

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