第32話 ポポルの料理
少しは手を出してくるかなと思っていたポポルだが、意外なことにマリナスは一度も手を出してくることはなかった。
外で別のテントを広げて眠っているマリナスを見て、ポポルは苦笑する。
(いつもこうだったら、楽なのにね……)
ポポルは朝食の準備をして、マリナスが起きてくるまでの間、先にドジャーノ領の様子を伺いに行った。
門番は一人で、うとうとと眠たそうな表情を見せている。
あれじゃ、突然外敵に襲われたときに対処出来なさそうだな……と思いながらも、ポポルはその門番に近づいていく。
「すみません、ちょっといいかな?」
「んっ? あぁ、嬢ちゃんか……。すまないな、まだこの時間は門を開けない決まりになっているんだ。町に入りたい気持ちもわかるが少し待ってくれ」
どうやら人の良さそうな人だ。
これなら策が上手く使えるかも……。
ポポルはにやり微笑んで男の人に話しかける。
「いえ、実はあなたに少し相談したいことがあってね。まず、どうしてあなたは門を守っているの?」
「……? なんだい? 門番が門を守るのは普通のことだろう?」
「いえ、ここを通るのに税金がいるのにあなたはそれを取っている様子がなかった。結構上の人から言われてるんじゃないかな? それなのにどうして?」
「……お嬢ちゃん、一体? も、もしかしてドジャーノ様の部下……」
門番の顔色が真っ青に染まっていく。
「い、いえ、す、少し言い忘れていただけで……。この時間は人が入れないので税のことまでは言う必要がないかなと――」
必死に言い訳をする門番。
やはり彼ならちょうど良いだろうなとポポルは声を潜めて、門番に確認する。
「もしかして、こっそり税金で苦しくなった人たちを逃がしていませんか? この領地の税はかなり厳しいから……?」
「そ、そんなことをするはずないですよ……」
なんとか言いつくろっているものの、その表情を見る限りだと概ね間違いではなさそうだ。
逆にそういう人がいてくれた方が助かる。
「安心してね。私はドジャーノの部下ではなく、この国の……、アルフ王子の部下だから。王子はこの領地の現状を憂いていて、なんとかこの領地の人たちを助けられないかと画策していたんだよ」
「あ、アルフ王子が!? いえ、しかし、今の王国にはこの領地を元に戻すことは――」
「うん、だから力を貸して欲しいんだ」
「力を? 一体私たちは何をしたら?」
あっさりと乗ってきてくれた。
そのことににやり微笑むポポル。
「簡単なことだよ。次のあなた一人だけの警備の時にこの門を破壊するから、それに乗じて町の人を逃がして欲しい。……いや、あなたが一人ならこの門を開けるだけで良いのかな?」
「あっ、いえ。私が一人なのも、一人だと門が開けられないからなのですよ。反対側にもう一人いないと門が開かないので、ほとんどいる意味がないんですけどね」
乾いた笑みを浮かべる門番。
「それならやっぱり当初の目的通りに門を壊す。そのあとは足止めをしているからさっさと王都に逃げてくれるかな? そのあとの生活はアルフ様が保証してくれる。だから安心して逃げてくれて良いよ」
「生活まで保障してくださるのですか!? わ、わかりました。次に私が一人で警備をするのは六日後になります。そのときまでに町の人たちには声をかけておきますね」
「うん、任せたよ。ただ、くれぐれも今の話は領主の仲間には聞かれないようにね」
「わかっております。私どもだけの秘密として動かせていただきます」
門番は何度も頭を下げて、立ち去るポポルを見送ってくれる。
◇
「あらっ、どこに行っていたの? こんな朝早くに出かけたら危ないわよ」
「マリナスの側にいるよりはマシよ……」
寝ぼけた様子で大胆に胸元を見せながら、まぶたを擦るマリナス。
その様子にため息を吐くポポル。
「それよりもここでの仕事はいったんは終わりよ。次は六日後だから一度王都に戻るわよ」
「も、もう戻っちゃうの? もう少し一緒にいましょうよ……」
抱きつこうとしてくるマリナスの体をかわすとさっさと朝食を皿に入れて渡す。
「とりあえず、これを食べたらさっさと帰るよ」
「わかったわ……。ポポルの手料理で我慢するわ。……えっ、ポポルの手料理!?」
喜んでお皿に手を伸ばすマリナスだが、その途中で動きを止める。
「えっと、ポポル? あなたの料理って……」
青ざめた表情を浮かべ、伸ばした手が震え出す。
「もう、大丈夫よ。昔の私とは違うの。もう料理に失敗することはないよ」
ポポルは少しふくれ面をする。
ただ、ポポルのその言葉に何度も騙されたマリナスは不安そうに料理をじっくり眺める。
まずは正面から……。
さすがに野宿で作ったものだからか、皿に置かれているのは普通のサンドイッチにしか見えない。
少し硬めのパンと肉と葉っぱ。
見た目は何もおかしくない。
ポポルの表情的にもおかしいものは入れていないはず。
匂いを嗅いでみるが、特別変わった匂いはしなかった。
「そうね。私が警戒しすぎただけみたいね。昔のポポルは本当にまずい料理を作っていたから……。今のポポルがそのままのはずないわよね」
ゆっくりサンドイッチを口に運ぶ。
するとポポルが笑いながら言う。
「うん、当たり前でしょ。ちゃんと体のことも考えてキャベツの代わりに薬草を入れたし、パンとお肉はしっかりとお店で買ってきたものを使っているの」
「えっ……、薬草?」
すでに口にサンドイッチを含んでしまい、ゆっくり動かしているときにポポルがとんでもないことを言ってくる。
薬草は傷口にすりつぶしたものを塗ることで治りがよくなるという、簡易的な治療方法だった。
当然ながら口に入れるようなものではない。
苦みもかなりあるもので、そんなものを食べてしまったマリナスの反応は――。
「ぐ、ぐあぁぁぁぁ、ま、不味……。い、いや、ど、独特な味付けだな。と、とっても個性を感じる」
「うん、その表情を見たら不味いってことくらい分かるよ」
必死に褒めようとしていたものの、付き合いが長いポポルにはどんな味だったのか一瞬でバレてしまっていた。
「と、とりあえず水をくれ」
「わかったよ。あっ……」
水を取りに行こうとしたポポルは荷物を見て、動きが固まっていた。
「そ、その……、水がもう空だったみたい……」
それを聞いた瞬間にマリナスはどことも知らない場所に向かって駆け出していった。
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