第31話 門番の買収

「もう、なんで私が……」



 ブツブツと文句を言いながらポポルは先を歩いていた。



「そういう約束をアルフ王子としたんだから仕方ないでしょ」



 ポポルの後ろを少しよだれを出しながらついてくるマリナス。

 どう見てもただの不審者にしか見えなかった。



「わかってるよ。たしかに私がついて行った方がドジャーノのことはわかるって。でも、よりによって、マリナスと一緒なんて……」

「あらっ、喜んでくれてるの? いつでも抱きついてきていいのよ?」

「誰が抱きつくと思うの! はぁ……、さっさと終わらせて帰りましょう。とりあえず門番を買収すればいいんでしょ……」

「別に倒してしまっても良いんじゃない?」

「……はぁ。ダメよ」



 ポポルはため息交じりに答える。



「あんたも賢者なんでしょ。なんでダメか考えてみなさいよ」

「……だって、賢者って優秀な魔法使いに贈られる称号でしょ? たまたまみんなより賢かったから賢者……って称号になっただけで――」

「そうだったね。はぁ……、策を考える私の身にもなってよ。あなたとイグナーツが暴走して、どれだけ策が狂ったか……」

「結果的に良い成果を残していたでしょ?」

「……それはそうだけど。で、でも――」

「そんなことより、そろそろドジャーノ領よ」

「……わかったよ。それじゃあ、ここから先は私の指示に従って貰うからね」

「任せておいて! とりあえずあの門を壊してくるわね」



 意気揚々と飛び出そうとするマリナス。

 それを全身を使って止めるポポル。

 マリナスをギュッと握りしめて思い返させる。



「だからダメだって言ったでしょ! ここからは慎重に行かないといけないんだから!」

「はぁ……、はぁ……。ポポルが私に抱きついて……。うん、この先だっていいわよ」

「そんなわけないでしょ。とりあえずマリナスはそこで待っていて。もし動いたらわかってるね?」

「任せて!」



 やたら威勢の良い返事が返ってくる。

 それを聞いたポポルは再びため息を吐く。



(どうせ付いてくるつもりなのだろうけどね)



 長い付き合いだからこそ分かることもある。

 だから、ポポルは後ろを振り向いて、笑いながら言う。



「もし付いてきたら、一生口をきいてあげないよ? まぁ、マリナスなら付いてこないと信じてるけどね」

「え、えぇ、も、もちろんよ。わ、私がついて行くはずないでしょ?」



 青ざめた表情を浮かべ、必死に手を振って、言い訳をしていた。



(これで大丈夫かな?)



 そのマリナスの様子を見て、ポポルは安心して門の方へと向かっていった。





「そこの子供、止まれ! この領地に何のようだ!」



 門のすぐ側に行くと、そこにいた兵士に声をかけられる。

 剣を突きつけられながら……。



「えっと、私はただこの町にある宿に泊まろうとしただけで――」

「なんだ、迷子か……。今この領地は厳戒態勢を引いている。入るには金貨一枚頂くことになるが良いか?」



 兵士は剣を突きつけたまま聞いてくる。

 ただ、ニマニマと笑っているところを見ると、ポポルがそれだけの金を持っているとは到底思っていないようだった。



(……前はこの領主の館に客として迎えられてたんだけどな)



 どうやら自分のことも知らない兵がいることに自然と苦笑が浮かぶ。



「えっと……、そんなにお金が掛かるのですか……?」



 少し演技をして、悲しんでいる少女に見えるようにする。

 しかし、兵士は表情を変えずに突きつけている剣を軽く動かして言ってくる。



「金がないならあっちに行ってろ! ここにいられては邪魔だ!」

「わ、わかりました。すぐに行くので……、き、切らないで――」



 今にも肌に触れそうな剣。

 それに怯えた演技をしながらポポルは門から離れていく。





「あらっ、お帰りなさい。説得はどうだったの?」



 一旦マリナスのところに戻ると彼女は嬉しそうに話しかけてくる。



「全然ダメね。全く聞く耳を持ってもらえなかったよ」

「そう……。私のポポルの話を聞かないなんて、万死に値するわね。ちょっと私も用事が出来たから出かけてきても良いかしら?」

「絶対にダメよ! それは最終手段だから――。今は出来るだけ隠密に過ごしたいの。その方がこの領地の人をなるべく沢山取り込めるから――」

「うーん、私は難しいことは分からないから、その辺はポポルに任せるわ」

「――マリナス、あなたは賢者でしょ!」

「賢者が何でも知ってると思わないでよ! 私に分かることはポポルのスリーサイズが上から……」

「わー、わー!! な、何言おうとしてるのよ!」



 ポポルが顔を真っ赤にして、マリナスの口を塞ぐ。

 それでも口に出そうとするマリナスとしばらくの間、じゃれ合っていた。





「はぁ……、はぁ……。と、とにかく、数日はここで野宿をして、まともな兵士が出てくるのを待つよ」

「えっ、ポポルと二人っきりで寝るの?」

「それじゃあ私はテントで寝るから、マリナスは外で寝てね」

「ちょ、ちょっと、そこは一緒に寝ようってなるところじゃないの!?」

「いやよ、そんな危険なことを……」

「それなら私だって危険でしょ!? だからテントの中に――」

「だから、マリナスが危険なの! とにかく、中に入ってきたら、もう口をきかないからね!」

「うぅ……、せっかくのお楽しみが……。肌と肌を寄せ合って、あわよくばラッキーな展開とかも期待してたのにー」



 マリナスが手をついて落ち込むのを無視して、ポポルは一人、テントの準備を始めていった。



◇■◇■◇■



 ドジャーノ領では、あまりの税の厳しさから領地から去って行こうとする人で溢れていた。

 しかし、町から出て行くためには金貨十枚なくては出て行けない……。というとんでもない制限のせいで、正規の門からは出て行くことが出来ず、狼狽えている人たちで町中は溢れていた。



「このままだと俺たちはドジャーノに殺されてしまう。なんとしても、この領地を抜け出さなくては――」

「し、しかし、どうやって? 門は兵士がずっと守っているし、他のところも巡回の兵が回っているぞ?」

「その巡回の兵に見つからないように隠れて行くしかないな。もし見つかったら殺されるだけだ」

「くっ……、何か別の方法はないのか……?」

「あとは国が不正を行ってるドジャーノを裁いてくれることだが、それは期待出来ないからな。現に今何もしていないわけだし――」

「で、でも、今日は変な子供がこの町へ入ってこようとしていたぞ? あの子は以前ドジャーノの家で見かけた……」

「それなら、ドジャーノの部下じゃないのか?」

「いや、それがドジャーノの兵士は何も知らないみたいだったぞ? もしかしたら国の人か?」

「……それなら子供を送るはずないだろう? とにかく自分が動くしかない……」

「と、とにかく、この国から逃げていくか、ドジャーノを襲う。どちらをするか決めないとな」

「……あまりこうやって集まることも出来なくなるかもしれない。非常用の連絡手段も準備しておこう」

「そうだな、それがよさそうだ」

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