第23話 新人冒険者、マリー

 可愛い顔をして魔王を自在にけしかけてくる影の最強。

 見かけに反して、その能力はこの国随一と知らないうちに広められたシャロ。


 しかし、当人はそんなことは知らずに今日も必死になってギルド長と酒場の仕事をこなしていた。



「お待たせしました。こちら、エールと肉の盛り合わせセットになります」

「ありがとう。これだよ、これ。やっぱり一仕事した後は肉を食わないとな」



 冒険者の前に料理を置くシャロ。

 そして、それと交換に金を支払ってもらっていた。

 すると、料理を食べようとした冒険者の側にまた別の冒険者が近づいてくる。



「一仕事って今日も簡単な仕事しかしなかったんだろう?」

「そんなことあるか! 今日は常闇の大森林に行って魔物を狩ってきたんだぞ!」

「みなさん、喧嘩はダメですよ。それよりも注文はもうよろしいですか?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺もエールと肉のセットを頼む」

「かしこまりました。では少々お待ちください」



 シャロが奥の厨房へと入っていく。

 さすがに一人で切り盛りしているだけ合って、注文が出てくるのは遅めなのだが、それでも冒険者達は何も文句を言わずにのんびりと待っていた。


 するとシャロの後ろ姿を見て、一人の女性が恍惚の表情を見せ、頬に手を当てていた。



「いい……」



 頬を赤くして、じっくり、まるでなめ回すようにシャロに視線を送る。



「私好みの銀髪……。小柄な体型もさることながら必死に店の手伝いをしているあの姿……、最高ね」

「おっ、あんたもわかるか。あの一生懸命さが良いんだよな」

「えぇ、本当に最高よ。なんとかしてお近づきに――」

「止めておけ。シャロちゃんには魔王が付いてる。へたに手を出すと殺されるぞ……ってお前は女だから大丈夫か」

「へぇ……、シャロちゃんって言うんだ……。うん、後からちょっと行ってこよう」

「あぁ、頑張って撃墜されてきてくれ! 今、シャロちゃんに撃墜された人は十二人だからな」



 冒険者がニマニマと笑みを見せながら手に持っているエールを飲む。



「あらっ、私は大丈夫よ。あなたたちみたいにむさ苦しくないから」

「なにっ!? いや、シャロちゃんが相手だから――なるほど、二人が絡み合うのを見るのもありだな」



 冒険者が女性の姿をじっくり見る。

 少し癖がかった赤い髪。胸元を見せつける服装と椅子にかけられた黒いマント。

 側に置かれた高そうな宝石の付いた杖。


 おそらく魔法使いなんだろうなと冒険者は予想していた。

 そして、豊満な胸を持つ女性と小柄なシャロが組んずほぐれつのやりとりをしているところを想像して、にやりと微笑んでいた。



「お、おまたせしました。大変遅くなってしまい申し訳ありません。こちらエールとお肉のセットになります」

「おっ、待っていたぞ。はい、銅貨十五枚だ」

「ありがとうございます。では私はカウンターのほうに戻っていますので、何かありましたら、またお声がけくださいね」

「あぁ、ありがとう」



 料理を運び終えたシャロがカウンターに戻り、お金を側の箱にしまい込んでいた。



「今がチャンスね。ちょっといってくるわ」

「おう、健闘を祈る」



 女性がマントを羽織り、杖を持つとそのままカウンターへと向かっていった。





 カウンターではシャロが依頼書の束をまとめていた。



「えっと、これはBランクの人たち用かな? こっちはSランクで……、これはお父様に渡そう。冒険者の人だと怪我をしたらこまるもんね」



 ブツブツと言いながら、必死に働いていた。

 その様子を見ていると邪魔をしたら駄目な気がしてきて、他の人たちは声をかけるのを控えていた。


 しかし、女性はまた別の理由で声をかけなかった。



「はぁ……、はぁ……、いいわね。少女が必死に働いているところを見るのは……」



 息を荒くして、目を輝かせながらシャロの様子を眺める女性。

 すると、さすがにその変わった様子にシャロも気がつき、声をかける。



「あの……、どうかされましたか? ギルドか酒場、どちらかにご用でしょうか?」

「はっ!? ご、ごめんなさい……。つい、持病の恍惚病が……」

「ご、ご病気なんですか!? す、すぐにお医者さんに……。あっ、でも、この国に今お医者さんは……」



 適当に女性がでっち上げた病気にシャロが慌て始める。

 それを見てまた口元によだれが出てくる女性。

 しかし、それをすぐに拭い取るとシャロの頭に手を乗せる。



「大丈夫……。私、こう見えても回復魔法も使えるの」



 そう言うと実際に自分に回復魔法を使ってみせる。

 どこも怪我をしているわけではないが、実際に魔法を使ってみせると体の回りを淡い光が覆っていた。



「はいっ、これで完治したわ!」

「す、すごいです。私、魔法が使えないので本当にすごいと思います……」

「そうでしょ。私はすごいのよ」



 シャロに褒められて、女性は次第に機嫌がよくなっていく。



「それにしても、お姉さん、このあたりで見たことないですね。ここにはお酒を飲みに来られたのですか? それとも冒険者の方でしょうか?」

「うーん、本当はお酒を飲みに来たのだけどね。でも、シャロちゃんが大変そうだったから、何か手伝えることはないかなって思ってね」



 女性は軽くウインクをする。

 するとシャロは目を輝かせて、感極まって女性の手を握る。



「あ、ありがとうございます。お姉さんみたいな回復術士の方が来てくれると心強いです。普通はお医者さんになって、どこかの町に腰を据える人が多いんですよ。そ、それじゃあ冒険者登録で構いませんか?」

「あっ、え、えぇ、そうね。構わないわ。本当はシャロちゃんと一緒に働きたかったのだけれど……」



 女性は苦笑を浮かべながらシャロのことを眺めていた。



「えっと、ちょっと待ってくださいね。冒険者登録……、冒険者登録……。あった! まずこちらにお名前を書いていただけますか? もし文字が書けないようでしたら私が代わりに書きますので――」

「シャロちゃんが書いてくれる?」



 本当は自分で書けるのにシャロが文字を書いている姿を見たいから、という一心でシャロに頼む女性。

 しかし、シャロは素直に頷く。



「えっと、それじゃあ、まずお名前と出身の国を教えていただいて良いですか?」

「私はマリナ……、いえ、マリーよ。出身はこの国ね」



 一瞬酒場の冒険者達が名前に反応する。

 しかし、すぐに勘違いかと騒ぎ始めていた。



(危なかったわね……。みんな、マリナ……という言葉に反応するところを見ると、どうやらここに冒険者達が来たのは私を探すためだったのね。シャロちゃんはそんなこと知らないみたいだけど……)



 マリナスはシャロがゆっくり文字を書いていくのを眺めながら、大きく深呼吸をして周囲を警戒する。



「では、マリーさん。こちらが冒険者証になります。えっと、依頼をこなしていくごとに冒険者ランクというものが上がりますので、頑張って数をこなしてくださいね」

「わかったわ。適当に数をこなしていくことにするわ。あと、シャロちゃん、困ったことがあったらいつでも言ってね。ここは男ばかりみたいだから、同じ女である私のほうが話しやすいこともあるでしょうし」

「はいっ、ありがとうございます」



 シャロが満面の笑みを浮かべるとマリナスはその笑みに当てられて、クラッと立ちくらみをしてしまう。

 そして、顔が赤くなり鼻血がでてくる。



「だ、大丈夫ですか!?」

「えぇ……、ちょっと持病の突然ふらついて鼻血が出る病が……」

「ほ、本当に冒険者になって大丈夫なのですか?」



 シャロに介抱されながらマリナスは幸せのあまり昇天しそうになっていた。

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