第22話 酒場の魔王
シャロによって冒険者ギルドは意外と問題なく進められていた。
むしろ金はかなり稼いでくれているので、文句なしであったほどだ。
「今日はいつもより早く依頼が終わったんだ。シャロちゃん特製のフルコースとエールを頼めるか?」
「はい! ……あっ、こんなところにまた傷を作って」
「はははっ、魔物の相手をしているんだ。かすり傷くらい傷なんて言わないさ」
「そんなこと言わないでください! ちょっと待っててくださいね。今、包帯を持ってきますので」
慌ててシャロは上の部屋へと走っていく。
そして、持ってきた包帯を使って、冒険者の手を巻いていく。
「えっと……、全身は巻かずに怪我の部分だけ……」
以前教わったことを口にしながら、ゆっくり確実に巻いていく。
「あ、あの……、シャロちゃん? 包帯くらい自分で巻ける……」
「し、静かにしてください! うっかり指を切り落としてしまいます!」
「ちょ、ちょっと待て! どうやったら指を切り落とすなんて状況に……?」
「う、動かないでください! 私、まだ慣れてないのでうまく巻けないので……」
四苦八苦しながらもなんとか包帯を巻き終えるシャロ。
不器用でうまく巻けてはいないが、それでも冒険者は嬉しそうな表情を浮かべていた。
「申し訳ありません。この程度のことしか出来なくて――」
「いや、助かった。本当にありがとう。この包帯はそのまま洗わずに一生付けておくよ!」
「ちゃ、ちゃんと洗ってください。いえ、使った後のものは捨ててください! 汚れてますから」
「そんなことないぞ! 一生の宝物にする!」
嬉しそうに手を掲げて他の冒険者達に見せつけていく。
すると、店内が騒々しくなる。
「お、おい、お前だけずるいぞ! その包帯をよこせ!!」
「はははっ、誰が渡すものか」
「こうなったらお前を倒してでも奪い取る……」
暴れ出す冒険者達にシャロは慌てふためいて、どうしたら良いのか困惑する。
すると、頭までフードを被っていた男が料理を食べる手を止めて、思いっきりテーブルを叩く。
その大きな音に一瞬場が固まり、静寂が訪れる。
「……いい加減にしろ! 大人しく飯も食っていられないぞ!」
音を鳴らした男はゆっくり立ち上がる。
「あっ、お父様……」
「なんだ、お前もするのか?」
冒険者の一人が立ち上がった男に喧嘩を売る。
「ふむっ、シャロが迷惑なら排除してやるか……」
男がフードを取ると頭からは魔族の証たる角が表れる。
「こ、こいつ、魔族!?」
「ど、どうしてこんなところに魔族が!?」
冒険者達が慌てて剣を取る。
「くくくっ、我を見てただの魔族と思うか……。いいだろう、相手をしてやる!!」
魔王が腰を落として構え、冒険者達も剣をギュッと握りしめ、今にも斬りかかりそうになる。
そして、お互いが同時に飛びかかるその瞬間にシャロが間に割って入る。
「ダメー!!」
その姿を見て、魔王はすっと闘争心を失っていた。
ただ、冒険者達は勢いを殺しきれず、そのままシャロに向かって飛び込んでくる。
「あ、危ないっ!!」
冒険者が声を上げるが、シャロは身動きを取れずにそのまま剣が刺さりそうになる。
ただ、その剣は魔王の手の一振りで全て粉々に砕け散っていた。
「誰も聖剣を持っていないのか。よくそれで我に挑もうとしたな」
「くっ、なんてことだ。シャロちゃんが魔族に――」
青ざめた表情で魔王のことを見る冒険者達。
「大丈夫だったか、シャロ?」
魔王がそっとシャロを離すと彼女は肩を震わせていた。
「大丈夫だ、もう怖いことはないぞ。我があいつらをつまみ出してやる。」
魔王がゆっくりと冒険者達に近づいていく。
「もう、お父様!! 暴れるなら追い出すって言ったでしょ!!」
シャロは頬を膨らませ、両手を腰に当てて魔王にたいして怒り出す。
「わ、我はシャロのために……」
「私のためなら静かにしておいてください!」
「あ、あぁ……、わ、わかった……」
魔王がシュンとなって、席に戻っていた。
その後にシャロは冒険者達の前に移動する。
ただ、冒険者達には笑みを見せていた。
「申し訳ありません。お父様が皆さんにご迷惑を――」
「あ、あぁ……、俺たちこそシャロちゃんのお父さんとは知らずに襲いかかって済まなかった。ただ、もしかしてシャロちゃんも魔族……?」
「あっ、はい。生まれつき角がないのですけど、私も魔族ですよ……」
「そっか……。シャロちゃんのような魔族もいるんだな……」
「それにしてもシャロちゃんのお父さん、すごく強いんだな。俺たちの武器を軽く……あっ!?」
「ど、どうかしましたか?」
突然驚きの声を上げていたので、シャロは思わず聞き返す。
「お、俺たちの武器が……。あ、新しく買わないと……」
魔王が武器を壊したせいで冒険者達はもう武器を持っていなかった。
それに気づいた残りの冒険者も思わず顔を青くしていた。
「ま、まじか……。武器を新しく買うのか……」
「俺、さすがに武器の分の金はないぞ……。こ、この町に金貸しはいるのか?」
(こ、このままではこのギルドから人がいなくなってしまいます……)
いきなりのピンチにシャロは必死にどうしたら良いのか考える。
「お、お父様……、余ってる武器とか……」
「ツーン……」
先ほど怒ったせいで魔王は拗ねてしまっていた。
「もう、子供じゃないんですから、自分のしたことに責任を持ってください! ちゃんとしてくれたら、そのあとにまた食事を作ってあげますから!」
「ほ、本当に作ってくれるんだな? よし、我が城にいくらでも武器くらい余っている。持ってきてやろう」
魔王は大急ぎでギルドから出て行く。
それを聞いていた冒険者の一人が恐る恐る手を上げて聞いてくる。
「あの……、今、『我が城』って言葉が聞こえたのですけど、シャロちゃんのお父さんって一体何者なんですか?」
「えっ、私のお父様は魔王ですけど?」
それを聞いた冒険者達からふたたび絶句の声が上がる。
そして、ところどころでひそひそと声が聞こえてくる。
「も、もしかして俺たちはシャロちゃんに命を救われたのか?」
「魔王……、本当に実在したんだな」
「というか、シャロちゃん、魔王に対して怒ってなかったか?」
「シャロちゃん最強!?」
「あぁ、本人も魔族だって認めていただろう? きっと魔王より強いんだ……」
「ここで暴れたらダメだな。あんなにかわいい顔をして、最強の力を持っているなんて――」
冒険者達が恐怖の色を浮かべながらシャロのことを見てくる。
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