第19話 賢者マリナス
赤みがかった長い癖のある髪を弄びながら、女性は色んな町を見て回っていた。
目的はただ一つ。
ただただ、本能の赴くままに……。
全ては可愛らしい少女を愛でるために……。
「おーい、あんたってもしかして賢者マリナス様じゃないのか?」
声をかけてきたのは商人のおじさんだった。
ただその視線はチラチラとマリナスの大胆な胸元へと向かっていた。
それもそのはずで黒のマントを羽織ってはいるもののその下の服は露骨に胸の谷間を見せつけるワンピースで、おじさん以外にも道行く人が思わず目にしてしまう格好をしていた。
「人違いじゃないのかい? 私はただの愛の探求者だよ」
「その物言いといい、大胆な服装といい、どう見てもマリナス様じゃないか……」
呆れ口調のおじさん。
「それで私に声をかけてきたってことは何か用があるのか?」
「あぁ、ここの町に住む貴族様がマリナス様のことを探していたみたいだから――」
「ふむ、断る!」
「いや、俺に言われても……。俺はただ知らせただけだからな……」
おじさんは頭をかきながら苦笑を浮かべる。
「どうせいつもの勧誘だろうな……。よし、逃げるか」
マリナスが背を向け、走り去ろうとしたときにおじさんがぽつりと呟く。
「何でもマリナス様が欲しがっていたかわいい子を集めたって言っていたのですが――」
「よし、今すぐ行こう! どこに行ったら良いんだ?」
くるっとおじさんの方に向き直り、まるで級友のように肩を組む。
するとおじさんはその柔らかい感触に思わず顔を染めながら指を刺す。
「き、貴族様ならこの町で一番大きな館に住んでいるが……」
「よし、では行ってくる。いや、かわいい子に目がくらんだわけじゃないぞ? せっかく呼んでくれているのだから会わずに去るのも悪いかなと思っただけだぞ?」
誰に対してか、言い訳をしているマリナスはおじさんから体を離すとそのまま急いで貴族の館へと向かっていった。
◇
「ほう……、ここが私を呼んでいる貴族の家か……。相変わらずでかい家だな。こんなに部屋、いらないだろう。半分ほど吹き飛ばしてやろうか?」
扉をノックした後に、悪態をついていると突然館から人が出てくる。
「さすがにそれは辞めてもらえるとありがたいです、マリナス様……」
「あんたが私を呼んでいるという貴族なのか?」
「はい、お初にお目に掛かります。私はこの領地を治めるブライトと申します。どうぞお見知りおきを」
「まぁ、あんたのことはどうでも良いんだけどな」
「さすが賢者様、お厳しい……」
「それよりも私のために何でも人を集めてくれたとか聞いたのだが? いや、わざわざそこまでしてもらって悪いなと思って顔だけ出しに来たのだが――。いや、たいしたことはないが……」
「そうですね。実は賢者様がこの領地で働いてくれるのなら、お側付きに……と賢者様が好みそうな可愛らしい子を数人、準備させていただいたのですよ」
「私が好み……い、いや、私は別に何とも思っていないぞ。ただ、早速会わせてくれ」
「えぇ、えぇ、わかっていますよ。噂で流れている『賢者様はかわいい子が好き』というのは単なる噂でしかないと言うことも。ですが、やっぱりかわいい子に相手してもらった方が賢者様としても仕事がはかどるんじゃないかと思いまして――。では、早速呼んで参りますので賢者様はこの館にある応接間でお待ちいただけますか? 今案内しますので」
「あぁ……」
興味がないふりをしながらも少し鼻息を荒くして、応接室へと向かう。
◇
しばらくするとブライトと共に五人の少年が入ってくる。
それぞれ、タイプは違うものの顔立ちの良いものばかり集められており、マリナスに対してにっこり微笑みかけている。
「いかがでしょうか? マリナス様の好みの子はおりますか?」
ブライトは自信たっぷりに確認を取る。
しかし、その瞬間にマリナスの形相は怒りのものへと変わる。
そして、次の瞬間にはその館の壁が魔法でぶち抜かれ、怒りの表情を見せながらマリナスは一人出て行く。
「全く、誰が男好きだ! あんなもの、見るのもおぞましい。どうせ成長したらイグナーツみたいになるんだろう。かわいい子と言うからてっきり少女の供が付くと思ったのに。……次は西の方でも向かってみるかな……」
町を出ると一人、まだ見ぬ少女を探してマリナスはゆっくり歩き始めていた。
◇■◇■◇■
「マリナスは一言で言えば変態だよ。それも女性でありながら少女が好きという……ね」
ポポルのその言葉に俺は思わず苦笑を浮かべる。
「まぁ、確かにシャロとポポルがいたら来てくれそうだよな……」
「や、止めてよ。私がどれだけ大変だったか……。毎日、朝顔を会わせると抱きかかえられて、マリナスが納得するまで抱きしめられて……。夜も気がついたら布団の中まで潜り込んでくるのよ! その変態ぶりを隠すのに私がどれだけ苦労したか……」
ポポルの手がぷるぷると震える。
「この国の戦力のためだ。なんとか我慢してくれ!」
「えぇ、今回はシャロという最強の戦力がいるからね。耳元で後から教える魔法の言葉を呟けば、一瞬でこの国に付いてくれるわ」
「でも、そこまでわかりやすいなら他の国や貴族が勧誘していないのか? 少女を使えば簡単にできるんだろう?」
「そんなことないよ。さすがに一国の賢者が……、しかも女性なのに少女好きというのは問題があると思って、情報操作してあるの。この城に住んでいた者以外は『賢者マリナスは可愛らしい少年が好き』という情報を信じているはずよ。まぁ、大の男嫌いのマリナスは激怒してたけどね。あのときは説得が大変だったよ」
ポポルが乾いた笑みを浮かべながら遠い目を見せる。
何があったのかは聞かない方がいいだろうな。
いや、それにマリナス自身の評価はあまり変わらないと思うが――。
まぁ、今回はそれが功を奏したかもしれない。
賢者マリナスを勧誘したい者は少年を全面的に引っ立ててくる。
それだとわざわざ呼び出して、嫌いなやつを出されるわけだから怒るだろうな。
喧嘩を売られているとしか思えないわけだから……。
「そのマリナス当人がなかなか見つからないと思うけどね。いたら騒ぎになってるからすぐにわかるんだけど……」
「まぁ、俺たちはドンと構えていたらいいからな。今できることをした上で、こちらから金を払わなくて良い帝国の奴らをうまく使っていくか」
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