第18話 帝国の使者

 俺たちは使者が待つ応接間へと向かっていく。

 その途中で、唯一使者に会ったシャロに質問をする。



「使者というのはどんな奴だったんだ?」

「えっと、確か……、ミグニスト帝国の大使……とか言っていたと思います。とっても綺麗な方でうらやましいな……と」

「そうか……」



 シャロが頬を染めて、笑みをこぼしていた。

 綺麗……ということは女の大使か? いや、顔が良い男の大使……ということも。



「なにっ!? 美人なのか!? それは楽しみだ!」



 イグナーツが大口を開けて歓喜の声を上げる。

 その瞬間にポポルが鉄扇でイグナーツの腰を思いっきり叩いていた。



「もう、イグナーツは護衛なんだから見とれていたらダメだよ!!」

「あ、あぁ……、わかった……」



 さすがに鉄扇は痛いのか、イグナーツは顔を歪めながら素直に頷いていた。



「力を入れていないときは鉄扇はやめてくれ……」

「普通に手で叩くと私が痛いの。それに思いっきり叩いたのにちょっと顔を歪めるだけでしょ」

「まぁ、そうだが……」



 さすがに長い間コンビを組んでいただけあって、ポポルはよくイグナーツのことをわかっているようだった。



「あっ、あと、その大使の人、用件はこの国のことで……とだけ言ってました」



 さすがにそれだけじゃ判断できないな。

 結局、実際に会ってみて聞くしかないか。





「アルフ殿下。お目通りの許可をいただき、誠にありがとうございます」



 応接室に入ると白銀の鎧に身を包んだ、長い艶やかな金髪の女性が頭を下げてきた。

 確かにシュッとしたスタイルでシャロが綺麗だというのも頷ける。



「こちらこそ、遠いところからわざわざ済まないな」

「いえ、両国の安寧の為なら。申し遅れましたが、私はミグニスト帝国大使のフルール・ミルランと申します。どうぞよろしくお願いします」

「俺はこのユールゲン王国王子のアルフ・ユールゲンだ。こちらこそよろしく頼む。それで、わざわざ遠方のこの国に来たのはいかような用があったのだろうか?」

「はい、実は皇帝陛下もユールゲン王国国王様のご病気に心を痛めておられまして。ご容体はいかがでしょうか?」



 おそらくこの件はついでで、ユールゲン王国の内情を探りに来た……といったところだろうな。

 ただ、この国の状態は城下町を見ただけで判断が付く。

 それを取り繕っても意味がないだろう。


 むしろ、こんな状態だからこそ魔族国にも手を借りたわけだ。

 それならば帝国とも手を結ぶ。

 そして、人員や商品の流通等を頼んで、人が増えたところで貴族達を打ち負かして、国内の膿を取り除く。

 これが今できる最善の手……だろう。


 そのためには相手に手を結んで益が出ると思わせないといけない。

 少なくとも帝国は強大で我が国は弱小。


 片手間で簡単に滅ぼされるほどの国力差があるわけだ。


 そんな相手にどうやって手を組ませるか。

 こちらから言っても簡単に跳ね返されてしまうだろう。


 向こうから言わせるには――。



「まだろくに面会も出来ない状態なんだ。せっかく来てもらったのに申し訳ない」

「いえ、それほどの重症とは……。こちらこそ軽率に聞いて申し訳ありません」

「いや、気にしないでくれ。だからこそ、父に無理を言ってこの国に帰らせてもらったんだ。いつともしれない命の父に代わり、国政を担うためにな。ただ、やはり慣れないことも多く、残ってくれたのは我が国の主要な人物達だけなんだ」

「とんでもない。猛将イグナーツ殿と知将ポポル殿が健在となれば、このユールゲン王国も安泰でしょう」



 思っていた以上に二人の名前は知れ渡っているようだ。

 でも、今までこの国の主力であった二人なら当然のことか。



「確かに力不足の俺を助けてくれる優秀な者だな」

「しかし、町にはあまり人がいなかったように見えましたけど、何かあったのでしょうか?」

「貴族達が不正を働いてな。俺が戻ってきたときには、もっと酷い状態だったわけだ。幸いなことに徐々に人たちも戻ってきてくれている。イグナーツ達の協力があれば、すぐに前の活気を取り戻すであろうな」

「それは賢者、マリナス殿がいなくても出来るのでしょうか?」



 ここが本題か……。

 フルールの声が半音下がり、目つきが真剣なものに変わっていた。

 この国の魔法部隊を率い、当人の最上位魔法は他国に脅威の目で見られていた。


 今俺がマリナスを率いてないところをみて、あわよくばその人材を引き抜こうとしているのだろう。

 すでに滅びかけている国だもんな。当然ながら使える者は使おうとするわけだ。



「確かにマリナスがいないのは痛手になるな。まだ我が国にいると思うが、今は探し出すための人員を割く余裕すらない」

「それではよろしければ、我が国から人員を貸し出しましょうか?」

「……何を考えている?」

「いえ、ユールゲン王国と帝国は昔から魔王という脅威と戦うために同盟を結んできた仲です。片方が困っているときはもう片方が手を貸すのは当然ではないでしょうか?」



 もっともらしいことを言ってきたが、実際は先にマリナスを見つけ出しての勧誘をするつもりか。

 確かに帝国に人材を奪われるのは大きな損失になり得る。

 しかし、帝国の人員が力を貸してくれるのは今のこの国からしたら願ったりのことだ。


 さて、どうするか……。


 一瞬考えるそぶりを見せると後ろからポポルが俺の背中をつついてくる。

 ただ、ポポルの背丈が低いおかげで、それはフルールに気づかれることはなかった。



「王子、これ、受けると良いよ。マリナスなら大丈夫……。シャロがいればね」



 何か自信がある言いようだった。

 今まで一緒に働いてきたわけだから、その理由があるのだろうな。


 どうせ受ける方に傾いていたんだ。

 ここは受けるべきだな。



「わかった。確かに帝国と我が国は共に協力して歩いてきた過去がある。その申し出、ありがたく受けさせていただきたい」

「では、こちらに皇帝陛下の記された契約書がございます。こちらにアルフ殿下も署名いただいてもよろしいでしょうか?」



 懐より丸めた二枚の紙を取り出してくる。


 やはり、ここまで想定の範囲内だったのだろうな。

 そこまでマリナスが欲しいのか。

 いや、マリナスだけではないだろうな。イグナーツやポポルもその対象になっていると見るべきか。


 俺は小さく苦笑すると契約書の中身を確認する。

 そこには、帝国がこの国の復興のために人員を貸す旨と、その間は王国を攻めない旨、そして二国間の同盟を組むことが書かれていた。


 そして、その期間は一年間。


 その間に使える人材を引き抜いて、その後に攻め滅ぼすつもりなんだろうな。


 それを理解しながら俺は契約書に署名する。



「確かに殿下の署名、いただきました。これにより両国家に同盟が成立いたしました」



 満足そうにフルールは一枚の契約書を懐に戻していた。



「では、またお世話になります」



 フルールが頭を下げると帝国へと戻っていった。





「アルフ様、本当によろしかったのでしょうか!? 今の同盟、どう考えてもおかしいですよ!」



 話が終わるとイグナーツが不安そうに聞いてくる。



「いや、ここまでは予定通りだ。一年間、無償の人材を借りれるようになったんだ。それにマリナスについてはポポルに秘策があるのだろう?」

「うん、イグナーツもよく知ってるでしょ? マリナスは金や地位で動かされるような人物じゃないってことを――」



 そう言いながらシャロに視線を向けるとイグナーツも頷く。



「そういえばそうだったな。まぁ、とんでもない奴だけど、実力は確かだからな」

「イグナーツを倒した唯一の人間だもんね」

「ぐっ、今なら負けないぞ!」

「でも、そんな人物がいたならどうして、この国が貴族の好き勝手にされたんだ?」

「まぁ、色々あるのよ。マリナスは真の愛を探しに行くとかいって突然出て行って帰ってきてないからね」

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