第16話 国王

「では、私は国王様にお見舞いをかねてご挨拶をして参ります」



 イグナーツは軽く頭を下げて、城の方へと向かっていく。



「あっ、それなら私も――。国王様には一度謝っておかないと……」



 イグナーツの後に続くようにポポルもついて行く。

 その様子を見てシャロがそっと小声で聞いてくる。



「あの……、アルフ様は行かなくて良いのですか? よく考えたら私が来てから一度もお父様のお見舞いに行かれていないですよね?」

「あぁ、必要ない。そんなことをして父の具合が良くなるのか? そんな魔法のようなことはないだろう。それに容体については父に付けている医者から聞いている。芳しくない状況ではあるが、そこから変わった様子もない」



 きっぱり言い切るとシャロが悲しそうな表情を見せる。



「そんな……、たった一人のお父様じゃないのですか?」

「だからこそだ。そんな金にもならんことに時間を割いている余裕があると思うか? 今は一刻も早くこの国を立て直さないといけないんだから」

「……あぁ、そういうことですね。それで落ち着いたら会いに行くのですね」



 何かを納得したようでシャロが頷いていた。



「まぁ、そういうことだな」

「わかりました。では、国王様にしっかりこの王国が再建したところを見せられるように頑張りましょうね」

「……? あぁ」



 シャロが笑みを浮かべて城の方へと向かっていった。

 何で急に機嫌が良くなったのかはわからなかったが、人が増えたことで仕事も増えている。

 色々とたまった仕事を片付けていかないとな。


 特に元々参謀であったポポルが加わってくれたことで出来ることも広がるだろう。

 貴族であるドジャーノの戦力と今の俺の戦力差もはっきりわかるだろうし。

 あとは今後の政策についても相談できると良いな。



「そういえばシャロ、魔王が食事を摂りに来ていたよな? 作らなくて良いのか?」

「あっ、そ、そうでした。すぐに作ってきますね」



 シャロが慌てて走り出す。

 その様子を微笑ましく見ながら執務室の方へと戻っていく。



◇■◇■◇■



 城の中にある国王の私室。

 かなり広いその部屋には巨大な天蓋付きベッドと高価な机、あとはきっちり本が入れられた本棚が置かれている。


 そして、ベッドには眠りにつく国王の姿と側に控えているのは、この国に唯一いる医者だった。


 国王の様態をしっかり見ているものの、どう手を尽くしても良くなる兆候が見られない。



「済まないな、こんな老いぼれの面倒を見させてしまって……」

「何をおっしゃいますか。国王様が頑張らないと今頑張ってくれているアルフ王子に申し訳が立たないですよ」



 すると国王は寂しそうに窓のある方向を見る。



「アルフ……、儂に気を遣ってこの部屋にも来たことがないからな」

「そのようですね。ですが、私を見かけたときには必ず容体を聞かれますね。悪化していないことを聞いてホッとされていますよ」

「そうか……。おそらく今のこの国をどうにかするまでは顔見せできないとでも思っているのだろうな。むしろこんな状態の国を任せることになってしまった儂の方が心苦しいのに……」

「仕方ないですよ。アルフ様もお優しいお方ですから……」

「本当にな。それでいて賢い子に育ってくれて良かった」



 国王はうれしそうにはにかむ。

 すると突然咳き込み始めるのでベッドに横になっていた。

 すると扉が壊れそうになるほど、激しくノックされる。



「国王様、イグナーツにございます。今よろしいでしょうか?」

「(ちょ、ちょっと、イグナーツ!? 相手は国王様でしかも病気なんだから、ノックももっと優しくしないと……)」

「イグナーツ……それに今の言葉はポポルか。この国に戻ってきたのだな。入ってくると良い」

「はっ!」

「(あっ、私が開けるよ。イグナーツはどうせ思いっきり開くでしょ!)」



 ポポルが小声でイグナーツを注意している。ただ、隙間がたくさん空いている壁からはその声も十分聞こえてくる。

 その様子に苦笑しながら、国王はゆっくりと体を起こす。

 そして、扉がゆっくり開くとイグナーツとポポルが部屋に入ってくる。



「国王様、お久しぶりにございます」

「うむ、イグナーツもポポルも壮健そうでなによりじゃ」

「国王様はおいたわしいお姿で……」

「もうこの年じゃからな……。ただ、お主達が無事ならこの国もまだまだやっていけるな……。これからもアルフに力を貸してやってくれ」

「もったいなきお言葉で……。このイグナーツ、力の限りご助力させていただきます」

「うむ。それでポポル、まさかお主まで戻ってきてくれるとはな。この国の惨状はお主ならよくわかっているだろうに……」

「はい、私は一度この国を落とそうとしました。本当に申し訳ありません。しかし、ここにいるイグナーツに説得され、更にはアルフ様に恩情をかけていただいて、恥ずかしながら戻ってくることにしました」

「戻ってきてくれただけで儂もうれしいぞ。これからもよろしく頼む」

「はい、私の持てる力の限りを尽くします」



 ポポルは頭を下げる。



「国王様、これ以上はお身体にさわりますので――」

「では私たちはこれで失礼します」



 イグナーツ達はそのまま部屋を出て行く。



◇■◇■◇■



「国王様、やはりかなり体調が悪そうだったな」

「うん、あのままだと長く持たないかも……」



 イグナーツとポポルは部屋から出た後に二人並んで城の廊下を歩いていた。

 少しくすんだ石造りの城。

 建てられてからろくに修繕もされてこなかったので、至る所に細かなひびなどが入っており、よく見ると廊下の隅にはほこりもたまっていた。


 天井を見ると蜘蛛の巣が張っていたり、隙間から風が流れ込んだり、と下手をすると幽霊城に思われるかもしれない内装をしていた。


 しかも、国王の部屋は家財道具が残されていたが、そのほかの部屋は最低限しか残されていないので、王城に見えない。



「ちょっと見ない間にお城、また古くなったかな?」

「そうか? 元々古い城だったが?」

「うん、私がいたときはもう少し綺麗だったよ。やっぱり人が減っている影響なんだろうね。ここも直していかないとね」

「まぁ、国王様が倒れて、ろくに金のない、更に人がいなくなった国家に残ろうとする奴なんてほとんどいないよな」

「うん、だからこそ私の力の振るい所になるね。イグナーツ、手伝ってもらっても良い?」

「力仕事なら任せておけ!!」

「残念だけど、力仕事じゃないよ。改めて状況を確認したいの。アルフ様の執務室へ行くよ」

「あ、頭を使うことはその……、俺は――」

「手伝ってくれるって言ったでしょ?」

「うっ、わ、わかったよ。倒れない範囲で手伝わせてもらう……」



 イグナーツは眉をひそめながらもポポルの後を追いかけていく。

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