第14話 参謀長、ポポル

 ポポルはその視線をゆっくり下の方へと下ろしていく。

 そこで初めてイグナーツが何も服を着ていない状況だと言うことを理解して、慌てて顔を背ける。



「も、もう、服くらい着てよ!」

「すまん……。ただ、服の代わりになりそうなものが――」

「た、確か少しボロボロだけど、ただの布きれがあったよ。それを腰に巻いておいて!」



 ポポルから布を受け取るとそれで下半身をようやく隠すことが出来る。



「助かった。ありがとう。それでポポルはどうしてここにいたんだ?」

「うん、私はドジャーノの命でこれからあのユールゲンの城を落としに行くところよ」

「……っ!? どうしてそんなことを!? あそこには陛下もアルフ様も居られるのだぞ!」

「アルフ王子……、戻っていたのね。でも、あそこにいるのは魔族に拐かされた人の敵よ! 元ユールゲン王国参謀長ポポルとしても許せる行為じゃないわ」



 顔を真っ赤にして必死に告げるポポル。



「……いや、あれは見た感じ、アルフ様が良いように使っているだけだったがな。とにかく相手がポポルだろうと、アルフ様に手を出そうとするなら、この俺を倒してからにするんだな」



 今までは敵だからと軽く払いのけていただけのイグナーツが初めて臨戦態勢を整える。

 そのあまりの迫力にポポルは後ろに下がる。



「うっ……、知ってはいたけど、やっぱりすごい迫力だね。イグナーツは――。この戦力じゃどうやっても勝ち目はないけど、それでも――」



 ポポルは懐から鉄扇を取り出す。



「もしこの戦いに負けたら、私達はどこにも行く場所がなくなってしまう。だから勝たせてもらうよ」

「――あぁ、相手になってやる。来い!」



 ポポルが鉄扇で思いっきりイグナーツを叩く。

 それを避けることなく身に受けるイグナーツ。

 彼からは手を出すことなく、ポポルが必死に鉄扇を振り回す。





 それをしばらく続けていたが、ついにはポポルが息を切らせ、その場に座り込んでしまう。

 そして、目に涙をためながら俯いてしまう。



「もう良いのか?」

「……どうしてイグナーツからは攻撃してこないの――」

「お前を攻撃する必要があるのか? 俺はお前にアルフ様を襲うことを諦めさせたら良かっただけだからな。それに思うところがあるなら、一度アルフ様に相談してみると良いぞ。きっと、良い方向に導いてくれるはずだ」

「うん……、わかったよ……。イグナーツの言うとおりにする……」

「いや、俺が……とかそういったことは関係ない。お前がどうしたいか……だな」

「……わかったよ。アルフ王子と話してみて、これからどうしたいか考えてみる――」

「それなら良かった。それでお前達が連れてきた兵士だが――」

「もちろん、私と一緒に来たい人は来ると良いよ。戻りたい人は戻ってくれても良いけど――」

「俺たちはポポル様について行きます! どうせ戻ったところでまた死地に送り出されるだけですから――」

「うん、それじゃあ君たちの命は私が預かるよ」



 ようやくポポルの表情に笑みが戻る。

 それは以前イグナーツと一緒にいたときによく見せていた表情で、イグナーツもようやく笑みを浮かべることが出来た。



「さて、それじゃあ城に行くわけだが……」

「うんっ――」

「ここからどうやって城に戻れば良いかわからん! ポポル、案内してくれ!」



 自信たっぷりに腕を組みながら答えるイグナーツに思わず転けそうになるポポル。



「もう、それならどうやってここまで来たのよ!」

「……? 適当に走ってきただけだぞ? ポポルに会えたのもたまたまだ」

「はぁ……、相変わらずイグナーツはイグナーツだね。うん、わかったよ。それじゃあ、私が先に行くから付いてきて!」

「あぁ。これで久々に城へと戻れるな」

「……久々? それじゃあイグナーツは今までどこにいたの?」

「もちろん、道に迷ってた! 幸いなことに適当に魔物を倒して肉を食ってきたから生き延びられたが――」

「……もしかして、今までどこの町を探しても見つからなかったのって――」

「あぁ、お前と別れてから城はおろか、町にも入っていないぞ」

「はぁ……、本当にイグナーツは私がいないと何も出来ないんだから――」

「ありがとう、助かるぞ」



 はにかんでみせるイグナーツにポポルは頬を染めてそっぽ向く。



「べ、別にイグナーツのためじゃなくて、私もこれからアルフ王子に会いに行くから。それで行くだけだからね!」

「あぁ、それでも助かるぞ」



 ずっと笑みを見せているイグナーツにポポルは一度ため息を吐くと彼の隣に立つ。

 背丈の大きさから親子にすら見える二人。

 それでも二人の間には確かな信頼関係が見て取れた。



◇■◇■◇■



「急げ! 戦いになるぞ! 戦えない奴は城の奥に入っていてくれ! そこだけは絶対に死守してみせる!」

「あ、アルフ様……。私の商品は――」



 商人が不安そうに大荷物を抱えていた。



「もちろん一緒に持って入れ! お前にとってその商品は命と同等の価値であろう? ならば守ってやる!」

「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」



 商人が深々と頭を下げて城の奥へと入っていった。



「本当に良かったのですか? あれだけの荷物を持って入ってしまったら避難できる人の数が――」

「全く問題ない。元々それほどこの城下町には人がいないだろう? それに金目のものを易々と盗まれる方が今のこの国には被害がでかい」

「それもそうですね」

「それよりもシャロ、お前も城の中に避難していろ!」

「いえ、私はアルフ様のお側にいます。それが従者の仕事ですから」



 にっこりはにかんでくるシャロ。



「怪我をしたり、もしかすると死ぬかもしれないぞ?」

「……アルフ様がいるから大丈夫ですよ」

「そうか……。それならシャロにも働いてもらうからな。覚悟しておけよ」

「はいっ!」



 なぜかうれしそうに頷くシャロを横目に俺は避難が完了するのを今か今かと待っていた。



「あと少し……、奴らが襲ってくるまで持ってくれよ……」

「アルフ!! 見えてきたぞ!!」



 ジャグラが声を上げる。

 すると確かにかなりの数の人がゆっくり迫ってきている。

 しかし、武器を構える様子はなく、本当に攻めてきているのか不思議に思う。

 ただ、あれだけの人数が固まって動いているわけだから、間違いなく襲ってくるのだろう。



「油断するな! 相手がこっちの油断を誘おうとしているだけかもしれん」

「アルフ様、あの部隊の一番前にいる人ってイグナーツさんじゃないですか!?」

「……本当だな。やはり寝返った……、いや、もしかして――」



 ひょっとすると襲ってくる部隊を説得してくれたとか?

 見た感じ、貴族の直属……というより、ボロボロの武器を渡された雑兵達に見えた。

 そういう奴らならうまく言いくるめたら、この城下町の住人になってくれると思っていたが、まさかそれをイグナーツが代わりにしてくれるとは――。


 いや、まだ決まったわけじゃないな。



「魔王、少し俺と一緒に来てくれるか?」

「なんで我がお前と――」

「シャロも一緒に来てもらうが?」

「よし、どこに行くんだ?」



 だんだん魔王の使い方がわかってきた気がする。


 そして、俺たちは城門の方へと急ぎ向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る