第12話 騎士団長、イグナーツ

「んっ? お、そうか……。走り回ってると暑くてつい、な? お前もそんな経験あるだろう?」

「走ってたら全裸になるなんてそんなことあるか!!」



 ジャグラが思わず声を荒げる。

 しかし、それを気にすることなく、イグナーツは周りを探し始めていた。



「……ないな? どこかで捨ててしまったか? まぁ大したことないだろう」

「そんなわけないだろ! シャロ様の視線の毒だ。消えろ!」



 ジャグラが手に魔力を貯め、黒い炎を生み出していた。



「アルフ様、お下がりを。我が筋肉は無敵ゆえ、たとえ魔族が相手でも傷を負うことはありませんので」

「あぁ、勝手にしてくれ……」



 あまり直視したくない。


 俺が背を向けると背中から激しい爆発音が鳴り響く。



「くっ、まさか本当に無傷とは……」

「がははっ、我が筋肉は最強だ!」



 ポーズをとり、わざわざする必要のない筋肉をピクピクさせる動きをする。



「ようやく終わったか?」

「いえ、まだ魔族を滅し終えていません。いまとどめを刺しますゆえ、しばしお待ちを……」

「いや、ジャグラは我が国に協力してる魔族だから滅ぼしたらダメだぞ」

「な、何をおっしゃいますか! 魔族は我が国を滅ぼそうとする敵で――」

「ジャグラ、俺の国を滅ぼすつもりなのか?」

「まさか。シャロ様がこの国にいるんだ。命を賭してでも守るのが俺の使命だ。そして、それが魔王様の命でもある」

「つまり、そういうことだ。イグナーツ、我が国に協力している魔族への攻撃は禁ずるぞ!」

「はっ、かしこまりました!」



 イグナーツがビシッと敬礼をする。本当なら綺麗に決まるところなのだが、どうにもイグナーツが全裸のせいで締まらない。



「あと、服を着ろ! と言っても、いま手元にはなかったんだな……。とりあえずその辺の草で隠しておけ! すぐに城に戻るぞ」

「かしこまりました。では自分は身を隠すものを探してから参りますゆえ、先に戻っていてください」

「あぁ、わかった」



 それにしても騎士団長が見つかったのはありがたいな。もしかしたら他のものの行き先もわかるかもしれない。

 イグナーツ自身の力もジャグラに及ぶ程なので戦力として十分に助かる。


 まぁ、少し頭が緩いところがあるのがたまに傷か……。

 それでもこのクラスの兵士となるとただ鍛えただけでは届かない高みに届いている。


 やはりそれなりに給料を支払ってここに留まらせる必要があるな。

 他国にでも逃げられたらえらい損失だ。


 そんなことを考えながら俺は城へと戻っていった。



◇■◇■◇■



「はぁ……。イグナーツはどうしているのかな?」



 貴族の館の客間でぼんやりとため息をつく少女。

 ハーフリングという種族で、体が人の半分くらいの大きさしかない少女が椅子に座り、足をばたつかせていた。

 その際にボサボサの茶髪が足の動きに釣られるように揺れていたが、そんなことを気にすることもなかった。



「私がいないとまともに目的地にもたどり着けない、頭まで筋肉でできたやつだったよね、イグナーツは……。また迷子になってないといいけど……」



 不安そうな表情を見せる少女。



「でも、あいつが悪いんだよ……。どう考えてもあのままだとユールゲン王国に未来はなかった。国王は倒れ、財政難に陥って、しかも民達も逃げている。あんな状態で国を守っていっても仕方ないじゃない……。だからってこの貴族に未来があるかと言われたら……」



 少女が頭を抱え悩んでいると部屋に兵士が入ってくる。



「ポポル様、ドジャーノ様がお呼びです。すぐにお部屋にお越しください」

「……わかったわ」



 ポポルと言われた少女は眉をひそめながらすぐに部屋を出て行く。





 ドジャーノの部屋に入ると、彼はくちゃくちゃと音を立てながら目の前に置かれた肉を頬張っていた。

 それを見たポポルは露骨に嫌な表情を見せる。



「それで私に何の用?」

「お前にそろそろ働いてもらいたいんだ。あの忌々しいユールゲン王国。勝手に潰れてくれるかと思ったら中々にしぶとい。そこでお前には兵を率いてかの国を潰してもらいたい」

「……そんなことになるなら、もっと前に潰せば良かったんじゃないの? そうしたらあなたがこの国の王になれたわけでしょ?」

「王なんて面倒なこと、したくない。だからこそ根こそぎ奪いつつもあの国は存続させていたのに……」

「……それなら、どうして今更潰しにかかるの?」

「あの国が魔族と手を組んだ。さすがにそれは放ってはおけないだろう?」

「……えぇ、そうね」



 口では賛成しながらも、内心ではそれしかあの国に生き延びる道はないものね……と理解していた。

 ただ、あの国にはそんなことを考えられる人物はもういなかったはずなのに一体誰が……? という疑惑は生まれる。



「それじゃあ、潰したあとはあなたが王になるわけ?」

「いや、適当に傀儡の王を仕立て上げる。私は今まで通りこうやって貴族として、慎ましやかに生活するだけで良い」

「慎ましやか……ね。王に仕えているはずの貴族なのに……」



 ポポルが部屋の中を見渡すと金貨の山や高価な絵画、宝石等も置かれ、これでもかというくらい金を持っていることを誇示していた。

 それにこの男はよほどのことがない限り金を使いたがらない。



(今回も金の掛からない兵士……、税を滞納しているものや働いていないものに使えない武器を持たせて行軍することになるんだろうね。これで慎ましやかなんて笑えるわ。やはりこの男も未来はない……。こんな男のところに残るくらいならやっぱりイグナーツと二人、遠くの国に行くべきだったわね。でも、今更言っても仕方ない……。だって、今イグナーツがどこにいるかはわからないのだから――)



 ポポルは思わずため息を吐く。

 するとそれを見たドジャーノはにやりと人を見下した笑みを浮かべる。



「あぁ、それとお前が探していた元騎士団長、どうやらあの王国付近にまだいるらしいぞ。あの国を潰したあとにでもゆっくり探してはどうだ? 何だったら元騎士団長ごと私の領地に来ると良い。それなりの待遇は用意しよう。もちろんあの国を滅ぼしたら……だがな」

「……考えておくよ」



 どうせ本当に『それなり』の待遇しか用意しないんでしょうね……。とポポルは苦笑しながら、どうやってあの王国を落とすのかを考え始める。



「兵は百もあれば余裕だよな? なにせあの国を熟知している元参謀長殿だもんな……」

「あんた……、城攻めは野戦に比べて五倍の兵力が必要と言われてるの! それをたったの百で……」

「これ以上、我が兵を割くわけにはいかんからな。なんとかして見せろ!」

「……どうせ金を惜しんだだけでしょ。まぁ、いいよ。この兵力であんたも驚くような成果を上げる。それでいいんでしょ?」

「……期待しているぞ」



 ポポルが激しい音を鳴らして部屋から出て行くとドジャーノがにやり微笑んで、側に隠れていた男と話をする。



「やはり軍を率いるのは上手くてもまだまだだな。こうやってお前が潜んでいることにも気づかないようではな」

「……さすがに味方に騙されるとは思っていないのでしょう」

「くくくっ、味方? そんなものいるはずないであろう。やつには適当にその辺にいる奴らにボロ武器を渡して頑張ってもらうとするか。私に金も払えないような使えない奴らを――」

「……それがよろしいかと。では私はその兵に紛れて様子を伺うとします。また何かありましたら」

「あぁ、任せたぞ」

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