第11話 初巡回

 翌日、早朝より俺たちは城下町の外を見て回っていた。

 街道を逸れると草木生い茂る草原が広がっている。


 ただ、ろくに整えられていないので草の長さが乱雑で、いかにも魔物とかが生息しやすそうになっていた。



「くっ、なんで俺が――。俺には畑の仕事が……。いや、魔王様からお願いされた重要な任務があるはずなのに」



 ぶつぶつ文句を言いつつも、俺たちが城門に集まる一時間前からその場でそわそわした様子で待っていたみたいなので、ジャグラも巡回兵達のことを気にしてくれていたのだろう。



「俺はそこまで戦えないからな。シャロも同様であろう?」

「……お前、シャロ様が人間に負けるとでも思っているのか?」



 ジャグラが睨み付けてくる。

 もしかして、魔法が使えないと言っていたが、シャロってすごく強いのか? それなら俺の従者としてじゃなくて、戦闘の要員に加えておきたいのだが――。

 特にこの国は戦力が十分ではないからな。


 そんな期待を抱きながらシャロをみると彼女は必死に首を横に振っていた。



「わ、私、そんなに戦えないですよ」

「いや、もしかしたら……ということがある。この剣を持って実際に振ってみてくれ」



 巡回兵の一人から剣を受け取るとそれをシャロに渡す。

 しかし、シャロはそのまま剣をその場に落としていた。



「お、重たいです……」



 落とした剣をなんとか拾おうとしているが、少ししか持ち上がらずに、そのまま剣を振ろうとするが、地面に線を引く程度しか出来なかった。



「……。ジャグラ、何か言いたいことはないか?」

「シャロ様、すごいですよ! まさかそんなに重たいものを持ち上げられるとは。きっとその剣は一般人には持ち上げることも出来ない代物のはず――」



 いや、さっきまで巡回兵が普通に運んでいたのだが――。

 ジャグラのあまりにもわかりやすいシャロの持ち上げに、当の本人ですら苦笑を浮かべていた。



「大丈夫ですよ……、ジャグラさん。私自身、力のないことくらいわかってますから」

「何をおっしゃいますか! シャロ様はまだお若いのですからこれからですよ! なんて言ったって魔王様の娘なんですから、かのお方を越えるのも時間の問題のはずです!」



 落ち込むシャロに対して慌ててジャグラがフォローする。



「まぁ、シャロには他の部分で存分に助けてもらってるからな。気にする必要はないぞ。戦闘はジャグラに任せておけば良い!」

「えぇ、私に――って、お前に言われる筋合いじゃ……」

「ジャグラさん、よろしくお願いします」

「はいっ、お任せください!!」



 シャロが頼むとジャグラは頭を下げて快諾していた。


 なるほどな。ジャグラに頼むときはこうすれば良いんだな。


 その様子を見て俺はにやりとほくそ笑んでいた。





 シャロが剣を巡回兵に返すと、俺たちは城の周囲を巡回し始める。

 するとやはり弱い魔物が数体うろついているのを発見する。


 狼型の魔物のウルフや亜人型の魔物のゴブリンなど、初心者の兵などがまず相手にするような魔物がうろついている。



「よし、あの魔物の相手をするか?」



 ジャグラが提案すると巡回兵達の体が強ばっていた。


 ……いやいや、魔王を倒そうとしていたのだろう?

 なんで、弱い魔物に緊張するんだ?



「……もしかして魔物の相手をしたことがないのか?」

「あぁ、これが初めてだ」

「よくそれで魔王を倒すなんて思ったな」

「装備一式をくれるといわれたからな。それに魔王も数で攻めたらそこらにいる魔物より弱いって……」

「お前、魔王様を馬鹿にするのか!?」



 ジャグラがとてつもない威圧を発し、巡回兵達が更に怯えていた。

 そして、その気配で魔物達がこちらに気づき、襲いかかってくる。

 しかし、ジャグラはそれに気づいた様子がなく、巡回兵達を説教する。



「魔王様は俺が全力を出しても、全く及ばない崇高なお方だぞ! それを――」

「グルァァァァ!!」

「邪魔だ、退け!!」



 襲いかかってくる魔物達を軽く払い退ける。

 それをまともに受けた魔物は吹き飛んでいき、大木にぶつかり、そのまま意識を失っていた。



「よし、これで邪魔者はいなくなった。あとはじっくりと魔王様がいかに素晴らしいお方かを教育して――」

「いや、これじゃあそいつらの特訓にならないじゃないか……」



 意気揚々と語り出そうとするジャグラに対して、俺はあきれながら告げる。



「そんなもの、そこらにいる魔物を――あっ」



 ようやく近くにいた魔物を自分が吹き飛ばしてしまったことに気づくジャグラ。



「いや、まだ近くに魔物はいるはず……。そ、そこで特訓させてやる」

「本当にいるのか?」

「あぁ、もちろんだ。至る所に魔物の気配がするぞ。例えばあの木陰とかそっちの草むらとか……」



 ジャグラが指さした先、まだ目視では確認できないものの確かに不自然に草が揺れているように見える。



「それにあっちの木の上には少し大きな人のような……、いや、人だな。こんなところに住んでいるような奴がいるのか?」

「いや、そんなはずはないが?」



 そもそも、この国にはもう狩人は残っていないはず。

 魔物狩りを専用とするような兵もいない。


 そう考えるとこんなところで身を潜ませる理由はただ一つ……。



「もしかして、盗賊か?」

「おそらくそうだろうな。この国は貴族が好き勝手にしていたのだろう? それならそれに反発した奴が盗賊になって身を潜めていてもおかしくない。ただ、盗賊の割には気配を隠すのが下手な奴だがな」



 確かに魔物と比べても明らかに人為的な木の揺れが見て取れる。



「気配を隠す必要がない……というのが理由だろうな。こいつの相手は俺がするからお前達は周りの魔物に意識を向けておけ」

「えっと、はい!」



 なるほどな。それほど強い奴ならぜひ味方に引き入れたい。



「ジャグラ!」

「なんだ?」

「奴は殺すな!」

「無茶言うな。俺ですら勝てるかどうかの相手だぞ!」

「だからこそだ! もし奴を味方に引き入れることが出来たら、お前は畑の方をメインで動けるんだぞ?」

「……!? よし、俺に任せておけ! 全力で捕らえてやる!」



 急にやる気を見せるジャグラ。


 そして、ジャグラが近づいていくと木々が激しく揺れて、巨体に似合わない素早い動きで思いっきりジャグラに殴りかかる。



「ぐっ……、やはり強い……」



 その攻撃をなんとか手で受け止める。

 そこでようやく襲いかかってきた人物の正体がわかる。



「あ、アルフ様!? どうしてここに――」



 襲ってきた奴の正体は元騎士団長のイグナーツだった。

 ただ、彼の姿を見た瞬間にシャロは顔を真っ赤にして後ろを向く。

 そして、ジャグラが怒りのあまり体を震わせていた。



「き、きさまぁ! どうして全裸なんだ!!」



 イグナーツは全身、何も身にまとわずに生まれたままの姿をしていた。

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